11副長と組長の信頼を得て
12月に入り、伊東さん発案の親善試合が開かれることとなった。
屯所の中は、親善試合ができるほどの広さがないため、伊東さんが懇意にしている方から道場を借りる手筈となっている。
また、試合は木刀で行われる。というのも、試衛館では、天然理心流の稽古の一環として、太刀の重さに慣れるため、重い木刀を用いるが、他の流派では、竹刀を用いることが多い。今回は、今後の実戦のためにということで、天然理心流に合わせて木刀を扱うことになっている。
組長は組長同士、隊士は隊士同士、同じくらいの実力の人と試合をすることになっており、私も誰かしらと試合をしなければならない。
比率的には、伊東一派よりも新選組の隊士の方が多いから、伊東一派とは試合することはないだろう、と高をくくっていたのだけど。伊東さんの所の三木三郎と対戦だという。
三木と言えば、伊東一派の中でも腕が立つ方で、副長助勤(組長)として今後名を連ねるはずである。つまりは組長と変わらない実力なのだから、平隊士の私と試合をするのは不公平なのではないか。
訴えるように土方さんの方へ視線を送ったが、その人は知らんぷりでこちらを見ようとしない―――こうなることがわかっていて、あえて見ないようにしている。その代わり、隣に立っていた伊東さんににこりとされる。
そこで思い出される、以前伊東さんと話した内容―――今度手合わせをしてもらいたいものだわ。
ああこれは、伊東さんの差し金で、そして土方さんはそれを飲んでしまったから、私と目を合わせようとしないのだな、と。
今度酒代を出してもらおうと心に決めて、木刀を取ると、そこでようやく土方さんがこちらを見た。というか睨まれた。おそらく”負けてやるんじゃねーぞ”の意だ。
組長を張るような人物に、なんで私が勝つつもりでいるんだ、とため息をついたところに、「お前が久我か」と声をかけられた。伊東さんの弟の三木三郎である。
「兄上が興味を示しているから楽しみにしていたが……そんな細っこい腕で、まともに戦えるのか?」
伊東さんは上品な話し方をするが、弟の方は感情丸出しなのだな、と。これなら、私にも勝算はありそうだ。
『そう思うなら、手加減していただいて構いませんよ?』
それに対しては、ふん、という返事のみで、互いに始めの位置につく。
そして、試合が―――始まった。
両者とも木刀を前に構えて様子をうかがっていたのだが、私に勝てる算段がついたらしく、三木がニヤニヤしながら木刀を高く振り上げた。そのまま掛け声とともに、真正面から突進してくる。
そういえば伊東一派は、神道無念流の使い手だったなと、試合中なのにそれが他人事のように頭の中で考えていた。
神道無念流とは、「力の剣」とも言われ、その言葉どおり、三木の一撃は、高く振り上げられた腕をそのまま力いっぱい振り下ろすのだろう。
さてどうしたものか。三木が打ち込んでくるまでにはまだ時間がある。
力技の相手にこちらも力技をぶつける戦い方は、少なくとも三木相手にはできればやりたくない、というかそれを選べば負ける。力勝負では負けてしまうだろう。
本来であれば―――これが真剣勝負の戦闘であるならば―――、読みやすい動きであるし、避けて後ろから一突きすれば良いのだけれど。これは練習試合で、三木は誇りも高そうだし、”卑怯だ”とか言って後で目をつけられても面倒だ。
かといって、土方さんの目もあるし、私も新選組ひいては試衛館組としての意地も一応はあるし、負けるわけにもいかないなあ。
そこまで考えてようやく三木が目前まで迫ってきた。そして―――
木刀どうしが接する瞬間に、刀を右から左に流すように構え、意図通りに三木の木刀が左下の方へ流されたところ、がら空きになった左胴に木刀で打ち込んだ。
試合終了である。
一瞬の幕引きに、そして伊東一派でも腕に自信のある三木が負けたことに、周りはざわめきつつあった。三木はものすごい形相でこちらを睨んでいる。正々堂々と勝負したというのに、そんなににらむのであれば、普段のようになりふり構わず打ち込んでしまえばよかった。と少しだけ後悔。
まあ、実をいうと、三木の力技に私が受け流しきれるか―――刀を振り落とされないか―――がこの勝負のカギだった。力負けさえしなければ、私の方が「速い」。
おそらく私の姿を見て油断したのだろう。少し強い武士によくあることだ。
一礼して席に戻ろうとしたところ、伊東さんが立ち上がり、「弟も悔しいようですし、もう一度手合わせお願いできませんか?」と。
その言い方から、私が三木に、油断させるように仕向けたことがばれているのだとわかった―――試合前の会話や試合が始まってからの構えの姿をわざと隙のあるように見せていた―――。そして三木は、まんまとその罠にかかったわけだ。
返事に困っていると、
「もちろんですとも。練習試合ですからな。いいかな、なつめ?」
近藤さんが答えていた。
せっかく一瞬で勝てたのに、とため息ものではあったが、局長命令とあれば致し方ない。
「ありがとうございます、近藤局長。それから―――なつめさん」
下の名前で呼ばれることに違和感を感じたのは初めてかもしれない。あえて少しだけ怪訝な顔をしたが、彼は意に介した様子もなく、さらに「せっかくなら3本勝負にしませんか?」とか言い出した。
なんで私だけ3本勝負なのだ、とこれまた苦情ものではあるのだが、この流れからすると特に断る理由もない。むしろ、当初からそう考えていたのではないか―――三木のあの顔も私に負けたことも、実は演技だったのではないか―――と思うほど実に円滑な交渉である。
そうして始まった2本目は、三木に軍配が上がる。
先ほども行ったが、相手は「力の剣」と呼ばれる、私にはとても相性の悪い相手である。一本目のようなハッタリが利かないのだからそれは当然のことだ。3本目も同じ結果になるだろうなあ、と位置に戻っていると。
「真剣で勝負しろ」と聞こえてきた。どこからだ―――目前の男の口からだ。
「互いに使い慣れた真剣の方が、より納得のいく試合になるだろう」
最もらしい理由が付け加えられる。
もしかすると、三木も3本目の試合が同じ結末になることを感じたのかもしれない。
でも真剣勝負なんて……と困って土方さんの方を見ると、不敵な笑みを浮かべている。この時点で、真剣勝負が許可されたことがわかり、そして土方さんは私の勝ちを確信していることがわかった。
今日は何度ため息をつけばいいのやら。
『真剣勝負ってことは、私がどんな戦い方をしても文句を言わないということだけど、』
「好きにしろ」
言いつつ、腰に2本帯刀するので、じゃあ私も遠慮なく、と刀を取りに行く。
「ほら」
一部始終を見ていたであろう左之さんが、私の刀を持ってきてくれたようだ。お礼を言って刀を受け取り腰に差していると、左之さんの手がいつものごとく、私の頭に乗った。「お前なら勝てるよ」と。
土方さんも左之さんも、私の強さを信頼してくれていることが、素直に嬉しかった。
そうして3本目が始まる。
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