私が女であること。幕府から使わされていること。新選組の職務のほかに、幕府から任務を受けることがあること。ほかにもいくつかあるこのような決まり事は、新選組の幹部しかしらない。
幕命で色事の任務以外では、女ものの着物を着なくなった。以前から男物の着物の方が多かったのだが、ついに普段着までもが男物の着物になってしまったのである。まあ、それが嫌だというわけでもないのだが。
「なつめ、何してんだ?」
朝稽古の帰り、庭の池に映る自分を見てそんなことを考えていると、朝食の準備をしていたであろう平助が隣に立っていた。たぶん、朝食の準備ができたことを伝えに来たのだろう。
『ごめん、すぐ行く』
「大変だな、お前も」
『ん?』
「ずっと男装しなくちゃならねーんだろ?」
『……しょうがないことでしょ、別にいやってわけでもないし、』
もちろん、男装が好きというわけでもないのだが。
「ま、昔から女物の着物より男物の着物の方が似合ってたけどな」
なぐさめてくれると思いきや、微妙に攻撃である。
『なに、私が女の子じゃないって言いたいの?』
「さーなー」
『ちょっと平助、』
「早くこねーとしんぱっつぁんが飯食っちまうぜ」
『待て、このクソガキ』
履いていた草履を脱ぎ散らかして、廊下を一直線に大広間へと向かう彼を、私もまた同じように追いかけた。途中、源さんになにやら注意された気がするが、とりあえず後回しにして平助を追いかける。
『私に勝とうなんて、じゅ―――』
「何やってんだっ!!!」
もう、屯所中に響いたのではないかと思われる怒鳴り声がすぐ真横で聞こえた。見上げなくともその声の主はわかるのだが、そこをあえて見上げてみる。特に意味はない。
「平助、なつめ、お前ら―――」
『耳元でそんな大声出さなくても聞こえてますよ』
「なんだと!?」
ばか、なつめやめろ
平助が声を出さずにそういっている。
「だいたいな、お前らガキじゃあるめーし、屯所の中で走り回るんじゃねーよ。それから、」
走り回ってたお前が、人さまに向かってうるさいなんざ言えると思うなよ、ギロリと鋭い視線とともにそう言われる。適当に返事をしたら、「なつめ」ともうひと押しされそうだ。
『すみませんでした』
一方的に謝り、朝食の席へとつく。
何か言いたげな土方さんだったが、広間に入ってきた近藤さんに話しかけられ、そのままそちらで話が進んでいる。
「ったく、お前はなんであそこまで土方さんに突っかかるんだよ、」
隣に座っていた左之さんからの問いに、少しだけ口をとがらせて答える。
『だって、みんな土方さんが怖いのか何なのかしらないけど、逆らわなさすぎなんじゃないですか?』
「そうか? ……ま、昔と比べたら、そうなのかもしれねーな」
言いつつ、その人の右手が私の頭をたたく。
あんまり土方さんを困らせるなよ、そう言っているような気がした。
「それじゃあみんな、いただくとするか」
近藤さんの号令のもと、朝ごはんが始まる。わいわいがやがや、土方さんがいるためか、新八さんと平助のおかず争奪戦はいつもより静かだ。
変わってしまったのは私だけだと思っていた。汚れてしまった私が、試衛館のみんなの中へと戻ることはもうできないのだと。
けど違う。みんな変わってしまったのだ。試衛館の頃へはもう誰も戻ることなんてできなくて、あの頃の楽しい思い出はもう、繰り返されることはないのだと。
夢であったならば
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