恋わずらい


前日にどれだけ乱れていても、次の日の仕事を完璧にこなす。腰が痛くても体がだるくても、彼女が仕事を休むことはない。そういう徹底した姿勢が、好きなところでもあった。そんな真面目な彼女を事務所で襲ったら、どんな反応が見られるだろうか。

これまで事務所で性行為をしたことはなく、誘っても拒否されるだろうと思っていたが、彼女は二つ返事で引き受けた。しかし、同時に哀れむような目を向けられ、いたたまれない気持ちになった。

一旦そういう雰囲気になってしまえば、素直で可愛らしい姿に変わる。昼の休憩時間中とはいえ、会長室で淫らな行為を楽しむ度胸はさすがだった。『部屋が明るくて恥ずかしい』などと言いながら、チェアに腰掛けて両脚を広げてみせた。


「義孝、舐めて…」
「田中くん。君は上司を呼び捨てにするのか?」
「っ…会長…舐めて、ください」
「いい子だ」

床に跪いてスカートを捲り上げる。いきなり核心には触れず、下腹部や太ももの内側に口付けていると、もどかしげに腰が揺れた。触れてほしくて必死な様子がおかしくて、望み通りにそこを舌で包み込む。

「あ!んんっ…!」

ブラウスをはだけさせて胸の先端を強く摘むと、一際高い声が漏れて、彼女が手のひらで口を押さえた。

「やあぁっ…胸も一緒なんて」
「気持ちいいなら嫌じゃないだろ」

舌先で舐めていたそこを、唇で挟んで軽く吸い上げると、小刻みに震えていた腰が大きく跳ねた。

「待って!もう、あぁっ……っ!」
「……早すぎる」
「うっ…だって、すごく良くって…」

脱いだジャケットを机に敷いて、スーツを着たままの彼女をそこへ寝かせる。息を乱した状態で『机の上でするなんて初めて』と目を輝かせた。

「我儘を聞いてほしいの」
「ああ、今日はなんだ」
「今日は…優しくしてほしい」
「……理由を聞いても?」
「恥ずかしいんだけど、言わなきゃだめ?」

一体どういう風の吹きまわしなのか。過去に実践したものは色々あるが、体を縛る、尻を叩く、首を絞める等、いずれも暴力的なものだった。愛撫を一切せず挿れてほしいと無茶を言われ、断ったこともあった。特殊な性癖を持たない人間にとって、そういう要求のほうが我儘なのではと感じる。

無言のままの俺を見て、彼女は観念したように言った。

「義孝と…恋人っぽくエッチしたくて」

恋人。なんて甘い響きだろう。彼女が恋人なら、きっと歯の浮くような台詞を囁いて、体を気遣いながら優しく抱いてやるのだろう。

「俺もそうしたい」
「えっ、義孝…?」

濡れた秘部へ自身をあてがうと、これからの刺激を期待した彼女が切ない声を漏らす。ほんの少し腰を進めれば、くちゅ、と卑猥な音を立てて飲み込まれていった。

「はああぁっ!」
「あまり声を出すな」
「義孝ぁ…そんなの無理っ」
「ここでは会長と…」

顔を赤くした彼女が『義孝の意地悪』と呟く。

「恋人なら、名前を呼んでいいでしょ?」
「ああ、そうだな。唯子…かわいい」
「っ!?何、言って…あぁっ!」

かわいいとかきれいとか、これまでそんな言葉を口にしたことはなかった。優しくしてほしいと、彼女が望んだ。それにしても、こんならしくない台詞を発した自分に驚いた。

「唯子」
「んんっ…な、に?」
「さっきから濡れ方が尋常じゃないが」
「言っちゃだめ…!」

秘部から溢れた愛液が尻を伝って、ジャケットに染みを作っている。事が済んだらクリーニングに出さなければと、ぼやけた頭で考えた。

腕を軽く叩かれて彼女を見ると、目を閉じた状態で、軽く唇を突き出していた。キスしろということらしい。

「んぅ!…ふっ…う」

自分のものより柔らかい唇の感触を楽しむ。口内に差し込んだ舌で、彼女の小さな舌を捕らえて、下半身と同様に犯す。その状態で腰を動かしていると急速に射精感が高まって、唇を離した。動きを止めて肩を上下させる俺を、彼女の大きな瞳が不思議そうに見つめる。この程度の刺激で達しそうになったことが情けなかった。

