断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
05大坂出張のお話
年が明けて文久4年。ようやく暖かくなってきた頃に、土方さんに呼び出された。
ここしばらくは何も悪いことはしていないはずだけれど。土方さんの部屋から盗んだ本だって、定期的に返してるし(定期的に違うものを盗んでいるともいう)。隊務もさぼらず出ているし。酒を飲むのに、台所から肴を盗むようなこともしばらくしていない。

『なつめです』
「入れ」

全く心当たりがないと思いながら入ると、私のほかにも呼び出されている人がいた。左之さんに一君に山崎君。その面子を見て、呼び出された理由についてはなんとなくわかった。

「なつめ、お前に仕事だ」

10番組にではなく、私に仕事だという。
私は10番組に属しているが、実は監察方も兼任してる。なんでかというと、人手不足だからだ。そして試衛館組の中で、唯一私だけが副長助勤(組長)ではない。自由に動け、昔からしっているからこき使うのに丁度良いのだろう。

『どんな仕事ですか?』

組長の左之さんに、監察方の山崎君までこの場にいるのだから、おそらくすぐすぐ終わるようなものではないのだと思う。
一君もよく監察方のような仕事を任せられるから、差し詰め私と一君で何かしらをやってくれってことだろうか。

「大坂で不穏な動きかあるらしい。西奉行所与力の内山が討幕派志士と結託して、米や油の値を張り上げているという噂だ」

大坂か〜ちょっと遠いなあ、馬使わせてくれるかな。

「斎藤となつめには、その噂の証拠をつかんでもらいたい。特になつめ、今回花街に入り込める手筈をつけられた。女装してもぐりこめ」
『ん?』

聞き間違いかもしれない。変な指示が聞こえた。

『花街に潜り込むって、聞き間違いですよね』
「そう言った。聞き間違いなんかじゃねーよ」
『いやあ、こっち来るときに着物売っちゃったから……』
「んなの、買えばいいだろ」
「そもそも、花街で切れるような派手な着物は普通持ってねーだろ」

おかしそうにニヤニヤしながら左之さんも会話に入ってくる。

『なんで私なの!? 他に―――』
一君を見たが、しれっとお茶をすすっている。

「いいじゃねーか、たまには女の恰好するのも悪くないだろ」
『そうだけど、刀振り回すわけにもいかないし。どっかの浪士だか志士だかに酌をするのも嫌だし。顔がひきつりそう』

やりたくない理由を述べては見たものの、任務を覆せるわけもなく。

「支度金は持ってやるから、つべこべ言うな!買った着物も好きに使え!」

そうして土方さんに一喝され、大坂へ向かうこととなった。





きらびやかな着物に身を包み、大層な化粧をして、酌をするのが違和感なくできるようになった頃。せっかくだから―――何かしらの役にたつかもしれない―――と三味線を習い始め、1曲だけだが弾けるようになっていた。

ついに、本命の内山彦次郎が店を訪れた。浴びるように酒を飲んでいたその人は、少し色目を使うと、ぽろぽろと悪事を話した。しかもそれを偉そうに話すものだから、こちらの笑顔も引きつるのはしょうがない。
相手も酔っぱらっていたから特に問題はなかったが。

帳簿の場所も話の中から探りをつけ、その情報を一君に流す。彼は彼で、奉行所に潜入を試みていたようだ。大まかな場所を伝えると、すぐに帳簿を見つけてきた。
証拠の帳簿が見つかると、京から総司と新八さん、左之さん、源さんがやってくる。次回内山が花街から帰るところを狙ってとらえる計画だ。

そんな中、私は今日も一人花街で働く。内山がいつ来るかがわからないからだ。そろそろ来てもおかしくないのだが。みんながどこかで酒を飲んでると思うと、私も早く合流したいなあと呼ばれた座敷の襖を開ける。

「お、別嬪さんじゃねえか」
「なつめでも綺麗になれるんだね」
「ほんとになつめちゃんか!?」

驚いてそのままパタンと襖を閉めた。
どういうことだ。左之さんたちが来ている。

襖を閉めた途端に聞こえてきた笑い声が、見間違いではないということを教えてくれる。再び部屋に入るなどごめんだ。でも客をもてなすのは仕事だ―――潜入させてもらっている手前、わがままはあまり言える立場ではない。

どうしたものかと廊下で思案していたのだが。

「いつまで待たせる気だよ、なつめ」

閉めた襖がまた開き、左之さんが顔を出す。

『なんで来たんですか! 一言言ってよ』
「だって、言ったらお前、適当な理由つけて休んだだろ」
『そりゃそうですよ! 恥ずかしいじゃないですか!』
「そうか? 綺麗にできてるじゃねーか」

左之さんはこういう風に、誰にでも優しい。こうして勘違いさせられる人も多いと思う。一緒に花街に言っても、なんの気なしに褒め殺しをする。

『源さんは? 源さんが知ってたら絶対止めたでしょ』

京からは、この人たちのほかに源さんも来ているはずだ。彼がこの事態を知っていたなら、止めていたはずだが―――

「ああ、源さんなら斎藤と奉行所の方を見てる。ここからの帰りに仕掛けるなら、ここにいた方が早く動けるだろうってことで、俺たちはこっちで待機だ」
「花街で待機できるとは、いい仕事じゃねえか!」

