ストレンジャーの遭遇

コンコンコンと、お決まりのノックの前に大きなエンジン音が止まってから窓を覗く人はあの人しかいない。まだ10代の私にそのハニーブロンドはとても魅惑的であった。

「チャオ」
「いらっしゃいませ」
「今日はキミだけ?」
「残念ながら。おじいさんは納品に行っています」

初めて来た日の印象から、少し斜め上に実像が動き出したこの人は私の言葉にニヤリとして「そりゃあちょうどいい!」大仰に言った。
「え?」
「いや、…そうだな、今日は、ミサに作ってもらおうと思って」

まだ前に注文したジャケットは出来上がっていなのに不思議な事をいいだした。この人多少気が違うのではないか、なんて失礼なことを思いながら、目を丸めていると「パンツをさ、仕立てて欲しい」意に介さないように言う。あぁ話を聞かない人なんて自分以外に始めてみたわ!
「…ジャケットにあわせて、ですか?」
「いや、キミの見立てでいいんだ。オレに似合うの作ってよ」
「は?」
ニコリと笑いながら言う。けれど目が笑ってないってわかるわよ!私は注意深く見ながら真意を汲み取ろうと努力した。まぁその努力はむなしく終わった訳だけれどね。

「キミがオレのために作ってくれればいい。ディモールト楽しみだ!」
「そりゃ注文されればあなたの為に作りますよ」
「キミのじいさんが作っているように、ミサに作って欲しい」
「お祖父さんが作っているように?」

やたらと強調して言った。私にはそんな腕はないわよ。

「そんなの、できない」

あぁこの人私のことからかっているんじゃないかしら。ムッとしたわ。まだ本格的にはじめたのが最近の私に街一番と評判のおじいさんと同じように作れなんて出来るわけ無いじゃない。それなのに。

「できるさ」

いとも簡単に言う。

「出来ないです」
「やってみろよ」
「どうして」

また、ニヤリと笑う。決して口には出さないけれど、絶対に何かをたくらんでいる顔。紫のマスクの奥の緑の瞳が楽しそうに細められている。とてもじゃないけれどマトモな性格には見えなかった。
しばらく黙ってから、私はケトルに沸いたお湯をティーポッドに注いで安い茶葉の缶を捻り開けた。その人は作業台に片手をおいて体重をかけ、足を優雅に組んでいる。もう一度静かに見やれば服に包まれているとはいえ、足は長いし引き締まった体、筋組織をなんとなくうかがい知ることが出来た。きっと難しいハイウエストだってサラリと着こなしてしまうんだろう。
二つ紅茶をカップにだしてから、私は居直った。まともじゃないこの人に少しだけ奇妙な親近感が生まれたのがわかったわ。極度の妄想癖がある(らしい)私はマトモな会話が得意じゃあない。けれど、なんとなく、この人とならお話が出来るかもしれない。それまで脳内で繰り広げていた小さなお話に賭けてみることにした「‥喪服を頼んだ男性がね」。
「この前来たという男性か?」
「ええ、そうよ。彼は何時でも彼女を送る準備が出来ていると言っていたわ、それが礼儀だとね」
「ケッタイな礼儀だな」
「でも彼女にはこれといった持病もない、瑞々しい女性なのよ」
「それが、喪服を頼むという理不尽さをオレに求めているのかい?」
ニヤリと、また笑われた。だから私も息を吐いてから笑ってみせた。
「理不尽さなんて求めないわ、私、考えたのよ!彼は喪服を用意したのは彼女の為じゃあないんじゃないかって」
彼が乗り出してきたのがわかった。私の近くまで寄って「どういうことだい!」。息がかかるんじゃないかって距離まで来たわ。
「喪服は闇にまぎれるためなのよ。真っ黒な服をきて自分の存在を闇の中に消すの。瑞々しい彼女はソレを見つけることが出来ないわ。彼女の為というのは欺瞞に満ちた彼が言った言葉であって、彼女の執拗な愛から逃れるためのよ」
一気に言った。そしたらこの人はやっぱりすぐ近くで大きな声で笑ったわ!
「アッハ!ベネ!ディモールトいい!」


