断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
06池田屋事件
朝から屯所が騒がしかった。どうやら総司が枡屋の古高を捕縛してきたらしい。千鶴ちゃんも一緒に巡察へ行っていて、ことの発端は千鶴ちゃんらしかった―――総司が注意されているのが申し訳なくかんじたらしく、自分が悪いのだと言っていた。

でも、状況は良い方に転んだから結果としては良かったのかもしれない。監察方で見張りを続けてはいたものの、なかなか確証を得られずにいたから……。

そしてこの日、後の世にも語り継がれる《池田屋事件》が巻き起こる。





「所司代のやつら、遅ぇな」

土方さんが悪態をつく。
土方さん率いる24名は、四国屋の手前で待機をしていた。今朝方捕らえた古高が、尊攘派の会合があることを白状し、その可能性があるのがこの四国屋か近藤さんたちが向かっている池田屋だった。

長州藩はよく池田屋を使っていたようだが、古高が捕まったその日に、いつも使っている池田屋を使うのは考えにくいとのことで、新選組は四国屋を本命と見て、人員も多く配置した。池田屋は10名で向かっている。

会合中の尊攘派を取り締まる名目で、会津藩と所司代にそれぞれ応援要請の使いを出していた。しかし四国屋に来るはずの所司代は一向に来る様子がない。
そこで先ほどの土方さんの悪態である。

『それにしても、攘夷派の人たちの顔が見えないね』

私も監察として枡屋に何度か張り込みをした。その時に見ていた顔ぶれは誰も見当たらない。単に警戒して、表に顔を出していないだけかもしれないし、もしかすると池田屋が本命なのかもしれない。

「土方さん、踏み込んでみるか?」

左之さんが進言したとき、後ろから近づく足音が聞こえてきた。まだ遠いが誰か来る。

『後ろから誰か来るみたい、足音がする』

比較的先頭の方にいたが、腰の刀に手を置き、静かに隊の後ろに移動する。私の様子を見てか、左之さんもすぐ隣で構えている。
そして―――現れたのは、息を切らしながら走ってくる、千鶴ちゃんだった。

「千鶴!? なんでここに?」
『大丈夫?』

私たちを見て安堵したのか、はあはあ、と肩で息をしながら、「本命は、池田屋です」と告げた。

やっぱり。先ほどから、長州藩の顔ぶれがいないことから、なんだか嫌な予感がしていた。

「土方さん、」
「ああ。池田屋に向かうぞ!」

俺に続けと言わんばかりに走り出すその人。千鶴ちゃんは疲れた様子ではあったが、新選組の隊列にどうにか付いてきている。
途中から山崎君が合流したため、千鶴ちゃんの護衛を任せて、私たちは先を急いだ。





池田屋に到着すると、既に討ち入りが始まっており、激しい音が外まではっきりと聞こえる。
そこへ、ほとんど時を同じくして、所司代の役人が到着する。正直、今さら来られてももう必要性を感じ得ない。
土方さんも同じ考えだったのか、

「斎藤、なつめ、中を頼む。原田は裏を固めてくれ。俺は所司代に話を付ける」

と短い指示を与えた。
このまま所司代が介入すると、手柄だけ横取りされてしまう。それを防ぐための“話を付ける”だった。

「気ぃつけろよ、」
『左之さんも!』
「行くぞ」

左之さんと別れ、一君の号令のもと、池田屋の中へ入る。一階は、床やれ壁やれに血が飛び散っており、戦闘の過激さを物語る。近藤さんが浪士と刀を交えながら、「上に行ってやってくれ、総司と藤堂君が―――」と。言葉途中ではあったが、言わんとすることは理解できたため、一君と二人、2階を目指した。

階段を上るや否や、ものすごい音と共に、平助の声。そちらへ一君が向かう。私は逆の方へ。おそらくこっちに総司がいる。

刀を構え、部屋のなかに立ち入ると。

『総司!?』

彼も刀を構えてはいたが、口から血を吐き、今にも倒れそうだ。新選組一の強さといっても良いくらいの剣の天才がこんな状態になるとは珍しいと言うか、初めて見た。
総司をこんな風にできる腕を持つ敵とはどんな人物なのか。敵を見ると、見下したように嘲笑っていた。

