図書館内応 | ナノ
06謝る理由

「あ〜あ〜、間宮の反応見たかったなあ」
帰りのバスの中で郁が漏らす。
「まだ言ってるのか」
郁の隣には手塚が座っており、もう何度目かもわからない郁の独り言を適当にさばいていた。
「ほんとにすみません」
龍はその独り言が漏れるたびに郁に謝罪をするという構図である。
座席表は、左側の窓から藍、龍、廊下をはさんで手塚、郁と並ぶ。なぜか同期で座らされた。他意はないらしい。
「けど、あれはあれで、間宮さんを褒めたものじゃない?」
フォローするのは小牧だ。
郁の話題は、恒例行事となった、「クマが出没したら新隊員はどうする」というイベントのことだった。藍が思うに、野外工程、ないしこの特別演習のメインイベントといっても過言ではない手の入れようだった。
「ほっんと、片山ビビりすぎ」
今年のクマは、片山を先に脅かしにいった。片山は藍の眠るテントからは一番遠いテントだったのだが、片山の目の前にクマが現れた途端、思いっきり声を上げたのだ。その声で藍も目を覚ました。
しかも偽物と気づかずに、テント内を逃げ回る始末。
その騒ぎに心配した藍は、様子を見にテントを出た。龍のことも気になったのだが、郁の姿もテント内になかったからだ。
そして男子テントへと駆けつけた藍が目にしたものは―――。
「だってまさか着ぐるみだとは気づかなかったんです」
『上半身しかかぶってなかったのに、なんで気づかないのか不思議』
「うっわ、俺のおかげだろ、間宮がクマに襲われなかったの」
『女子に助けられる特殊部隊男子って、どうなの』
龍は藍が相手だと分が悪いと感じたのか、逃げるように口走る。
「まあ、次からはクマを殺しにかかりますよ、素手で」
それに小牧と手塚が大笑いし、バスを降りるとき、龍は堂上夫妻の拳骨を交互に喰らうこととなった。

特別演習から帰ってしばらくたったある日のこと。その日は利用者も少なく、のんびりとした館内業務を終え、堂上班が特殊部隊事務室へと帰ろうとしたときだった。
「小野寺藍を出せ」
聞こえてきたのはそのような声で、図書館の受付の方から聞こえる。
「小野寺藍?」
郁は首をかしげていたが、堂上や小牧、手塚は藍の血の気の引いた顔を見て察したようだった。龍には話してある。
「間宮さんは会わない方がいい」
小牧の指示で、受付を通らずに事務室へと移動する。
特殊部隊庁舎へ入るや否や、すぐに郁が口を開いた。
「ねえ、間宮どういうこと?」
その質問が来ることは予想できていた。事態の大きさを察してか、小牧が近くの会議室へ入るよう促す。
『間宮は、私の母方の姓です。小野寺は父方の姓です』
「じゃあ、君のお父さんは、小野寺茂さん?」
名前の最後に「さん」を付けたあたり、藍の父親としての尊重をしてくれたのだろう。それに黙って頷く。
それでも話が理解できない郁にたいしては、堂上が説明を引き継いだ。
メディア良化委員会のトップに位置する人物、それが小野寺茂であるということ。
藍がその小野寺茂の娘であるということ。
『すみません、今まで黙っていて』
「まあ、なんとなくはわかっていたがな」
「過去の話からしても、良化隊関係の話だとは思っていたんだけど、」
「まさか父親が小野寺茂だとは……」
『すみません』
小さくなる藍に声をかけたのは龍だった。
「それってどういうすみません?」
『え、』
「小野寺茂が父親ですみません、ってこと?」
龍は、珍しく憤っているようだった。なぜ憤ったのか藍にはわからず、こちらも珍しく戸惑っていると、龍は続けた。
「別に、好きで小野寺茂の娘になったわけじゃない。間宮が親父さんに良化隊になれ、とか言ったわけじゃない。親父さんのことは、間宮に何の関係もないだろ」
だからそれを謝るなよ。
龍の言葉に何も返せずにいると、その場の空気を回収するように小牧。
「そうだね。間宮さんが謝るべき問題じゃないし、気にすることでもない」
「だが、隊に黙っておくには大きすぎる問題だな。……特殊部隊には言っておく必要がある」
いいな。
堂上の同意を求める声に素直に頷けなかったのは、過去のトラウマがあるから。小野寺茂のことを公表したらどうなるのか。周囲の嫌がらせですむならいい。だけど。信頼したい人たちが遠ざかっていくのは―――いやだ。
「大丈夫だ。父親が誰だろうとお前への接し方が変わるほどガキじゃない」
藍の不安を察したのか、堂上が優しく頭を叩く。
『……少しだけ時間をください。ちゃんと自分の口で言います』
それだけ言って、その場はお開きとなり、日報を書いた後、藍はすぐに部屋へと帰った。

「ちょっとショックだな〜」
事務室で藍の姿がいなかったことで、郁は胸中をさらした。
「私たち、全然信用されてないんだなって」
沈黙の中、答えたのは龍だった。
「あいつ、業務部時代に上司に話したときに、ひどい態度をとられたみたいで、たぶんそれがトラウマなんじゃないかと思います」
藍と龍は何かと話しているところを見かけていた。防衛部時代にも仲が良かったと聞いている。
「でも、私たちは、」
「郁。……あいつだって、話さないとは言ってないだろ」
郁を静かに諭し、早く日報を書くよう促した。藍の日報は堂上の机の上に置いてあった。
「彼女、あまり自分のことを話そうとしないから、自分のことを追い詰めないか心配だね」
小牧はすでに日報を終えているらしく、マグカップにいれたコーヒーを飲みながら珍しくため息をついた。
「どうした、ため息なんて」
「……どことなく放っておけない雰囲気があるからさ」
「小牧教官の気持ち、わかるかも」
共感したのは郁で、まだまだ書き終えそうにない日報をそのままに、口を動かした。
「なんていうか、間宮の気持ちはまっすぐだから、なんだかんだ言ってわかりやすいっていうか、」
「まあ確かに。この前のガラスに突っ込んだ事件なんて、言ってみればお前の行動と大差ないもんな」
「それ、褒めてる? けなしてる?」
手塚も話に加わり、こちらの同期は相変わらずの憎まれ口である。
「とにかく、だ。この事態が悪い方向に働かなければいいけどな」
しばらくの雑談のあと、事務室の電気が消えた。



prev/next
back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -