図書館内応 | ナノ
05奥多摩リペリング

藍が所属する堂上班はじめ、特殊部隊の半分はこの日、武蔵野図書館を離れていた。場所は奥多摩。新入隊士が配属された今年、例年と同じく奥多摩での集中演習が組まれた。
「なかなかいい感じだね、間宮さん」
小牧の藍に対する評価は好評だった。
「訓練すれば、狙撃手もいけるかもしれないな」
という小牧に、しかし藍はそうは思わなかった。2年間、龍の射撃を見てきている。狙撃手は龍の肩書になるだろう。
「へえ、ようやくお前にも特徴が出てきたな」
隣で堂上が……褒めているのだろう。
「それ、褒めてます?」
龍が食いつくが、途端に狙いを外す。
集中力をきらすな、と堂上の諭す声。
『狙撃手は片山君で決まりじゃないですか』
負けじと狙いを澄ましてみるが、うまいこと当たらない。
そもそも、戦闘中に遠くから狙いを澄ますなど、藍には出来そうもないことだった。どちらかというと、気づけば体が動いているタイプである。
そんな藍の考え事を知ってか知らずか、「間宮さんは他にも武器がたくさんあるしね」と付け加えた。

リペリングでは事件は起きた。
まず下りたのは龍で、踏み出す時に力が足りず、逆さ吊りの状態となり、その場を沸かせることとなった。なにしろ笠原と手塚の代では逆さ吊りすることがなく、そのため今年はより一層期待されていたらしい。
下りた龍はふてくされ気味である。
続いて藍が下りた。
しかし、藍が空中に飛び出した瞬間だった。ほとんど風もなく穏やかだったその日、いきなり突風が吹いた、しかもヘリにとっては横風だ。
藍の思い描いていた降下の軌跡とは大幅に異なり、体が激しく揺れた。
「間宮! こらえろっ」
ヘリから誰かの声がする。こらえろと言われても。下りることもできず、その場所でヘリが動かなくなるのを待つ。しかし、藍をつるしたまま、ヘリは大きく高度を上げた。
『っ、』
ロープの長さ的にも、今降りたら死ぬ。
どうすることもできず、ヘリが止まるのを待っていたところに、ヘリの中へとロープが引き上げられる。
「よくやった、間宮」
引き上げられると、すぐに堂上。
『……』
ヘリ内部に引き上げられ、堂上の顔を見た途端に、安心しすぎて言葉が出ない。
「大丈夫か?」
『怖かった、』
泣きそうな声であることは自分がまず理解し、すぐに目頭が熱くなったから下を向いて隠した。
しかしすぐに前を向かせられることになる。前を向かせられる、というよりは、堂上の腕に引き寄せられるといった方が正しいだろうか。
「今日はもう降下はいいから、泣くだけ泣いてろ」
この人こんなに優しい人だったけ。こんな優しいなら、笠原さんが堂上さんに惚れるのもわかる気がする。頭の片隅にポツンと浮かんだ疑問は、解決されないままヘリが移動を始めた。堂上から、今日の降下訓練は中止の旨が下にいる隊員に告げられていた。
「落ち着いたか?」
ヘリポートにヘリコプターが止まり、エンジンも完全に止まった。いつの間にやらパイロットたちもいなくなっており、この姿勢のままだいぶたったようだった。
頷いて見せると、堂上も腕を放した。
『すみません、』
「パイロットたちがお前に謝ってたぞ。どうせ聞こえてなかっただろう」
どうせ聞こえていなかった。
堂上の腕の中で考えていたことと言ったら、なぜこの人たちはこんなに自分に優しいのだろうか、ということだった。
気づいたころから周りに敬遠されていた。その理由を理解したのは、中学生のころだろうか。中学3年間はいじめも受けた。高校ではいじめはなかったものの、友達はいなかった。両親から離れるために、わざと祖母の家から通うような高校を選んだ。
大学では日本を離れた。アメリカの4年生の大学で学び、そこでは友人と呼べる関係もできたが、日本で就職すると決めたときに、「友人」はあきらめた。
あきらめたのに。
『なんで、』
「ん?」
『優しくしてくれるんですか』
藍の問いに、堂上は何事かを悟ったらしく、優しく頭を撫でた。
「別にお前の過去がなんだろうと、気にするような連中は特殊部隊にはいない」
だから気にするな。
また泣きそうになるのをぐっとこらえた。代わりに笑って見せると、
「たまには感情を見せる方がいいぞ、お前も。いつもその愛想笑いじゃ、苦しいだろ」
みんなと合流する前に顔洗ってこい。
そう付け加えた堂上はもういつもの堂上で、「惚れるのもわかる気がする」堂上は姿を消していた。

