鏡花水月 | ナノ
07夜行もまだなくて、裏会の存在も知らないような昔の話
昔の夢を見た。
まだ小さかったころ。
母がいて、父がいて、村があって。
夜行もまだなくて、裏会の存在も知らないような昔。





物心ついたころには、周囲から煙たがられていた。
呪われた子、妖怪の子、化け物―――。
毎日誰かしらに噂され、変な目で見られた。

理由は簡単だ。
昔から雪のような白い肌には人の温かみはなく、体はいつも冷たかった。
おまけに青色の目も珍しかったようで、村の人はみんな「雪女」と私を指さした。

家は父と母の3人暮らしだった。
祖父母は私が生まれてからすぐに亡くなったらしい。

以前、村の誰かが言っていた。祖父母の死の原因は私らしい。
ただの嫌がらせだろうと聞き流していたが、それはある日突然やってきた。

「村には昔から守られてきた掟がある」

父と母が珍しく二人そろって私に話しかけた。
家では父も母もあまり話しかけてくれなかった。別にそれが嫌というわけではなくて、それが当たり前だと思っていた。

「村にはたまに、雪女の力を宿した女の子が生まれる」

父は淡々と、感情のこもっていない話し方をした。
父はいつもそんな話し方だった。

雪女の力を宿した女の子は、肌は氷のように冷たくて、吐く息で周りの物を凍らせてしまう。
目は青く、天を見ればすぐに雪雲を呼び寄せて雪を降らせる。
髪は黒く、容姿端麗。言い寄ってくる男を話も聞かずに氷漬けにしてしまう。
村で雪女が生まれるときは、土地の力が弱まっているとき。
雪女の子供は、土地神様のため、その力を森の奥深くへとお戻ししなければならない。

その話を聞いたのはまだ5歳だった。
殆どの意味は理解していなかったが、悪いことが起こることだけはわかった。

『どこ行くの?』

ある晴れた日の早朝に連れ出された。
前を歩く母のお腹には、新しい命が宿っていたはずだ。

「土地の神様のところよ」

しばらく歩かされ、裏の山のずっと奥までやってきた。
小屋の中に入ったところで、何があったのか記憶は途切れている。





次に覚えているのは、真っ暗な空間に一人だけで過ごしたこと。
何日過ぎたのかも、朝なのか昼なのかもわからない。
寒くはなかったが、気温は低かった。
たまに木々に積もった雪が落ちる音も聞こえていたから、雪は降っているのだろう。

寒くはない。
ただ、怖い。

一度「怖い」という感情に気付いてしまうと、その後はもう駄目だった。
怖い怖い怖い怖い怖い―――。

それからは喉がつぶれるまでずっと泣いていた。
泣きすぎて頭が痛くなった。
それでもずっとずっと泣き続けて、―――





「リン!」
『、』

暗闇の中から、一転日の光が差し込む明るい部屋に変わった。

『あ、れ、』
「うなされてた。大丈夫?」

しばらく余韻もあり何が何だかわからなかったが、文弥に手伝ってもらって水を飲むと、気分が和らいだ。

「何の夢?」
『……さあね。もう忘れっちゃった』

昔のことを夜行の仲間にはあまり話したことはない。
知ってほしくないというよりは知る必要がない。

「気分はどう? だいぶよくなった?」

そういえば朝から体調が悪かったなあ、と外を見ると空がオレンジ色。
道理で変な夢を見たわけだ。

『うんだいぶ。ありがと』
「夕飯は? お粥食べられる?」
『食べようかな』

私の返事の内容に文弥が驚いたような顔をした。

「やっとリンが自分からご飯を食べるようになった……」
『調子が良かったらいつだって食べますよ私だって』
「その調子がいい時は年に何回訪れるんですかね」

軽く嫌味を言いながら、文弥が台所へと向かったので、私もトイレへ行くために部屋を出た。





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