「義孝、大丈夫っ?」
「ああ…」

規則的な動きを繰り返して、徐々にペースを早めていくと、またすぐに射精しそうな感覚に襲われる。彼女もまた、辛そうな表情で快感に耐えていて、体の相性が良いとはこのことを言うのだろうかと思った。

「もうだめっ!いっちゃうっ…!」
「くっ…!唯子…」

最後は、互いの名前を呼び合って果てた。しばらくの間、繋がったままの体を抱きしめて、余韻を味わった。





「恋人として付き合わないか」
「それ…本気なの?」
「嫌なら忘れてほしい」

使用済みの避妊具を指で弄んでいた彼女は、突然の告白に驚いて、それを床に落とした。すぐに拾ってティッシュに包むと、混乱した様子のまま首を左右に振った。

「義孝が好き。だけど一緒にいられないの」
「どうして」
「私といると義孝までおかしくなっちゃう」
「もうとっくにそうなってるよ」
「そんな…」

キッチン、風呂場、トイレ、車の中。屋内であればまだましで、公園や深夜の駐車場で行為に及んだこともあった。初めは彼女から誘われて渋々応じていたが、いつの間に自分から求めるようになっていた。
そして、今日は昼間から事務所で繋がった。頭がおかしいとしか思えないし、これまでの自分には考えられないことだった。

「言わなくてもわかるだろ。好きでもない女とこんなことができるか」
「でも、義孝が私を好きだなんて」

白昼堂々と素肌を晒していたのに、衣服を整えた今の方が恥じらっているように見える。顔を真っ赤にして狼狽える彼女は、男を知らない少女のようだった。

「他の男のところへ行ってもいい。だが精液を持ち帰るのは勘弁してくれ」
「それは…義孝に嫉妬してほしくて」

思いもよらない台詞に愕然とした。今までのそれに、そんな意図があったというのか。何度も彼女に驚かされてきたが、ぶっ飛んだ発想に目眩がしそうだった。

「それから、ピルを飲んでいても避妊具をつけることだ。性感染症になる恐れがある」
「……」
「わかったら返事は?」
「ピルもコンドームも、もういらない。義孝が私を愛してくれるから」

俺を見つめて目を細めた彼女は、嘘偽りのない笑顔で幸福に溢れていた。
もう一度抱きしめようとしたところで、午後の始業を告げるチャイムが鳴る。慌てて部屋を出ようとする彼女に、触れるだけのキスをした。





帰宅すると、テーブルの上に小さな手帳があった。病院の名前と、氏名の欄に田中唯子と書かれている。ページをめくると、その日に受けた治療の内容や、医師との面談の結果が簡潔に記録されていた。見てはいけないものを見た気がした。

「おかえりなさい」

料理を持った彼女が台所から現れたので、手に取ったそれを落としそうになった。

「本当は、私から告白しようと思ってたの」
「何を?」
「セックス依存症は、精神疾患なんだって。でも病院に通って、かなり抑えられるようになったの」

料理と食器をテーブルに並べながら、彼女は淡々と語った。彼女のことを知ったつもりになっていたが、治療を受けていたことは全く気がつかなかった。

「だから、人並みの性欲になってから、義孝に好きって言いたくて」

照れ臭そうに笑う彼女を見て、矛盾した感情がこみ上げる。とびきり優しく大切にしたい。けれど乱暴に犯して泣かせたい。そんな思いに埋め尽くされて、目の前の体を強く抱きしめた。

「義孝、痛いよ…」

俺だけが彼女を抱けるなら、病気が治らなくてもいい。
本心からそう思った。しかし、治療に励んでいる彼女を否定するようで、口に出すことははばかられた。

「今すぐに唯子を抱きたい」
「えっ?でも、ご飯が冷めちゃう」

腕の中の体を持ち上げてソファへ寝かせ、華奢な体を見下ろしながらネクタイを外す。細い首に吸い付くと、まんざらでもない声色で『だめだよ』と呟くのが聞こえた。


2018.5.27
タイトル:コペンハーゲンの庭で

 

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