君の傍に

05


一次試験の体力テストに合格した全ての受験者達を、アイナは二次試験で相手にした。ある程度、手を抜きながらひとりずつ剣の実力を測る。

もちろん、ユーリもフレンもルシオも他の受験者と同様に、審査は公平に行った。今持っている実力だけでなく素質も考慮して選ばれた受験者が合格となって、ついに三次試験と面接を残すのみとなった。ここまでの合格者にユーリもフレンもルシオも含まれていて、アイナは内心胸を撫で下ろす。

「(あと、ひと息……頑張れ)」

遠巻きに三人を見詰めながら心中でエールを送る。

三次試験は、騎士団の訓練場でふたりひと組で行う魔物との実戦だった。剣は用意してあるし比較的に弱い部類に入る魔物だが、万が一という事もあり得る。アイナの担当は試験官を含め危険と判断し次第、即座に受験者を救助する事だった。救助担当は他にも居るが、基本的に試験官であるアイナに危険か否の判断は委ねられている。もし指示を出すのも暇もないような状況があればアイナが自ら飛び出し、他の担当者はそれに続く手はずになっていた。

「では、次の組。九十五番と九十七番!」

九十七番であるルシオが呼ばれ、ユーリとフレンが声をかけている。アイナの居る位置からは何を話しているのか聞き取れなかったが、おそらくルシオを励ましているのだろう。ルシオが位置に着くと魔物が放された。けれど、彼もパートナーの受験者も腰が引け、動揺している。

無理もない、というか彼らの反応は正常なものなんだろう。本来、この世界で生きる人は結界に守られていて、その中で生活していれば魔物に遭遇する事はないのだ。

「おい!ふたりとも、しっかり剣を握れ!」

ユーリが叫んだ。しかし、彼らが反応する事はない。そうしている間に魔物はルシオに狙いを定めていた。

「(なんだろう、あの魔物に感じる違和感……)」

答えに辿り着くのに数秒かかったけれど、ユーリが飛び出すのを見てハッとする。

「(あの魔物は……!)」

ユーリがルシオ達を背に庇いルシオから剣を受け取ると、魔物に向かって剣を振り上げる。

そこへギリギリ入り込んだアイナは左腕を魔物に噛ませ、その心臓を貫いた。悲鳴を上げる間もなくドサリと地に伏せて絶命する。

「すごい……一発で魔物を」

ルシオが呟いた。
噛み付いたまま死んでいる辺りは、生きる本能とでもいうものだろう。無理矢理に腕を引き抜くと、血が溢れ出てきた。

アイナは振り返って安否を確認する。どうやら怪我はないようで安堵すると、体が限界を迎えた。剣から手を放して傷口を押さえる。バランスを崩して倒れそうになったのをユーリが支えた。そのまま自分の制服のスカートに手を伸ばすと、裾を思いっきり裂く。

「お、おい!」

慌てたユーリの声が頭の上から聞こえても、アイナは気にも留めず自分の左にある二の腕をきつく縛った。そこへ慌しく駆け寄ってくる騎士が、ユーリに向かって怒鳴る。

「何をやってるんだ!」
「見りゃわかんだろ」
「どうして他の受験者の試験に割り込む!?」
「いくら試験だからって、魔物に殺されちまったら元も子もねぇだろうが!」
「それは、こちらでも配慮している!万が一の場合にはフェドロック試験官の指示に従い、魔物を捕らえる網を投げて係員が抑えるか、場合によっては始末する事になっているんだ!」

そうとは知らなかったからか、ユーリもルシオも目を丸くして気の抜けた声を出した。大袈裟にため息を漏らした騎士が苛々した様子で怒鳴るように言う。

「もういい、九十九番は下がれ。やり直しだ!医療班、早くフェドロック試験官に治癒術を!」

素早くやってきた担架に乗せられ、その一方を持つ騎士にアイナはジェスチャーで「書くものが欲しい」と伝えた。治療が先だと言われて肩を落とす。運ばれた先で左腕に治癒術を施してくれている騎士の手に、急いで文字を残そうとした。が、そこへ今まさに用のある人物がやってくる。

父ナイレン・フェドロックと同期に入団した教官、モリスだ。彼はナイレンの友人であると同時に、アイナの事情の詳細を知る数少ない中のひとりである。

何も言わず差し出された掌に、アイナは次々に文字を残していった。早くしないと試験官でもない単なる進行係の騎士が、ずっとユーリばかり目の仇にしているあの騎士が彼を不等に失格にしてしまう。そう思うのに、目の前が霞んで上手く書けない。

「よし、次の組!」

ルシオ達の番が無事終わったらしい。次は九十八番と九十九番――フレンとユーリの番だ。もう順が来てしまった。

「あぁ、九十九番はもういい。君は失格だ」
「あ……マジかよ…合格してやるってハンクスじいさんに宣言して来たのに……なんて言やぁいいんだよ!チクショォッ!!」

その言葉に当人であるユーリだけでなく、ルシオも絶句する。悔しそうに声を荒げ拳を握る姿を見て、アイナは居ても立っても居られなくなった。
試験官は他でもない自分だ。あの騎士にその権限はないし、自分だって知り合いだからと審査も甘くしてなんかいない。この失格は不当以外の何物でもないではないか。

「(あいつ、一発でもいいからグーで思いっきり殴らないと気が済まない!)」

ぐ、と拳を力いっぱい握って立ち上がろうとすると、静かに制された。

「君、待ちたまえ」

モリスの声が帰ろうと踵を返したユーリを止める。

「帰る事はない」

そう言葉にしてユーリ達の方へ向かっていくモリスの後ろ姿を見送りながら、彼女は胸を撫で下ろした。これで大丈夫だ。ユーリの失格は彼が取り消してくれる。安堵したら目の前が一気に霞んだ。頭が酷く痛い。まだ仕事が少し残っているんだから、しっかりしないと。わかっている。わかっているのに、どうやらもう限界らしい。

グラリと体が揺れて、アイナはそれきり何もわからなくなった。



声を荒げるでもなく淡々と、けれど咎めるように。

「九十九番を失格にする、というのは誰が決めたのかね」

モリスは失格を告げた騎士を睨み見た。しかしその視線に気付いていないのか、当の本人はハッキリと自分の判断だと宣言する。するとモリスは、シワの寄り始めた目元を更に細めた。

- 5 -

[*prev] [next#]



Story top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -