幸せになろうよ | ナノ
「最近やけに多いな、この話」


書類を片手に、頭を抱えた。最近、被害が増えている、女性ばかりをねらった強姦や未遂の事件が後を絶たないのだ。


「くそ、」


いつかのあいつを―――カヤを思い出して、自然と悪態がもれていた。
あの時の犯人もまだ見つかっていない。それなのに、また被害が増えてるなんて、


「おい、アベルト、お前今日はあがれー」
「え、おっさん、なんだよ急に、」
「彼女、帰ってきたんだろ、」


彼女、とはカヤのことだ。
言った覚えはなかったが、さすがに耳がはやいな。まあ昨日寮の前で何のためらいもなく抱きしめたからな、知らない方がおかしいか。


「こんな事件が多いんだ、帰ってやれ」


あの時の事件―――カヤの強姦未遂事件のときの担当警察騎士がこのおっさんだった。学生の頃におっさんで慣れてしまったため、立場が変わった今でもおっさんから呼び方は変わっていない。


「……わかった、すまねーな」


素直に席を立てば、こっちこそすまねーな、と返ってきた。


「は?」
「なんでもない。早く帰れ」


ああ、この人もあの時の犯人が捕まっていないことにいら立ちを覚えている人なんだな、とふと思った。








「ったく、世話かけさせやがって」


カヤの部屋には人影がなく、異世界調停機構に行ってから帰ってないことがわかった。あともう少しすれば日が暮れて、不審者が自由に動き回る時間だ。
そんな時分になろうとしているのに、女一人で外を歩いて、


説教をしようとして、やめた。


「どうした、カヤ」
『……どうも、してな、』
「そうか?」


俺にはどうかしているようにか見えないんだけどな、と彼女の隣に腰かける。海が見える高台が、カヤの昔からのお気に入りの場所だ。
そのことは、キタロウしか知らなかった。俺がここを知ったのは、付き合い始めてからだいぶ経った頃だ。


「異世界調停機構か、」
『……』


無言は肯定の意である。


「大丈夫、お前のことは俺がちゃんと見ててやるよ、」
『今、優しくしないでよ、』
「ん?」
『居心地よくて帰れなくなるじゃん、』


帰らなくてもいいだろ、口に出したい気持ちを飲み込んだ。フォルスと同じように、夢を持って異世界調停機構の調停召喚師になったカヤ、その夢をあきらめさせるようなことを口にしてはいけない。


「そうだな、すまなかった、」


抱き寄せると、もうずいぶんと冷えていて、長時間ここに座りっぱなしだったことが容易にうかがえる。異世界調停機構に行ってからずっとここにいたのだろう。


「風邪ひきたいのか、ばか」


彼女の部屋から持ってきた上着をかけてやる、カヤがこくりと頭を預けてきた。


『私ね、異世界調停機構に入ったこと、後悔したくないよ、』


鼻声なのは、さっきまで泣いていたからか、風邪をひいちまったのか。


私が召喚師になれたのはキタロウのおかげだよ。出会えなかったらたぶん、今も響友には巡り合えていなかった。キタロウのことは大好きだし、これからも嫌いになることはない。
シルターンの任務はさ、キタロウが家に頼んでやってくれたんだ。あのときのままセイヴァールで任務してたら辛かっただろうって。ごめんな、っていうんだよ、キタロウ。俺が響友でごめんなって。


そこまで話してまた涙が止まらなくなったらしい。


『だからね、私、キタロウにそんな思いさせないために、セイヴァールで頑張るって決めたんだ。……けど、私、人を信じることができなくなった、』
「……、」
『今はもう、キタロウとの連携もうまくできない、響命石の光も弱くなってるのわかるんだ、』
「カヤ、」
『私このまま、キタロウとも異世界調停機構ともお別れしなきゃなのかな』


静かに泣いているカヤに、俺はかける言葉を持ち得ていなかった。黙って聞いてやることしかできない自分を責めた。
こうなる前になんで気が付いてやれなかったのか。


カヤの涙が収まってから、そろそろ帰るか、と声をかけた。


『あ、ご飯、作ってないや、』
「ばーか、そんなこと知ってるよ。腹へってるか?」


カヤが首を横にふったため、そのままカヤの部屋へと戻った。


誰も信じられなくなった、と言った。
俺は―――信じてもらえている、と判断してもいいのだろうか。








君にとって住みづらい場所



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