左之さんに続き、新八さんが意見する。
よくできた仕事ですこと。とは口には出さなかったが、まあそうかっかするなよ、と左之さん。

「今日は一緒にここで待機でいいって、楼主が言ってたぞ」
『……』

一緒に待機でいいということは、ほかの客に酌をする必要がなくなる。
でも左之さんたちにからかわれることが付いて回る。

両者を天秤にかけて打算的な考えで沈黙していたが、それを照れ隠しととられたらしく、左之さんに半ば強引に空いている席に連れていかれた。





しばらくはそっぽを向いていたが、酒が入るうちに―――一緒に酒を飲んでいた―――いつの間にか普通に会話をしていた。そのうち、一君や源さんも合流し、わいわいがやがやと言わずとも、会話に困らない程度には酒を入れた。

「京でもやればいいじゃない、女装」

とは総司で、「そりゃあいいな! なつめちゃんが酌をしてくれるなら気兼ねなく話できるしな」と新八さんがすぐに乗ってくる。

『絶対やらない』

断固拒否の姿勢をあらわにしたときだった。

「なつめちゃん。例の人がお越しだよ」

楼主が内山の到着を教えてくれた。襖を開けると、楼主が立っており、思案顔でこちらをみていた。

「どうする?」
『とりあえず、座敷に行きます』
「わかった、じゃあ準備しておくから」

そうして一度は分かれ、私は左之さんたち新選組隊士に向き直る。

『ほらほら、仕事ですよ〜酒はその場に置いて。しっかり酔いを酔いを醒ましておいてくださいね』

出ようとしたところ、左之さんが追いかけてきて、「気を付けろよ」と。首を縦に振り、今度こそ部屋を出た。





内山は今日も大層酔っていて、いい気分で遊郭を出ていった。暗闇で新選組の隊士たちが待ち伏せしているとも知らずに……。

私も内山が出て行ってすぐに着替え、待ち伏せの計画地へと向かう。着替えと言っても、出入りの際に怪しまれないように女物の着物を着用しており、計画地へ向かっても特に加勢はできないと思うが。

案の定到着すると、内山が応戦しているところだった。捕縛を第一に考えているため、数はこちらの方が多いがなかなか決着がついていないようだ。
遠巻きに見ていたのだが、一瞬内山と目があった。目があった途端、しめた、とでも言いたげな顔でこちらに向かってくる。

刀を握ってはいるが、この状況で私に斬りかかることはないだろう。私を斬ったところで、助かる見込みはないからだ。
おそらくは私を人質にでもして、逃げおおせるつもりなのだろう。

それならば、こちらも捕まらないように対処するだけだ。試衛館では剣術のほかにも、柔術等様々な稽古を行っている。
着物で動きにくさもあったが、内山を見据えて低く身構える。しかし。

「お前は、遊郭の―――」

どうやら内山は私の顔を覚えていたらしい。化粧も落とさず出てきたから、当たり前といえば当たり前か。ただ、それまで人質として活用するためにただ手に持っていた刀を、今度は私に向けられた敵意をあらわにするかのように、両手で構えながら走っている。

『私、刀持ってないんだけど、』

つぶやいてはみるが、言ったところで解決はしない。そして振り上げられる刀。

『っ、』

内山は酔っているせいか、太刀筋はわかりやすく、上から振り下ろされた刀はよけることができる。続けざまに右から左へと刀を振られ、よけることはできたが、普段はつけていない帯部分に刀が当たる。
そのまま帯がほどけ、足がとられた一瞬に、内山が再び刀を振り上げた。

「うちの隊士に手を出すんじゃねーよ」

声が聞こえたときには、内山は既に斬られていて、崩れ落ちるところだった。倒れた内山の後ろから、左之さんの姿が見えた。どうやら左之さんが助けてくれたようだ。

「大丈夫か?」
『うん、なんとか』

ありがとうと伝えると、ぽんと肩をたたかれた。

「あーあ。斬っちゃいましたね」
「こいつ、女の子に手を出そうなんて、汚ねえ野郎だ」

総司や新八さんも追いついてきて、内山をどう処理するかを思案しているようだ。そこに一君と源さんも加わり、内山はそのままにし、急ぎ京へ帰ることとなった。
いくら悪さをしているとはいえ、大坂西奉行所の与力である。犯人として見つかれば面倒なことになる。

まずはこの場から立ち去らないといけないが、立ち上がってみると情けない恰好をしていることにハタと気づく。
「またひどくやられたな」とは左之さんで、おぶるか?とか言っている。

『大丈夫、短くなったけど、結べないことはないから』

宿までならなんとかなるだろう。
宿には来た時に着ていた袴があるから、それに着替えれば問題ない。

「明るくなる前に宿を立つ」

一君の号令で、みんな宿屋へと向かう。
そうして大坂出張の任務は幕を閉じた。






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