君の傍に

07


まだ熱は下がりきっていない。しかし、父とは任務が終わり次第すぐシゾンタニアへ戻ると約束して来た。
当初は三次試験を終えたらすぐ帝都を発つ予定だったが、もう陽が赤く色付いて沈みかけている。通常、この時間に出発するという事はない。それは夜になると凶暴化する魔物も多く居るためなのだが、今そんな事を言ってはいられなかった。

荷物をその背に預けてから自分用の軍馬の顔を撫で、額をくっつける。これからこの馬は、こちらの勝手な都合で休む時間も少なく走ってもらわなければならない。

「(ごめんね。辛いと思うけど、お願い)」

心の中でそう言葉をかけて、アイナは背に乗り手綱を握った。手にした綱から合図を送れば素直に従って馬が走り出す。
小さくなっていく帝都を振り返らないまま、彼女はシゾンタニアへ向かった。



昼食を終えたナイレンが愛用のキセルをくわえて一服していると、隊長室がノックもなしに開かれた。

顔だけを動かして扉を見ると、開けっ放しになったそこにアイナが立っており、ナイレンは自然と優しげに目を細める。自分の方へ歩み寄ってきた彼女は、ずいっと書類入れを差し出した。無言でそれを受け取ったナイレンが中の書類に目を通しながら娘の頭を優しく撫でる。その手に「おかえり」も「お疲れ」も込めてそうしていると、彼女は心地よさそうに目を閉じた。

「新人がふたり、うちの隊に来るんだとよ」

書類から目を外し娘を見下ろしてそう言うと、アイナは首を横へ倒す。撫でる手をそのままにナイレンは続けた。

「フレン・シーフォとユーリ・ローウェルって新人。試験で見ただろ?」

すると、アイナは撫でているのとは反対の大きな手を取る。その掌に帝都であった事を、彼らの印象も含めて順に書いていった。どんなに長くなってしまっても、ナイレンはいつも気を害せず最後まで聴いてくれる。

やっと書き終えるとナイレンを見上げてアイナが、どこか硬い笑顔を浮べる。が、ナイレンには心底嬉しそうに見えた。彼女の髪をくしゃくしゃと撫でてナイレンが苦い笑いを見せた途端、アイナの眉根が下がる。

「熱があったんなら、下がってから来たってよかったんだぞ?」

すると大きく首を横に振って、アイナの細い腕が両方ともナイレンの背に回された。精一杯の力が篭った腕が、ぎゅうぎゅうと彼を抱き締める。
何が言いたいのか掌に書かれなくても、表情を見なくてもわかった気がした。

「……心細かったか」

僅かだが首が縦に動いたのが見えて、ナイレンは両腕でしっかりとアイナを包み込んで目を閉じる。
今はただ、好きなだけ甘えさせてやろうと思った。



一頻りナイレンに甘えたアイナは、軽い足取りで親友の元へ急いだ。

彼の寝床にはすでに顔を出したものの、その姿はなかった。だとすると、中庭で日向ぼっこでもしているのだろうか。そう考えて騎士団の宿舎にある中庭へ出ると、木陰から小さな影が飛び出した。おぼつかない足取りで、ぴょこぴょこと駆けて来る。その後ろからゆったりとした歩調で親友が寄って来た。先に足元へ辿り着くと、小さな体で喜びをいっぱいに表現してくれる。その小さな体を抱き上げて、自分も親友に歩み寄った。

アイナの足に擦りつく親友は、父ナイレンの相棒を勤めている軍用犬ランバートだ。腕に抱くその息子ラピードに頬を舐められながら、アイナはランバートの顎の辺りをかいた。するとランバートは心地よさそうに目を閉じる。それから木陰に移動して座ると、ランバートが寄り添うように体を落ち着けた。

アイナの膝の上でラピードが小さな体を丸めて、安心しきって眠る体勢を完成させる。むにゃむにゃと口を動かしたと思えば、一定のリズムで寝息を漏らし始めた。その眠りに入るまでの速さとラピードの寝顔にアイナの口が柔らかな弧を描く。

なんだか視線を感じて視線を横にずらすと、ランバートが瞳に嫉妬を孕ませてアイナを睨み上げていた。音もなく笑った彼女は、ランバートの無言の要求に応えるべく手を伸ばす。

「(自分の子にヤキモチって……可愛いなぁ、もう)」

ふわりと心地いい風が通り抜ける。アイナは頬が緩みっぱなしなのも気にせず、ランバートをゆっくり撫で続けた。



揺り籠に居るかのような体の感覚に、アイナの意識が上昇していく。暖かいと感じて頭を上げると、父の顔があった。どうやら自分は横抱きにされているらしい。
まだ少しぼんやり視線に気付いたナイレンがアイナを見て微笑んだ。

「ランバートが、オレのとこに来たぞ。寝たから連れてってやれってよ」

いつの間に眠ってしまったのか記憶を辿るけれど、彼女には思い当たらなかった。後でランバートにお礼を伝えなければ、と考えているとしっかり足を地に着けさせられた。

「丁度、晩飯の時間だ。しっかり食って、さっさと風呂に入って、さっさと寝ろ。疲れてんだから、ゆっくり休め」

そう言ったナイレンから、今日何度目かわからないが頭を撫でられる。

「(…あ)」

やっとわかった、ユーリの手が誰に似ているのか。ユーリが頭を撫でる手付きは、父とそっくりなんだ。どうしてすぐわからなかったのだろう、父親としてこんなにも大切にしてくれるナイレンが大好きなのに。

「どうした?」

首を横に振って笑ってみせと、ナイレンは深く追求する事なく「そうか」とだけ言う。廊下を並んで歩いて、自分が留守にしていた間のランバートとラピードの話を聞きながら宿舎内にある食堂へ向かった。その話に耳を傾けながら、アイナが僅かに微笑む。

撫で方が似ていると教えるのはユーリとフレンがシゾンタニアへ来てからにしようと思った。



to be continued...

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