珍しく十二番隊舎で見つけた、その人の背中。何を考えるでもなく勝手に名前を呼んでいた。
『阿近さーん!』
周りにいた同僚たちが少しだけ息を飲んだのが分かった。
「長瀬、」
『珍しいですね、こちらに何か用事ですか?』
もちろん十二番隊三席の肩書もあるわけで、ここにいてもいいのだが。
研究者としてのほうがたぶん性にあっているであろう彼は、仕事も部下が技術開発局まで運ぶわけで、わざわざ隊舎の方に足を運ばなくてもよい。
「まあな、たまにはこっちに顔を出しとかねーと、最近、上二人ともむこうにかかりっきりだからな」
『あー、そういえばそうですね、』
「お前は、今日は書類ないのか? ついでだからもらってくぞ」
『あ、ちょっと待ってください、』
そこで少しも会話に入ってこない同僚たちを振り返る。
『今日の技術開発局行の書類、すぐ提出ー!!』
みんな、よほど阿近さんが怖いのか、すぐに書類をとりに執務室に向かっていった。
『どのくらいこちらにいますか?』
「昼頃には技局に帰るな、」
『わかりました、……結構長いですね?』
「そこそこ雑務もたまってるだろうからな」
じゃあな、と歩きだすその人。
そういえば今日はタバコくわえてないなーと背中を見ながら思った。
「もう、るいったら、すぐ三席に声をかけるんだから」
「そうそう、少しは私たちの身にもなってみなさい」
執務室に帰ると、非難の渦である。技術開発局に提出の書類を仕上げながら、口もしっかり動く、さすがは女といったところだろうか。
『いつもお世話になっている上司を見かけたら、挨拶するのは当たり前でしょ?』
反論するも、数でかなわないため、形成は不利だ。
「何よ、あんたのは三席に対する憧れでしょ?」
「あんだけ仲良く話してるんだからさっさと付き合っちゃえばいいじゃない」
あーなんだかめんどくさくなってきた。
『はいはい、どうせ告白もできない長瀬ですよーだ』
すぐに色恋沙汰に持っていくのは女の子の悪い癖だ。
そりゃあ、阿近さんのこと好きだけど、きっとあの人は私のことを見てくれてはいない。阿近さんが見ているのはいつもどこか遠くなんだ。
「じゃあ、今日もチャンスをあげるわ、はい書類」
「あ、私のも」
『今日くらい自分で持ってけー!!!』
「るい、何怒ってるの?」
ぽん、と肩に手を置かれる。
振り向くと、見知った顔があった。
『先輩、いつ帰ったんですか?』
立っているのは、現世出張に出ていた八席の先輩。自分でいうのもなんだが、先輩方には結構気にかけてもらっている。この人もしかり、阿近さんもしかり。
「うん、ついさっきね、」
『おかえりなさい! 今阿近さんもいらっしゃってますよ』
「あら、じゃあご挨拶しないとね」
『あ、じゃあ私も一緒に書類持っていきます』
ガタガタと席を立つ。
同僚たちはさっさとどこかへ行ってしまっている。
「今日ね、ごひいきにしている居酒屋さんにのみに行くんだけど、るいもどーお?」
『え、いいんですか?』
「ええ。今日は私の飲み仲間も来るのよ、紹介するわ」
やった、と笑うと、彼女もくすりと笑う。
相変わらずお酒が好きなのね、と一言加えて。
阿近さんの執務室につき、扉をノックしようとしたところで扉が開いた。中から出てきたのはもちろん阿近さんで、
「あ、阿近三席、今お時間よろしいですか?」
さすが、先輩なだけはある、強面の阿近さんとぶつかりそうなくらい距離が近くなっても女を忘れていない。見習おう。
「あ、ああ、どうかしたか?」
「さきほど現世任務から帰還いたしました、報告書などの書類はまた後日技局に持っていきますので」
「ああ、お疲れさん。報告書は俺に持ってきてくれれば大丈夫だ。隊長も副隊長も今手が離せない仕事しているらしくてな」
「はい、わかりました」
それから、と阿近さんが私の方に向き直る。
「技局あての書類か?」
『はい、たぶんこれで全部だと思うんですが、』
「ああ、いつも悪いな」
急いでいるのだろう、私たちはそのまま回れ右をして自分の執務室へと帰った。
いつもいやいや書類を受け取って技術開発局へ向かうけれど。
ほんとは、阿近さんと2人で話せることがうれしいんだなーと実感する。
いつもみたいにおしゃべりできないことがなんだか少し寂しい。
幸せはわからないものですね
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