そんな事件も通り越し、最後にやってきたのは野外工程だった。
「クマが出たという情報を得ている」
玄田のセリフにえっ、と顔を見合わせた。龍とである。
「各自独力で解決するように」と付け加えられもした。
「クマ!?」
『……こんなところまで、クマが出現するようになったのね、』
「いや、そんな落ち着いてる場合じゃなくて、」
慌てる龍を見て、少しおかしくなる。
『大丈夫でしょ、こんだけ大人数で動いとけば、向こうから寄ってくることはないと思う』
「もしかすると前に現れるかもしれないだろう」
『片山君、案外こわがり?』
「うるせ」
けれど。この事態を受けて一番騒ぎ立てそうな郁が落ち着いている。平静を装っているとも思えない。たぶん、毎年でないのだろう。
出発の合図とともに、前について歩き始めた。
「体調は?」
班長から休憩のたびに聞かれる。
『大丈夫です』
「無理だけはするなよ」
そう言い残し、堂上が自分の場所へと戻っていく。
「お前、体力あるよな」
『ん?』
「ん? ってお前、俺たちと同じ荷物持ってんだろう、それでよく平然と、」
『荷物はみんなより軽めだと思うよ』
「あったりめーだばかやろう」
龍のノリがいつもよりいいのは、疲れているからだろうか。それとももうすぐゴールが近いから?
『登山やってたから、こういう歩き方は慣れてるかな』
一方の藍も、いつもより口数が増える程度には疲れていた。
「趣味? 変わった趣味だな」
『最近は結構流行ってるんだよ。日本でも登る人多いはずだけど』
そこでちょうど休憩が終わり、残すところわずかとなった行程を歩いた。

夜、男性隊員と女性隊員とでテントは分かれるらしい。藍は郁と2人でテントを立てる。
「間宮、慣れてるのね」
不意に郁がこぼす。
『何にですか?』
質問の意図が読み取れず聞き返すと、「野外工程に?」とかえってきた。
『趣味で登山してて、』
重い荷物を持って歩くのも、テントでの生活も、野外炊飯もお手の物、とまではいかないが、慣れている。
「趣味で登山って、そんなもの好きがいるの!?」
そこへ堂上がやってくる。体調を聞きに来たのだろう。
「どうかしたか、笠原」
騒ぎ立てる郁に堂上が声をかける。勤務時間は「笠原」だが、休憩時間やたまに咄嗟な時にも「郁」と名前が出る。それによって堂上の緊張度具合がわかるため、藍には便利なものとなっていた。
「聞いてくださいよ、間宮の趣味、登山なんですって」
「道理で顔色一つ変えずついてきたわけだな」
堂上の方はかえって納得した顔色であった。
『変えましたよ、途中で休憩しましょうって顔で歩きましたもん』
控えめに主張してみると、嘘だ、と郁。藍の後ろを歩いていた。
「だって私の方が置いてかれそうだったもの」
『そういえば、クマ出ませんでしたね。片山君が怖がってたんですけど』
龍の臆病風を笑ってほしかったのだが、堂上夫妻は真剣に答えた。
「いいか、間宮。クマなんて過去に1度も現れたことなんてない」
「けどもしクマが出たら、特殊部隊である以上、素手で戦うしかないのよ」
『素手で!? 無理ですよ』
笑って答えたら、通りかかった小牧が思わず笑っていた。




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