信頼の隣に | ナノ
任務の後、俺の怪我はすぐに治ったから、ハルの見舞いに行く暇もなく次の任務へと向かった。その任務から帰った時、カカシから、彼女の意識が戻ったことを知らされた。どうやらミナト先生からの伝言らしい。
しかし、女の子の見舞いなんてしたことがなくて、とりあえず花を買って病室へと向かった。


扉の目の前でノックしようと掲げた右手を、しかし俺は一度下ろしてしまった。それは、ふと思い出したからだ。あのとき――彼女が刺されて倒れたときに、顔をゆがめていた彼女を。今も痛みに耐えているのだろうか、泣くのをこらえているのだろうか、と。


「あら?」


病室の前で立ち往生していた俺の前の扉、要するに入ろうとしていた病室の扉が開かれて、中から見知った人物が顔を出した。赤い髪を長く伸ばした女性――ミナト先生の彼女だ。


「ハルのお見舞いに来てくれたの?」


はい、と返事をすると、入ってと中に招かれた。病室の窓が開いていたせいか、優しい風が吹いていた。ハルは窓の外を眺めていて、たまに、短く切りそろえられた黒髪が風になびく。
先ほどの女性が彼女の名を呼び、こちらを振り返った。俺を見ると目を見開き、驚きをあらわにする。その顔からは「痛み」は感じられなかった。


「傷は痛まないのか?」


黙って首を横に振る彼女、後ろではトンと言う音がした。どうやらさっきの女性が病室を出て行ったらしい。


『クシナさん、買い物に行っちゃって、』
「買い物?」
『…リンゴ買ってくるって言ってました』
「…リンゴ好きなのか?」
『いえ、お見舞いって言ったらリンゴだから、リンゴです』


ってクシナさんが言ってました、と、彼女はまだ少し緊張しているようだった。果物にすればよかったのか、とは口には出さずに、好きな食べ物は?と勝手に口から出ている。


『えと、…』
「ん?」
『嫌いなものはないんですけど、好きな物は決められないです』


思わず「ふ、」と笑うと、彼女はうつむいてしゃべらなくなった。俺は何か悪いことでも言っただろうか。


『ゲンマさんの好きな物って、何ですか?』
「そーだな…かぼちゃの煮物かな、」
『かぼちゃの煮物?』
「うまいぞ、あれは」
『…』


彼女の視線を感じてどうかしたか?と聞けば、またハルはあわててうつむく。『意外だなーって思って、』と。
そんな彼女が、俺も少し意外だった。話さない子だと思っていたのだ。どうやらその先入観は今日をもって捨てたほうがいいらしい。


『あの、』
「ん?」
『この前はありがとうございました』
「…別に、お前に感謝されるほどのことはしてねーよ」


あの状況だったら、誰だって同じ行動をする。俺は同じ木の葉の忍びを助けただけだ。


『ミナトさんが言ってました。あのまま毒抜きしないで血止めしてたら死んでいたかもしれないって』


もう一度『ありがとうございます』と繰り返し、彼女は笑った。しかしそれは、俺の求めた笑顔ではなくて。彼女は何かを隠しているのだと理解した。


「ハル」


ピクリと彼女が動きを止める。


「お前の身体の中にはまだ毒が残っていたはずだ。それはどうなった?」
『それは、』
「隠さなくてもいい。本当のことを言ってみろ」


途端に、彼女が作った偽りの顔が消え、次に現れたのは泣きそうな顔だった。もう一度、今度は優しくその名を呼ぶと、涙のたまったままの目で、しかし彼女は笑った。


『毒は全部抜けなくて。…たまに発作がおこるだろうって言われました』
「…」


やはり俺は彼女を守れなかったのだ。
泣くのをこらえて笑う彼女のために、俺が今できることは限られていた。


「辛いなら泣けばいい」


泣いて悲しみを流したら、今度は俺に怒りをぶつければいい。全部受け止めてやるよ。


『つらいんじゃないです。…こんな私のことでも気にかけてくれるから、』


嬉しいんです、と。その時初めてハルが「笑った」。笑った拍子に涙が一つ零れて、彼女の白い頬をすべりおちた。
俺の中で、何かがドクンと脈打った。俺の何かが大きくざわついた。









―――

何故あの時気が付かなかったのか、と後悔ばかりが後を絶たない。あのときから既に、彼女は命の終わりを告げられていたのだ。
子どもの頃の面影を残した彼女は今、静かにその瞳を閉じている。ベッドの上で、何を思っているのだろうか。少しは俺のことを憎めているのだろうか。


「なあ、ハル」


お前は俺を置いて、行ってしまうのか?
何故俺に一つも愚痴をこぼさなかったのだろう、何故俺は守れなかったのだろう、何故俺の隣にいてくれたのだろう。俺はこんなにも無力で愚かなのに。


隣にいたはずのハルの心がわからない。












結局光には届かなかった
灯の光が消えた



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