断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
07上司と部下
池田屋の一件からしばらく、忙しい毎日が続いていた。
池田屋へ向かうのに、隊士の半分は病欠で、さらには池田屋事件で怪我をした隊士も多い。特に、総司や平助が療養中で、幹部の数が減ったのも大変だった。おかげで、巡察の順番が頻繁に回ってきた。
千鶴ちゃんも巡察に出ず、隊士の看病をして過ごしていた。

そんな毎日がようやく落ち着き、総司も平助も普通に歩けるようになった頃。

「なつめ、ちょっと出かけるぞ」

不意に左之さんに声をかけられる。どこへ?と問えば、ただにやりとするその人。ああこれは、酒飲みだ。
そういえばここ最近、酒を飲む暇さえなかった。

『ってことは、左之さんのおごり?』

決まり文句のように聞いては見たが、左之さんと2人で飲むときは、決まって左之さんがお金を出してくれる。「部下に金は払わせない」って左之さんの口癖みたくなっている。

「いいから行くぞ」

そうして適当な居酒屋へと入った。
しばらく酒を飲み、肴をつまみ、とりとめのない話をしていたのだが、丁度会話が途切れたところに、左之さんが切り出す。

「池田屋で、なんかあったか?」

唐突な会話の内容に、すぐには意図を読めない。

『何かって? 特に怪我はしてないですよ』

しかし言っているそばから、思い当たる節が一つだけあった。総司や平助に怪我等々を負わせた男たちのことだ。
―――私はあの種族を知っている。

「とぼけんなよ。池田屋の後、ずっとふさいでるだろ」

言っておくけど、特にそんな素振りは見せていない。
自分で言うのもアレだけど、土方さんに認められて監察方を兼任しているほどには、自分の感情とか表情とかそういうのは制御できる方だ。だから、私の機微を悟ったというなら、左之さんだからだと思う。
この数日、私は至って普通に過ごしていた。

『……左之さんだけだと思うよ、そう感じてるの』

不満げに言うと、そうか?と返ってくる。

「まあ確かに、お前は一人で抱え込んじまうからなあ」
『抱え込むって言い方しないでよ。一人で解決できるから言わないの』

そもそも、彼らの種族について話をしたところで、信用してもらえるとは思えないし。

「別に、解決できるならいいが―――今回は長引いているみたいだし、少しくらい話してみたらどうだ」

池田屋以降、私が自分で解決するのを待っていたが、解決できずに今に至るため、心配して声をかけた。と暗に言っている。
なんでこの人はこんなに余裕綽々なのだろう。一人でブツブツ言っている自分が一人子どもみたいでイヤだ。なんて本人には言わないけど。

『……左之さんはさ、池田屋で総司とか平助が戦った男たち、どう思う?』
「ああ、あの、馬鹿みてえに強いヤツらのことか?」

頷くと、左之さんは酒を一口あおってから、

「総司と平助がやられたんだから、かなり凄腕だとは思うが?」
『2階の窓から飛び出して行ったのは?』
「そこなんだよな。人のなせる技じゃないような……」

そこで驚いた顔をするその人。

「まさか、あいつら、羅せ―――」
『左之さん、声大きい!』

慌てて口をふさぐと、悪いと謝られた。

「あいつらが、薬を飲んだんだとしたら、あの力強さも人間離れした身のこなし方も合点がいくが、」
『血を見ても理性を保っていた』

左之さんの着眼点は悪くはないけど、あたりでもない。
だってあの男たちは―――鬼だから。おそらく、鬼の一族だ。羅刹ではなく。
でも、鬼の一族と伝えたところで、左之さんは知らないだろうし、じゃあなんで私が鬼を知っているのかを聞かれたくない。

「……それで、しばらく冴えない顔してたのか」

左之さんの予想は、当たっているともいえるし、当たっていないともいえる―――羅刹は、人間を鬼にするための薬だと思う。

『まあそんな所かな』

酒を飲もうと徳利を傾けると、既に空だ。左之さんと飲むと、酒がすぐになくなるのが面倒だ。かといって一気にたくさん頼んでも、なくなる時間はあまり変わらず、酔っ払いが完成してしまうため、少しずつ頼んでいる。

今はそれでいい。

そう聞こえた気がするが周りがガヤガヤしていて聞き間違いかもしれない。

『ん?何か言った?』
「何も。ほら、飲み足りないんじゃないか」

その後はまた、どうでもいい話とか試衛館の頃の話とかで盛り上がり、何杯飲んだかわからなくなるくらい酒を飲みほし―――つぶれた。





「なつめ?」

呼びかけるが返答がない。先ほどまで何やらを話していたのだが、急に落ちたようだ。肩肘で頬杖をついたまま眠っている。

「おーい、なつめ」

全く起きる気配もなさそうだ。まあ無理もないか。
池田屋の事件以降、というより大坂での仕事以来、ろくに休めていない。特になつめは器用貧乏というかなんというかで、新選組のあちこちで呼ばれていて、忙しかったのだと思う。

昔から、こいつはあまり弱音を吐かなかった。辛いことも話したがらず、いつも困ったように笑うか、違う方を向いてやり過ごすか。器用だけど、不器用なやつだと思う。
ただ、自分が思っているほど感情が隠せていないのは、なつめの数少ない弱点なのだろうか。いや愛嬌と言えるかもしれない―――この感情の機微がわかるのは、なつめ曰く俺だけらしい。

しかし、男の恰好をしているとはいえ、つぶれるまで女に酒を飲ましてしまった。
その罪悪感なのか、それともなつめの本心が読めないからなのか、それともなつめにまだ信頼されていない気がするからなのか、漏れたため息は深い。

店主に勘定をしてもらい、眠りについた部下―――なつめ―――を背中に背負う。男所帯にいるせいか、背中のなつめがとても軽く感じる。これでいて、一般隊士よりも敵を斬るのだから―――というより、幹部隊士と変わらぬ働きをするのだから、驚きだ。

「でもたまには、気い抜けよ」

聞こえてはいないのだろうが。

今、なつめが抱える悩みも、いつかは俺に話してくれるのだろうか。彼女の最近の暗さの原因は、先ほどの会話の内容だけではないはずだ。
今は話せるところまででいい。でもいずれ、話してくれるような上司と部下の関係でありたい。





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