苗字さんの家に帰るころには部屋に掛けてある時計の短針が3を指そうとしていた。現金なもので時間を自覚すると空っぽの腹が急に主張し始めるもんやから苦笑いがこぼれる。これはすぐにでもなんや入れんと鳴きそうやな。カーディガンを脱いで苗字さんが用意してくれたハンガーにかけてると、ふと机の上に出しっぱなしになっていた本を見つけ棚に戻しておこうと手に取った。するとそれに苗字さんが気づき、あ。と声を漏らす


「忍足くん、その本読んだの?」
「読んだで、まだシリーズの途中までやけど。苗字さんの言う通り恋愛模様も楽しめておもろいわ」


俺は小説を軽く持ち上げ苗字さんを見やる


「んふふふ……っでしょでしょ!!」
「……っ」


おそらく緩みそうになる頬を必死に引き締めてるんだろうが、努力虚しくふにゃふにゃと緩む顔にこちらを見る目は嬉しさからかキラキラと輝いていて……次の瞬間には顔全体で笑顔になる苗字さん。
なんやぎゅっと胸を鷲掴みにされたような感覚がした……

あの時とはまた違う笑顔に俺は苗字さんから目が離せなかった。
興奮からいつもよりも近く距離を詰めてくる彼女は俺の持ってる小説を掴みパラパラとページをめくる、特にこの辺が良かったとかここはトリックに騙されたとか、そんな話をする苗字さんに俺も自分のお気に入りシーンを教えたり。
やっぱり同じものが好きというのはええもんやな……。

お互いが好きなシーンがかぶると顔を見合わせ笑い合う、その時に苗字さんの肩がぶつかり改めてお互いの距離の近さに目を合わせた

もっと近づきたいなぁ

俺は自然と苗字さんのもう片方の肩に手を伸ばし……


「うひゃぁっ!?ご、ごめんね?!つい興奮して……っ」


触れる前に彼女が離れる。その頬は少し赤くなっていて、落ち着かないのか自分の髪を無意味に弄りながら俯く


「なんや残念やわ……なんやったらもっと近づいてくれて良かったんやで?」
「なっ?!大人をからかうんじゃありません!忍足くんのばか」
「自分、関西人にバカはあかん言うたやん、アホにしといてや」
「もう」


口を尖らせ恨めしげに俺を見上げる苗字さんだったが残念ながらただ可愛らしいだけで怖くはない。俺が口を開こうとすると、ぐぅというテンプレートな腹の音がして再び苗字さんの頬がボンッと顔を赤くなる。


「そ、そそういえばお昼まだだったね……忍足くんも待たせちゃってごめんね?今あっためて持ってくるから!」


逃げるようにキッチンへ向かった彼女の後ろ姿を見て、実はさっきの腹の音は自分であると言いそびれてしまう。
まぁええか……勘違いしとる苗字さんも可愛かったし


「俺も手伝うで」
「え、あ、ありがとう……えとじゃぁ、お箸とか出しといてもらえる?」


お昼は苗字さんが昨日のうちに作ってくれとったおかずと、さきほどおばあさんからもらった煮物も取り出し運んでいく。彼女の作る料理はどれも美味しい。本人は簡単なものしかできないなんて眉を下げていたが、彼女自身の人柄のように優しい味のする料理が俺は気に入ってる。

きっと彼女はええお嫁さんになるわ

そんなことを思うとついついエプロンを付けて俺ん家で味噌汁をつくる苗字さんの姿が想像できて、だらしなく頬が緩む。
そんな光景を毎日見れたら幸せだろうな……そんなことを思いながら彼女の作った料理を並べ、彼女と共に手を合わしいただきますを言うのだった。



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