紅茶を一口すすって、その様子を静かにみた。彼はひとしきり笑い終えるまでの長い間、頭を抱えたり腹を抱えたりしながらいたけれど、涙をためた瞳を拭いながらその満面の笑みで私の手を取って口づけをした。
「あぁ、最高だ。なんて面白い、ミサには素質がある」
「素質?」
「そうだ、今に素晴しい使い手になる」
「なんのよ?」
「今はいえないが、‥そうだな。オレに是非、育てさせて欲しい」
一体なんの話をしているのかさっぱりわからないけれど、この人は満足そうな恍惚といった表情で興奮をしている。
「あぁ楽しみだ。ベイビィもいいが、スタンド使いを育てられる日がくるなんて」
「スタンド使い?」
ききなれない言葉に眉を寄せた。けれどその直後に彼の舌が私の頬をなぞり、そんな疑問を吹き消してしまった!何するの!腕を突っ張ったけれど、その腕をつかまれ、今度は指を舐められる。振り払おうとした時に、小指を噛まれ痛みに体がこわばってしまった。

「あぁその反応、ベネだ。いいぞ!」
「離して!」
「そう嫌がるなよ。きっともっとよくなるから」

気が違うのではないか、という思いよりも、気持ち悪い、というまるで健常者の思考が私の中に沸いた。そんな自分の反応に自分が一番驚いて、そして彼を見上げると「泣くなよ」、そしてゆっくりと小指の血をすすられ、どこから取り出したのか小瓶に数滴納められてしまった。

「‥なんなのよ」
「また来るよ。その時にゆっくり話そう」
「話したくないわ」
「いや、ミサは必ずオレが恋しくなる。オレと話したくなる」

本当にどういうことなのかしら。意味わからないけれど、小指の生ぬるい感覚を消すように前掛けで執拗に拭っていたら、フッと鼻で笑ったのがわかった。

「今度じいさんが居ない時はいつかな」
「わからないわ。ここはおじいさんの店だもの」
「そうか。そりゃ残念。オレはキミに会いに来たいのに」
さらりと言う。本当になんだろう、この人は。
「じゃあ来週にでもまた来よう」

チャオ、と言ってすぐに店のドアが開いた。振り返りもせずに彼は出て行って、すぐに大きなエンジン音がした。あぁ、体の力が抜けたのがわかったわ。




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「あのあと、おじいさんたんまり怒られたわ」
「そりゃあ悪い事をした」
「まるで七匹の子やぎよ。入れてはいけない。客人ならともかく、って」

私は勿論反論をしたわ。あの人はパンツを頼みに来たのよ、客人だわって。けれどお祖父さんは頑なにそれを拒んだ。あの人は違う、私はその時メローネさんの名前さえ知らなかったのに、注文書には別の名前があったのに、おじいさんはメローネさんをメローネさんと知っていて、それからジャケットをやたらと丁寧に仕上げて納品するまで私に見せることはなかった。まぁ、夜中にこっそり盗み見ては私は溜息をついては自分が頼まれたパンツを仕上げるまでそれから10ヶ月以上かかったんだけれど。

ストーブで熱くなった顔を覚ますように立ち上がって窓を開けたら冷たい夜風が這うように吹き込んできた。メローネさんは紅茶をすすりながら別のほうを眺めていた。そしてやがてしてから

「ミサが、処女作をオレに渡した時」
「え?」
「ジイサンは居たっけ?」
「‥どうだったかしら」

唇に指を当てて少しだけ鼻を鳴らすように「フム」と声をあげた。思い出せないわね。洋裁学校を卒業するかしないかの頃だったのは覚えているけれど。

「メローネさんはまだアレ持ってるの?」
「もちろん」
「恥かしいわ。仕立ても甘いし」
「いや。出来はいいぜ?しかし、ミサ、オレはあの服をミサに作って欲しかったんだが」

緑の瞳がこちらを見上げてきた。

「作ったわよ」
「オレのために?」
「ええ」
「なら、‥そうか。あのジジイ」

小さく聞こえた。そしてそれまで唇に当てていた指を、今度は爪を噛んで口元をゆがめている。ああ遠くで一番鳥が鳴いた気がした。そろそろ夜が明けるのね。私は一番冷え込んだ空気を吸い込んでから、そして部屋の熱を逃さないようにすぐに窓を閉めてメローネさんの方に向き返った。



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