図書館内応 | ナノ
07上司の背中
07 上司の背中

とにかく、だ。この事態が悪い方向に働かなければいいけどな。
堂上の心配は、悪い方に動いた。
「小野寺藍がこの基地にいるはずだ」
図書館の受付に、拡声器を持った団体が詰め寄った。
「ここは図書館ですので、拡声器は、」
「小野寺藍を出せ」
「お客様、」
―――バンッ
銃声音が図書館館内を走った。それは隅々まで反響し、堂上の耳にも届いた。
すぐに無線で連絡が飛び合い、銃声がした方、図書館受付に館内を見回っていた特殊部隊が集結した。
業務部が利用客を誘導するのを遮るように、犯人集団はまた銃を放った。
「全員止まれ」
そこで、一緒にいた団体の全員が、隠し持っていた銃を四方八方に向けた。
「もう一度いう。小野寺藍を出せ」
一瞬沈黙があった。
『小野寺の名前は捨てたんだけど』
静かに、しかし芯のある声がその場にいた者に届いていた。
「ようやく出てきたか。捕まえろ」
抵抗すれば誰かを殺すぞ。それは言葉にこそされなかったが、その場にいた誰もが感じ取れた。それはもちろん藍も同じで、何一つ抵抗することなく両手を後ろに拘束された。
「歩け」
藍が堂上のすぐ横を通った。その申し訳なさそうな、悲しそうな、不安そうな顔を見たとき、助けなければ、とハッとした。
「間宮!」
呼び止めたがしかし、誰も後ろを振り返ることも、立ち止まることもしない。最後の一人が図書館を出たとき、堂上は彼らを追いかけていた。時を同じくして、図書館内の騒ぎを聞きつけたのだろう、館内警備についていないはずの特殊部隊員も、外から応援に駆けつけていた。
「おい、そいつをどこへ連れていく」
玄田が上機嫌とは言えない声で、藍を連れ去ろうとする集団に立ちはだかった。
「これは、もともと良化隊側の人間だ。正しい場所に連れていく」
「そりゃあ、どういうこった。間宮藍は図書隊の人間だ。そうだな、間宮」
玄田がまっすぐに藍を見る。藍は……答えなかった。
「小野寺藍だ。これの父親はメディア良化委員長、小野寺茂。そんなやつが図書隊にいるのは、そちらにも都合が悪いのでは?」
うつむいてしまった藍とは裏腹に、玄田はしかし、藍をまっすぐに見据えた。
「だそうだが、そうなのか、間宮」
『……』
「聞こえない、いつもの威勢はどこに行った」
怒鳴るような玄田の声に、藍も声を振り絞るように怒鳴った。
『違う』
玄田がニヤリと笑ったのが、離れた堂上にもはっきりわかった。
「もとよりこいつの素性なんぞ知れてるこった。それを今さら掘り返してもこちとら屁でもないわっ」
総員、戦闘配備っ!!!
玄田の野太い声とともに、犯人グループの周りを特殊部隊陣営が取り囲んだ。
「その大事な間宮藍が死んでもいいのか」
藍を人質にしようとした男はしかし、すぐに形成逆転となる。
拘束されていない足で男の腹部をおもいきり蹴り、男はうめき声とともに倒れる。それが合図だったかのように、特殊部隊が次々に犯人たちを確保した。
「間宮っ」
数の利もあり、すぐに場は収まった。堂上の出る幕などなく、犯人たちが伸びている中を走って、頼りない背中を向けている部下のもとへと走った。

『堂上一正、』
「この阿呆!」
堂上にグーで思い切りゲンコツをされ、藍はその力を受け流すようにヘナヘナとその場にしゃがみこんだ。
『いた、』
「それくらいにしといてやれ、堂上」
玄田が近づいてきて、藍に目線を合わすように目の前にしゃがみこんだ。
「もう一度聞く。間宮藍、お前は良化隊側の人間なのか?」
その目はまっすぐに藍を見ていた。先ほどは、父のことを知ったら裏切られてしまうという疑念から、まっすぐに見返すことができなかった。けれど今は違う。
『私は、私の意志で図書隊を選びました。父とは何の関係も、ありません』
父、小野寺茂のことを私は自ら明かさなかった。それでも玄田は藍を図書隊員として見てくれているのだ。そして藍の過去を知っていた、と豪語した。
「よーし、それでこそ特殊部隊の女だ」
堂上よりも大きい手が、藍の頭にのる。頭を鷲掴みされるのではないか、という勢いでポンポンとされた。どうやら特殊部隊ではこれが暗黙のルールのようである。
「玄田隊長、間宮のことはいつから?」
「ん? 何のことだ?」
「いや、小野寺の名前のことは、」
「んなこたあ知らん」
『え、』
思わず漏れた声に、玄田が再び藍の方を向いた。
「だが、お前の図書隊に対する思いだけはわかってたからな。それだけで充分だ」
訓練に戻るぞ。
玄田の指示で特殊部隊が引き上げていく。藍の近くを通る隊員などは、藍の肩をぽん、と叩いて帰るほどである。
「後悔するか?」
父親のことが発覚してしまったことを後悔するか? 堂上の問いに首を振った。“大丈夫だ。父親が誰だろうとお前への接し方が変わるほどガキじゃない”いつかの言葉が脳裏をよぎる。
『私も皆さんのようになりたいです』
聞こえなければそれでもいい。そんな声で放った言葉だったが、堂上には聞こえたらしい。
「励め」
その一言だけで藍には十分だった。
励まなければ追いつけない。励めば追いつけるかもしれない。
先に歩く堂上の姿も、追いつきたいと思った。



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