幸せになろうよ | ナノ
大鍋祭に来ていた。キタロウも誘ったのだが断られた。


「どーせあいつも一緒だろ、行かねーよ」
『そんなこといわずにさ、』
「うっせー、こっちはライジンのおっちゃんにいろいろ頼まれてんだ、行かねーよ」
『えー』
「つか、お前がなかなかあいつの相手してやんないから俺に話が来るんだろーが、」
『師範代の話でしょ、私は異世界調停機構の人間です、』


とは、ついこの間の話である。


『あーあ、キタロウも来ればよかったのにね、』
「んー?」
『はあ、私も苦労が絶えないなー。……』


アベルトはアベルトで、キタロウが来ないことに対して特に異論はないらしく、このまま彼氏と響友の仲が悪いのは、私としてはなんだか納得いかないのだけれど。


「腹減ったな、なんか食うか」
『さっき焼き串食べたよ、』
「んなもんで足りるわけないだろ」
『あ、じゃあほらあそこは? オコノミヤキ、売ってるよ』


オコノミヤキは、この大鍋祭でしか食べることのできないもので、もとは名もなき世界に住んでいたといわれる人たちの子孫の人が受け継いできたらしい。大鍋祭といえば、オコノミヤキ、というくらいのファンも存在する。


「そうだな、今年も食べておかないと、だな」
『あ、私も食べる』
「なんだ、腹いっぱいじゃなかったのか、」
『いいの、食べる』
「わかったわかった、」


大鍋祭をアベルトと来るのは久しぶりだった。ちなみに二人でくるのは初めてである。学園生のころはフォルスとペリエと何度かきたのだが、私とアベルトが付き合いだしたのが卒業したときで、それからアベルトは警察騎士としてしか大鍋祭に参加できなかったのだ。


今日はなぜだかお休みが取れたらしい、けどまあなんとなくわかる気もするけどね。アベルトの先輩騎士さんの配慮じゃないのかなーって。


『あ、かき氷食べたいな、』
「今食ったばかりだろう」
『え、だってかき氷だよ、ご飯じゃない、』
「あー女の別腹か、まったくかなわないな」


食べてばかりのデートだったため、肝心の大鍋ができたころには二人ともおなか一杯になっていた。


「あーったく、大鍋祭なのに大鍋が食えないなんて笑えるな」
『ちょっと食べすぎたね、』
「ふー、ちょっと歩くか、さすがに食べ過ぎた」


アベルトの提案で、大鍋祭の通りからひとつ外れてみると、お祭りの音が随分と小さくなり、街灯しかない静かな街に変わった。いつものセイヴァールだ。


「またシルターンに行くのか?」


いきなりの質問に、思わずえ、と聞き返してしまう。


「あの冥土の一件で帰ってきたんだろ、お前もキタロウも。こっちの様子はこんな感じだし、混乱も収まりつつある。……それが終わったらまた向こうに行くのか?」


どうなんだろう。シルターンの人にはまたこっちに来い、もうずっとシルターンにいればいい、と言われてきた。けどキタロウ的にはシルターンはいろいろ大変らしいから、セイヴァールにいたいはずだ。


『まだわかんないかな。それは私の意向でどうこうできる問題じゃないだろうし、―――』
「そうじゃない、お前は向こうがいいのか、こっちがいいのか、って聞いてるんだよ」
『それは、』


答えようとして詰まった。
私はリィンバウムの人間だし、リィンバウムにいるのが当たり前だと思っていたけど、……どちらがいいのか。


「やっぱり、シルターンの方が住みやすいか、」
『……セイヴァールではいろいろごたごたがあったからね、住みやすい方だったらやっぱりシルターンかもしれない、かな』


けど。


「ち、事件だ、すまん、話はまたあとだ、」
『え、あ、うん、』


いくらお休みをもらっているといっても、やはりアベルトは警察騎士で、そういった現場を見ると駆けつけなければならない。
戦闘にならなければいいが、そうなったときはいつでも参戦できるように少し離れたところで構える。


「こんなところで何騒いでんだ、」


アベルトの姿が見えていた。
アベルトの声も聞こえていた。


―――カヤ、さあおうちに帰ろうか、


頭の中に響く低い声。私はこの声を知っている、したがったらダメだとわかっているのに、体が勝手に家の方へ向っている。


アベルト、そう叫びたいのに声を出すことができない。


―――あんな男は放っておけ


いやなのに、どうして体がいうことを聞かないのか。ああ、そうか、これは呪いだ、悪魔の呪い―――何年間もずっと呪いをかけられていたのか、


頭の中でつながったそれに、しかし気づいたところで打つ手はなく。
暗い道のりを、男の声に従って家へと向かった。










「ったく、大鍋祭は相変わらずだな、警察騎士総動員だってのにまだ手が回らないんだからな、」


隣でぶつぶつ言っている若いチンピラどもをとりあえず何とかして、勤務中の警察騎士に連絡を取る。その後近くで待っているだろうカヤを探したが、しかし彼女の姿はなかった。


「カヤ」


おかしい。
途中でどこかに行くはずはない、あいつがここから逃げ出すようなことは何も起こっていない。


「カヤー」


嫌な感じがした。
証拠は何もないのに、カヤが何かの事件に関与している気がする―――これは警察騎士の勘というよりは、男の勘、だろうか。


「くそ、どこ行きやがった、」


「確かにこのあたりだったわよ、」
「けど誰もいねーな、」


知った声が近づいてくる。シーダとフローテだ。


「お、警察騎士さんは今日もお仕事かい?」
「いや、今日は非番だったんだが、カヤ見てないか?」
「カヤ? ああ、そういや今日はデートだったな、」


からかい顔になったシーダはしかし、すぐに険しい顔になる。


「あの子、いなくなっちまったのかい?」
「ああ、さっきまでこの辺にいたんだが、チンピラの相手してる間にいなくなっちまった、」
「アタシらはさっきこの辺で契約違反の魔力を感知してな」
「ええ、人に憑依している悪魔がいるらしいの」


悪魔、そう聞いてつながった気がした。


「あいつか、くそ」


事情の説明も情報提供の礼もしないまま駆け出していた。行く先はたぶんカヤの部屋だ。何の確証もないままそこへ向かう。
後ろで呼び止める声も聞こえない。


「待ってろ、」




また守れないのはいやなんだ、



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