「また沸いて出てきたか。お前ら“人間”は群れるのが好きだな」

自分は人間ではないような言い方に違和感を覚える。

『何と言われようと、これが私たちの戦い方なの!』
「ちょっと……、僕の、敵だよ、」

刀を構えると、異を唱えるように総司が発言するが、立ち上がることもままならない様子だ。総司が闘うことを辞めるように、彼と敵の間に構えた。

そして一瞬の間のうち、ギィンと刀と刀が交錯する音が響く。凄い力だ。人間のものとは思えない刀の重さに、押し負けているのがわかる。このままでは長くは持たない。
どうにか縁を切り、間合いをとる。

「やはり新選組といえどこの程度か」

そう呟いたかと思えば、次の瞬間には―――本当に一瞬で―――間合いをつめられ、刀を振り下ろされる。
しかし今度は正面から受けずに、斬撃を受け流す。それを3度繰り返し、4度目の斬撃は、受け流すように見せて敵の力を利用してその反動で刀を打ち込む。
男の前髪を少しだけ切った。
大抵の敵にはこれで致命傷を与えられるのだが。避けられることは早々ない。……強い!

「ほお。貴様、俺の斬撃が見えるとはーーー」

ふん、と笑いしかしその態度とは裏腹に、男は刀を納めた。

「なつめさん?……沖田さんは、っ!」

丁度そこへ、千鶴ちゃんがやってきた。怪我人を手当てするために上がってきたようだが、刀を納めたとは言え、男はまだ目の前に対峙している。
下がって、と指示を出したところ、男の興味は千鶴ちゃんに向かったようだ。

「貴様、その小太刀はどこで手に入れた」

窓際で、男が千鶴ちゃんの小太刀を見ていた。そんなに珍しい小太刀だろうか。気になるが後で確認するしかない。今は男から目を離すわけにはいかない。

「これは、うちに昔から伝わる小太刀です」

盗んだのか、とでも言いたげな男の目付きに、千鶴ちゃんが不安げに答える。
男はしばらく千鶴ちゃんとその小太刀をなめるように見ていたが、しばらくすると窓から外へ―――飛んだ。

『っ、』

ここは2階だ。窓から飛び降りるなど、人間には到底できない。
窓から男の姿を探すと、隣の屋根の上からそのまた隣へとひょいひょい飛び去っていく。

「なつめ、大丈夫か」

平助の方へ駆けつけていた一君が、様子を見にきてくれた。一君の方も方がついたらしい。

『総司が、血を吐いてて、』

言い終わらないうちに、バタ、と音がして、総司が倒れた。「沖田さん!?」と千鶴ちゃんも慌てた様子で駆け寄る。
私も刀を納めてから、総司に駆け寄り、全身の様子を確認する。先ほどちらっと見たときは、口から血を吐いているものの、他に傷は見当たらなかった。
どうやら、怪我らしい怪我はない。だとすると、この吐血はなんだ。

「雪村、総司を頼む。先に平助を運ぶぞ。なつめ、」

しかし考えても答えが出るはずもなく、ひとまず千鶴ちゃんにこの場を任せて、額に怪我を負ったという平助のもとへ向かう。

そちらの部屋もひどい状態で、平助はどれほどの力で殴り飛ばされたのか、襖が真二つに折れており、その脇に横たえられていた。額に当てられた布は、もともとは白い色だったのだろうが、真っ赤に染まっている。

『一君の所にも、厄介な敵がいたようだね』
「ああ。……やはり、そちらにもいたか。最後は窓から出ていったが」

あの動きは人間ではない。
男も、“お前ら人間は”と言っていた。

私はあの種族を知っている。
その事実に、嫌な感じがした。長く仕舞っていた、触れたくない過去に触れてしまいそうで。

「大丈夫か?顔色が悪いようだが」
『ごめん、大丈夫。早く運んであげよう』

ひとまず考えるのは後だ。
今は平助や総司や怪我をした隊士を治療しなくては。
そう言い聞かせて、階下へと降りた。





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