21頭領の机の上を漁ってみる
正守は負傷して帰ってきた。
よくよく話を聞くと、無道さんと決着をつけてきたようだった。
『なんで黙って行くのよ』
私はというと、歩いて日常生活を送るくらいには回復していたので―――病弱だと思われていることと思うがこれでも一応妖混じりなので人間に比べると治りは早い―――正守のところへ文句を垂れに来ていた。
こうでもしなきゃ、正守はすぐに働きだすから。
彼は昔から周りを頼ることを知らない不器用な人だった。
「いうも何も、リンは意識がなかったじゃない」
『そうだけど、』
無道さんには昔お世話になった。
両親に捨てられて裏会の養育機関でお世話になるようになったのだが、養育機関は無道さんが作ったようなものだったため、その人の思想に触れる機会は往々にしてあった。
だけど、どうして時間をかけて育ててきた子供たちの命を奪うようなことをしたのかは今もわからないまま。
正守はその答えを聞いたのだろうか。
「ところで、君の体はどうなってるの」
突然話題が変わった。
『ん?』
「目立った外傷はないのに、内臓だけがダメージを受けるって、どういうこと?」
『さあねえ。不思議なこともあったものよね』
白を切ってみると、正守は怪訝な顔をした。
「病?」
病といえば病なのかしら、寿命って。
「寿命はないだろ、」
『だって誰から聞いたのか忘れたけど、雪女の妖混じりは早死にするっていうし、血を吐いて倒れることもよくあったらしいわよ』
「……」
突然考え込むように押し黙った頭領。
その間私はさしてすることもなかったので、正守の部屋の中の本棚を物色していたのだが。
「もしかして、雪女の死因って、みんな同じなんじゃ、―――」
『そりゃあ、死因は寿命だもの』
「そうじゃなくてさ。寿命だと思っていたのが、寿命ではなく病気のせいだったら?」
『……まさか』
「調べてみる価値はあると思わない?」
こうしちゃいられない、と言わんばかりに正守が立ち上がる。
『ちょっと、あんた怪我人よ。寝なさい』
「リンこそ寝てないとダメじゃない。ほら、その布団かしてあげるからさ」
『嫌よ、正守の布団なんて』
正守は気にした風もなく、部屋を出て行った。
しばらくたって、体調がだいぶ回復したころを見計らって、正守から連絡があった。
任務だという。
「細波さんを呼び戻そうと思ってる」
『……決着をつける気になったんだ?』
「まあ、ね」
『それで?』
そんな報告をするために呼ばれたのではないことくらいわかる。
「烏森で正統継承者について探ってもらおうと思ってるんだけど、いいひと知らない?」
『なんで私に聞くのよ』
「いや、情報を持ってそうだし」
『諜報班は細波さんなんだから、あの人に聞けばいいじゃない』
口では言いつつも、適任者を洗い出してみる。
だって、細波さんに決着をつけるということは、首を切るということだと思うから。
頼れるはずないものね。
「そう言わずに、さ」
『あの子でいいんじゃない、閃』
「閃?」
『まだ戦闘班だけど、たぶんあの子自分の適性について考えてると思うし、弟君とも仲良くやれそうじゃない?
それに、いい選別の機会かも。烏森に関わる案件は、あの年代の子にとっては一大任務よ。もし夜行に残る気がないのなら、……細波さんについて夜行を出るというのなら、これを機にここを出るでしょうし』
「うーん……」
熟考している正守のことは放っておいて、その辺の資料を適当にあさってみる。
正守の部屋には、まだ読んだことのないものがよく置いてあるので漁るには丁度いい。
そして私の手の届くところにあるものは、比較的読んでもいいものだ。
『あら、これどうしたの』
正守の考察時間を削るつもりはなかったのだが、見えたものがあまりに唐突すぎて、聞かざるを得ない。
「ああ、それね。……潜入してもらおうと思って」
『ああ、まあここならそんなに難しくないしね』
誰に行かせるの、と続けると、正守はニコリとほほ笑んだ。珍しく。
『ん?』
「うん」
ああ、そういう。
奥久尼さんのところへ潜入しろ、と言われている。私が潜入するらしい。
『なんでまた』
「……」
『私が考え付くのは、扇一郎に反撃する情報をあさる、とか?』
正守の口角があがったので、正解なのだろう。
察しがよくて助かるよ、と彼は口を開いた。
最近の彼の口癖だ。
『やれるだけはやってみるけど、あんまり期待はしないで』
奥久尼さんのところは、潜入はいたって用意だけど、情報を持ち帰るとなると難しいのだ。
過去に何度か潜ったことがある。
少し不服そうな正守に、あと一つだけ情報を提供することにした。
『あの人の方が有力な情報持ってくると思うけど』
「あの人?」
『細波さん。やっぱり、情報網の違いかしらね』
あくまで私は戦闘班だ。諜報班ではない。
だから、敵地に潜り込むことはできても、扇一郎に関する情報のような大きな何かを探るなど、お門違いだ。まあ、やるしかないのだけれど。
この調子じゃ、今度は諜報班も兼任になるのかしら。
奥久尼さんのところに行くとなると、いろいろと準備もしないといけないので、そろそろお暇することにした。
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