ばーか。なんだってしてやるさ
最終話後、帝都へ向かう旅の途中
危ない、とラピードは思った。大好きな人が危ないと。そう思ったら、体は勝手に動いていて。
赤が宙を舞うのが見えた。左目が酷く熱くて痛い。意識が遠退いていく。大好きな、大好きな人が霞んでよく見えない。
「ラピード!!」
大好きな声の叫ぶような声が耳に届いたけれど、ラピードはそれきり何もわからなくなった。
目が覚めた時、空が真っ暗になっていた。
ラピードは左側の目に違和感があった。なんだろう、左側だけが暗い。
「よかった……ラピードが起きてくれて」
大好きな声が聞こえた方を見ようと体を動かす。そこは大好きなアイナの膝の上で、大好きなアイナが目を腫らして微笑んでいた。
どうしてそんな、悲しい顔をしているんだろう。ラピードには、わからなかった。
「ごめんね、ラピード……上手く治癒術が使えなくて左目の怪我、治せなかったの」
そう言ったアイナのすぐ後ろから彼女を包み込むように座っているユーリも、どこか悲しげだった。
なんで、どうしてそんな顔をするの?アイナにもユーリにもそんな顔をして欲しくないから、自分だって戦って守りたかったから、アイナと魔物の間に割って入ったのに。
なのにどうして?どうしてふたり共、そんなに悲しい顔をしているの?ラピードには、わからなかった。
「ごめんね、ラピード。動揺して上手く治せなかったの」
魔導器(ブラスティア)とか魔術とか治癒術とか、ラピードにはそんな難しい事わからない。けれどアイナがアイナ以外の人逹と何か違うのは、なんとなく感じていた。だからアイナがラピードにとって特別な訳じゃない。アイナがアイナだから大好きで、自分もお父さんやユーリのように一緒に戦って守りたいんだ。
「今、ちゃんと治すからね。ラピード、ほんとにごめん」
大好きな手が伸びてくる。
治す?そんなの嫌だ。これは自分が弱いせい。お父さんやユーリみたいに強くない、守られてばかりの弱虫なせいなんだ。自分が弱虫なやつだって覚えておくために痕を残したいんだ。だから治さないで!
ラピードはそんな想いでアイナの治癒術を拒み、彼女の膝の上から飛び退いて距離を取った。するとアイナが涙を瞳に溜めて動揺する。
どうして、ラピード。と震えた言葉がラピードの心を締め付けた。この想いをアイナに理解して貰えていないのが、伝わらないのがもどかしくて辛い。どう伝えたらいいのかもわからないラピードには悲しげに声を上げるしか出来なくて。それが余計アイナの中に「拒絶された」と誤解を生んだなんて、ラピードはわからなかった。ただ自分のせいで大好きなアイナを泣かせてしまったと思った。
「んな泣くなよ、アイナ」
「だってラピードが……」
「別にお前を拒んだ訳じゃないだろ?な、ラピード」
「ワン!」
ユーリには通じていたのか、とラピードは嬉しくなった。これなら代弁してくれると思うと心底嬉しくて、嬉しくて尾を振りながらアイナの膝に飛び乗る。
嫌いになった訳でもないんだと伝えたくて、すりすりと頭を押し付けて甘えた。そうしていると、いつもよりずっと弱く柔らかく撫でられて、ラピードはまた嬉しくなる。
「ラピードだって男だからな。大好きなアイナに守られてばっかりなのが嫌だったんだろ」
「……、そうなの?」
「ワフ……」
「それにラピードはランバートの息子だ。ランバートみたいに、アイナと並んで戦いたかった」
「ワン」
「治癒術拒んだのは、弱い自分を覚えておくためってか?」
「ワン!」
「ほらな、ラピードがそうだって言ってるじゃねぇか。だから、そんなに気にすんなって」
「ユーリ、ラピード……」
ありがとう。そう呟いてまた涙を流し始めたアイナに、ラピードは彼女の胸に前足を付いて頬を舐めた。
泣かないで、今度こそちゃんと守るから泣かないで。そんな気持ちをいっぱいに込めて何度も涙を舐めた。
すると突然、アイナごと抱き締められて驚いたラピードが、アイナの肩越しにユーリを見上げる。
「ばーか。なんだってしてやるさ」
とても、とても優しい顔でユーリが言ってアイナに口付ける。
そうだよユーリの言う通りだよ、アイナのためならなんだってするよ。そんな想いを込めて、ラピードはまたアイナの涙を舐めた。
END
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