君の傍に

06


「君は試験の進行係で、試験官ではなかったはずだが?」
「彼は試験を妨害しましたので」
「君に合否を決定する権限はない。それに、あれは妨害ではないだろう」
「はい、その通りです!ユーリさんは、試験を妨害した訳ではありません。僕を助けようとしてくれたんです!」

ルシオが大きく頷いて強く言うが、それでも進行係の騎士は納得いかないと渋っている。だが、なんと言い訳をしようと進行係であるこの騎士に失格を告げる事は許されていないのだ。どうあっても彼を失格にしたいのか、真意はモリスにも計り知れない。あまり事を大きくしたくはないが、これでは先刻アイナから受けた報告を伝える他ないと、モリスは小さくため息を漏らした。

「フェドロック試験官の報告によれば、先程の魔物は既定の魔物とよく似た姿のものだったそうだ。既定の魔物より強い上、牙には強い毒性もある。似ているとはいえ、そんな危険な魔物と受験者を対峙させてしまったのは、こちらの不手際だろう」

それとも、と彼は眼差しを鋭くして続ける。

「こちらに不手際があったというのに失格というのも、試験官でない者が失格とするのも。不等ではないのかね」
「……教官が、そう仰るのでしたら」

それでも渋々、という様子だった。けれど、これで問題はない。

「君、そういう事だ。最後の面接を受けていきなさい」

呆気に取られているユーリに僅かな笑みを零して、モリスはその場を後にした。



「よかった。目が覚めたんですね」

目を開いた瞬間に聞こえた耳慣れない声に、アイナの頭は自然と動いた。

視界に金色を捕らえて、それがフレンだと知る。それからぼんやりしたまま辺りを見回した。どうやら、気を失っている間に帝都にある騎士団の宿舎に運ばれたらしい。

「今、ルシオがユーリを迎えに行っています。丁度、彼の面接の番なので」

額に乗っている温い布を水桶に浸して絞ると、フレンは彼女の前髪を避けてそこに戻した。ひんやりして気持ちいいと感じて、アイナは自分の体が熱を持っている事を知る。

「解毒は済みましたが、一日ほど熱は下がらないそうです」

失礼します、と言われたかと思ったら頬に冷たいものが触れた。
自分よりも大きくて角張っているけれど、どこか優しいフレンの手だった。

「(そういえば……)」

十にも満たない頃、温度差に弱くて、すぐ風邪をひいては熱を出す子どもで。そんな妹を持った兄は、毎度こんな風に頬に触れてくれた。

「……少し上がった、かな」

こんな風に呟いて、目が合うと困っているみたいな笑みを浮かべて。

「大丈夫ですよ。安静にしていれば、熱もすぐに引くそうですから」

そう。こうやって安心させる言葉を並べるんだ。
この人は――フレンは、どこまで似ているというのだろう。意識して似せているのではなくて彼自身の根やまとう空気が、兄にとても近い。それは理解出来る。だってアイナは兄の話をナイレン以外にした事はないし、父が他の人に話す訳がない。それに、フレンとアイナの兄が知り合うのは、文字通り住む世界が違うのだから不可能なのだ。

なくしてから気付いた。自分が常に、誰よりも兄という存在によって身も心の平穏も守られていたと。いつも自分らしくあれたのは、知らずとはいえ兄に守られている安心感からだったと。だからあの日、本当は臆病なのに、酷く人見知りだった幼い親友に手を差し伸べる事が出来たのだと。

「(お兄ちゃん……)」

フレンの手が頬から離れていく。
アイナは咄嗟に両手でそれを阻止した。驚き戸惑っているのを無視して、彼の手を引き寄せ自分の目元を覆う。

もうダメだ、泣く。そう思って下唇を噛んだら、我慢しきれなくなった涙が一気に溢れてきた。声をなくしたアイナは、どんなに泣き叫びたくても音はない。時折結んだ唇から零れる嗚咽が、静寂に包まれた部屋の中で嫌に響いた。一度流れた雫は次に次にと溢れ出る。それを無理矢理に押し殺して止めると、フレンの手を解放した。

やってしまった、と自己嫌悪しながら恐る恐るフレンを見る。突然自分の手を握られた上に泣かれて、さぞ迷惑だったろう。それなのに彼は何も言わず、ただ微笑んでくれた。

本当は、ただかける言葉が見付からなかっただけなのかも知れない。けれどアイナは慰めの言葉なんて何も欲しくなかったから、寧ろありがたかった。代わりに、フレンがためらいながらアイナの髪をふわりと撫でる。それが酷く心地よくて目を瞑った。

カチャリと控えめに音を鳴らして部屋の扉が開く。同時に、フレンの手も視線も離れた。足音は聞こえたけれど会話は聞こえてこない。何も言わないままフレンが見えなくなって、かと思えばユーリとルシオが顔を出した。

「コーレアさん、気がついたんですね!」
「でかい声出すな。まだ熱あんだったら、頭に響くだろ」
「あ……すみません」

咎められて眉尻を下げてしゅんとなったルシオの隣で、咎めたユーリもまた眉を下げている。瞳には憂いが孕んであった。

「具合、大丈夫か?」

小さく首を縦に動かして答えると、ユーリの手が銀色の髪に触れる。くしゃりと撫で、彼は心配そうに目を細めた。

「あんま無茶すんなよ。オレ達もう帰っからさ、ゆっくり休め」

髪に絡んでいる角張った手を取って目の前まで持ってくると、アイナはそこへ「ありがとう」と書き残す。額に乗った布をルシオがもう一度、水桶に浸して絞ると元に戻してくれた。

再びユーリの手が髪を滑る。

「(ユーリの撫でる手も、誰かに似てる気がするんだよなぁ……)」

思い出す前に離れていってしまった。どうしてだろう、それが心細いと感じるのは。

「じゃぁ、またな。コーレア」
「体、お大事に」
「それでは、失礼します」

ユーリ、ルシオ、フレンの順にそれぞれ声がかかって、背を向けられる。扉が静かに閉まる音が聞こえて、一気に寂しくなった。紛らわすように目を閉じる。それから間もなく襲いかかってきた眠気に、彼女は素直に身を任せた。



余分に持ってきた代えの団服に袖を通す。首元に、規定のシャツの上から規定の赤いリボンを蝶々結びにした。それから肩と足、腕にそれぞれ甲冑をつける。その上から足元までスッポリ覆うコートを着ると、アイナは最後に花飾りを手にした。両耳の脇に流れる髪を梳くって後頭部に持っていくと、花飾りでそれを留める。

眠っている間に机へ無造作に上げられたらしい書類入れと、先程まとめた荷物を持った。ぐるりと部屋を見回して、忘れ物がないか最終確認を終えると、ノブを手に取って捻る。なるべく音が鳴らないように閉めた瞬間、足がふらついた。

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