09きっと気のせい
白み始めた空に、ドオンと砲撃音が響いた。
眠っていた隊士もさっと起き上がり、近藤さんや土方さんの指示を待つ。
「行くぞ」
土方さんの号令の下、蛤御門の方へと急いだ。
蛤御門に着くと、そこでの戦闘は既に鎮火したようで、敵の姿はなかった。
門には金属の弾を撃ち込まれたような傷があちこち刻まれていた。負傷者もそこら中に倒れていて、焼けた匂いもする。
しばらく周囲で情報収集を行うと、夜半から朝方にかけて、長州藩が攻め入ってきたようだが、会津藩と薩摩藩でそれを退けたとのこと。天王山の方に向かって逃げたらしい。
蛤御門には長州の姿はなかったが、公家御門の方ではまだ戦闘が続いているという情報もあった。
そのかき集めた情報をもとに、土方さんが即座に指示を出す。
私は10番組の隊士として、左之さんと一緒に公家御門へ向かうこととなった。
公家御門では、所司代と長州兵の小競り合いがまだ続いており、しかし私たちの浅葱色の隊服を見て「もはやここまでか」と敗走を始めようとしていた。
所司代が追撃しようと前に進んだとき―――
パアン
大きな音が鳴り、それが拳銃の銃声であることを理解すると、一人の男が長州兵の殿に立った。
「まだ遊び足りないヤツは、俺が相手してやるぜ」
言いつつ、パンパン、と続けざまに銃を放つ。
その勢いに、所司代の役人たちがその場に委縮してしまったところに、左之さんが歩いて行く。拳銃を持った男の相手をするらしい。
「一人だけ飛び道具使うのは卑怯じゃねーか」
「はっ、お前だって、長物持ってるじゃねーか」
二人が戦っているうちに、残党兵を追わなければ。と隊士たちを率いようとしたところ。
パアンと銃声が響いた。
「っ」
左之さんの左腕から血が滲んでいる。
『左之さん!?』
私が狙われていたはずだが、左之さんがかばってくれたようだ。
「早く追え!」と軽く指示を出し、そのまま拳銃の男の相手を続けるその人。かすり傷とはいえ、左腕を負傷し、槍の扱いがぎこちない。
組長の指示は、敵を追えとのことだけど。
その指示には従いたくないと感じた。私をかばって負傷した左之さんを、一人置いていくわけにはいかない。
太刀を鞘に納め、脇差に持ち変える。
そして、左之さんと男が間合いを取った隙に、その間合いに入り込み、1手2手3手と斬りつけた。
「なつめ―――」
『私が相手をする』
そう宣言して左之さんの前に構えたところ、男が拳銃を構え―――引き金を引いた。
パアンという銃声とほぼ同時にキィンという甲高い音がこだました。飛んでくるはずだった弾は、勢いを失くして見当違いの方向へ転がった。
「へえ、」
もう一発撃たれそうな勢いだったため、再度刀を持つ右手に力を込めたのだが、「うちの隊士にちょっかい出すなよ」と怪我をした左之さんが男との間合いを詰めていて、左之さんの槍は男ののど元に、男の拳銃は左之さんの額に突き付けられていた。
互いに緊張感の只中にいるはずなのに、どこか不敵な笑みをたたえている。
「俺は不知火匡だ。お前の名乗り聞いてやるよ」
「新選組10番組組長、原田左之助だ」
そうして二人同時に距離を取り、そのまま不知火は転がっていた刀を壁に刺し、それを足掛かりにして城の屋根に上る。
「お前も、覚えておいてやるよ」
去り際、私の方を見たので、久我なつめと答えると、うんともすんとも言わずそのまま去って行ってしまった。
もちろん長州兵もとっくに去ってしまっている。
「なつめ」
しばらく去っていった方を見ていたのだが、左之さんがいつの間にかすぐ目の前に立っていた。
「ったく、長州兵を追えって言っただろ、」
『左之さん一人だけ置いていくのは、違うかなって思って』
感じたことを素直に伝えると、不意を打たれたかのように次の言葉に詰まったようだ。そして「まあ、土方さんの命令は長州藩を追っ払えってことだったしな」と誰に言い訳をしているのだか、そう呟く。
「それに、拳銃の弾をはじくって、なかなかできることじゃねーぞ、さすがだな、なつめ」
『……脇差で軽かったしね。それにもともと目はいい方だから』
言い訳のように伝えると、「助かった」と槍を持たない左腕で私の頭をなでようとして、そこで一瞬顔をしかめる。
『そうだ、左之さんケガ!』
私をかばって傷を負ったことを思い出し、慌てて左腕の傷口を確認する。
「こんなの、ただのかすり傷だから、心配いらねーよ」
『いいから見せて。私のせいで怪我したんだし、手当くらいさせて』
そうして無理やり座らせて、怪我の程度を確認する。そこまで深くはなさそうだが、念のため持っていた手ぬぐいで傷口をきつくしばり、応急処置をする。
『帰ったらちゃんと山崎君か千鶴ちゃんに見てもらってね』
そう告げて顔を上げると、ニヤニヤ笑っている左之さんと目があった。いいお嫁さんになれるんじゃねーか、とか言っている。
『うるさいな、上司が怪我してたら手当くらいするでしょ』
慌てて立ち上がってその視線から逃れたのは、特に意味はない。左之さんに口説かれたような気がした、そして満更でもないような気がしたのは、きっと気のせい。だって左之さんは上司だもの。
「ひとまず、蛤御門に向かうぞ」
とりあえずは、長州兵を追い払うという命令は終えたため、当初の守備範囲の蛤御門へと戻ったのだった。
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