ペッシ → ギアッチョ

何を戸惑っているんだろう、と思った。
リーダーが魚を捌くのが楽しいと言った時にイチは微妙な顔をしていた。そして兄貴やジェラートにいじられながら勝手に合点がいったようで、スッキリとした顔をして隣にやって来てワインを渡してきた。
よくわからないオンナノコの感情、なんだろうか。
めんどくさくて知らんぷりをしたくなるような気持ち。ここに出入りをする人たちはそれを知ってか知らずか、楽しみながらやり過ごしているようだ。
自分にはまだわからない。
ワインを流し込んだ。もう少し甘い方がおいしいと思うんだ。

隣に立つイチが同じワインを飲んで、少し頬を蒸気させながら「私ね」、真っ直ぐに自分の目を見ながら言った。

「ずっと言いたかった事があって」
「オレに?」
「うん、ペッシにちゃんとお礼言えてなかったから」
「お礼?」
「このアパルトを追い出されそうになった時」
「あぁ」

つい視線を逸らしてしまった。
それでもイチは構わず続けていく。
「ペッシが、私が言えなかったこと、言ってくれた」
ふふふと笑って「ありがとう」。
笑い声だけが耳に残ったようでくすぐったかった。あー、とか、えー、とか唸りながら頭を掻いた。兄貴にだったら蹴られているだろうな。そう思ったらつい兄貴を見ちゃって、でも兄貴は見ていなくってホッとしたような寂しいような。

「そんなの、気にしなくていいよ」
「でも、プロシュートに殴られちゃったし」
「いつもの事だから」
ハハハと笑えばイチも笑う。笑って、また真っ直ぐにこちらを見る。真っ直ぐに見られるの、少し苦手なんだ。

その顔を見て、イチをはじめて見た日の朝の事を思い出した。
兄貴に呼び出され朝からアジトに向かった。前日の仕事の報告を聞くからってことで行ったのに、挨拶を交わしたのは自分より遥か小さな女性だった。自然な流れで右手を差し出されたのに疑問だらけで狼狽えて、まともに挨拶できなかったのを覚えている。しかもその後兄貴に叱られたっけ。

「それなら、オレも」
「ん?」
「はじめましての時、イチの握手とれなくて」
「あぁ!有ったわね!そんなこと!」
アハハ!と大きく笑って「私もペッシと会った日覚えてるわ!」。
得意気に喋り出した。オレだって覚えているよ、言いたかったけど先に兄貴の声が聞こえてしまったから黙ってしまった。

「ガス入りの水飲み干してシンクに項垂れてたな」
「そうだっけ?」
「覚えてんじゃねェのかよ」

ケラケラと笑って、飲み過ぎだ、と兄貴に頭を叩かれていた。自分の時は手加減なんてしないのに。やはり女性には優しいのだろうか。まぁ、仕事の割には優しい人たちだと思ったりもするけれど。

一杯飲み終えたイチがワインの瓶を持ってきて注いでくれる。自分のにも注いで、すぐにそれを口に運んでいた。
酒が入って暑いのか腕捲りをした。その右腕に見えた青黒い痣。自分が吊り上げた痣だ。そんな風に残るんだ。初めて見た。
「その痣」
「あ、これね。治りが遅いのよね」
腕を持ち上げて見せてくれる。
白くて細い腕。引き上げる時、普段は男ばっかり相手にしている所為か、嘘みたいに軽く感じたのを覚えてる。

「よくわからないけど、ここで吊り上げられたみたいになったのよ」

痣を揉みながら、首を傾げた。
その様子につられ、自分も首を傾げてしまった。そしたらイチは笑い出して「そうだ!この時もペッシ居たよね!助けてくれてありがとう!」。

言葉を出す前に兄貴が後ろから背中に拳を入れてきた。
「いてっ!」
「痛い!」
同時にイチからも悲鳴みたいな声が聞こえて来たから、見れば頭を押さえてる。

「酷い!プロシュート、なによ!」
「いやぁ、随分酔ってそうだったから酔い冷ましにな」

ヒラヒラと手を振って笑う兄貴。あぁ、もうこの話は終わったって言ってたな、思い出して口をつぐむ。そしたら真横から

「私ね、ペッシってすごいなって思うのよ!」
「なにが?」
「だってあのプロシュートにいつもついていけるんだもの!」
「おいイチ、テメェそりゃどういう意味だ」
「そのままよ!」

自分はまだまだ下ッ端で、何もすごいところなんてない。それに、その兄貴に面と向かって言えるイチのほうがすごいと思うけど。

玄関のドアが開く音がして、足音が聞こえた。
廊下の入り口の近くにいた自分はすぐにギアッチョとわかった。目が合った。
「よう、大漁だってな。ご馳走になりに来たぜ」
「料理してくれてんのはリーダーとソルベっすよ」
片手を上げて挨拶を交わす。置いてあったグラスに入ったワインを「もらうぜ」、言うより先に飲んでた。

「ね!ペッシ!プロシュート酷いわよね!」

兄貴との言い合いに負けたイチが振り返ってきた「あ、ギアッチョこんばんは!」。

兄貴は終わった話を止めようとしたんだ。
「いや、兄貴は酷くねぇっすよ」
「えー、なんで!」
「兄貴は正しいっすから」

そしたらワインを飲んでたギアッチョが「どうせイチが酔っ払ってんだろ」、意地悪そうに笑って言う。ギアッチョのこういう顔、最近よく見る気がするんだ。

しかめっ面をしてうぅんと唸ったイチが「やっぱりペッシすごいわ」。
だから、何もすごくないよ。
「プロシュートのこと、大好きなのね!」
飲んでたワインを吹き出しそうになっちまった!
口を押さえて堪えていても、イチはうんうんと頷いて「信頼関係って強いわ!」。
それってすごいことなんだろうか。

1人で勝手に納得してる。
よくわからない。けど、オンナノコの感情じゃあないのはわかった。イチの感情だ。
「あれ、ここに置いておいた私のグラスは?」
まん丸の目をしながら、真っ直ぐに見つめてきた。もしかしてさっきギアッチョが持っていったものかもしれない。だからその真っ直ぐな目から視線を逸らして、つい笑ってしまったんだ。


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