君の傍に

嗚呼、愛しき娘よ 〜ナイレン・フェドロック娘離れ奮闘記7


それは、全身に流れる血を吐き出すよりもずっと、ずっと苦しくて、切なくて、そして強い願いでした。

「ユーリィィィィッ!!」

床が落ちていくのに、愛娘まで巻き込む訳には絶対にいきません。血が繋がっていなくたって大事な、大事な娘なのです。だからナイレンは、思いっきり踏ん張って、背中に背負っているアイナを担ぎ上げて投げました。最後の力で、強い、強い、強い願いを込めて。

愛娘がユーリの元へ飛んでいきます。彼の所に届くと、ドサリと音が聞こえて見えなくなってしまいました。ナイレンの腰も落ちて、その場に座り込みます。すぐに愛娘がこちらを覗き込んできました。ユーリも覗き込んできました。彼は必死に手を伸ばして助けようとしてくれます。フレンとエルヴィンも加わって、懸命に助けようと奮闘してくれていました。

「無理だ、行け」
「うっせぇ!手ぇ出せっつって……!」

その時、嫌な予感がしました。アイナの体がふわりとこちらに傾いたのです。嗚呼、あの子は自分を助けようと必死になっているとわかりました。あの子の中では、もうナイレンしか頼りが居ないのです。決してそんな事はないのに。

すぐにアイナを止めろと叫びました。すぐにユーリとフレンが止めてくれました。けれど愛娘は嫌だ嫌だと暴れて駄々っ子になってしまいました。まったく仕方のない子だ、とナイレンは穏やかに笑います。こんな時なのに、ナイレンはふわりと笑う事が出来ました。

「話くらい聞け、馬鹿娘。もう……動けねぇんだよ」

ほら、と左腕を上げて、途中エアルの筋に貫かれてしまった方を見せます。左胸の辺りまで腐食してしまっているそこ。動かすのは正直言って限界でした。けれどアイナは、まだ暴れています。治すから手を伸ばしてと叫んで涙を流す娘は、本当に愛しくて。ナイレンはやっぱり穏やかな笑みを湛えて言いました。

「アイナ。いいか?お前は誰がなんと言おうと、ずっとオレの娘だ。もっと胸張って生きろ」
「止めてよ!そんな、遺言みたいに!」
「フレン、みんなを頼む。お前はいい騎士になれ。親父さんを超えろ」
「止めて、止めてったら!」

涙を流して懇願するアイナの言葉は聞き流しました。それからナイレンは穏やかな表情で動かない左腕の方へ右腕を寄せます。動かない指で懸命に魔導器(ブラスティア)を外し、右手に持ち替えてユーリを呼びました。

託す思いで投げた魔導器をきちんと掴んでくれたユーリを見上げて、今度は真摯に向き合います。

「ユーリ」
「はい」

ユーリが、息を飲んだのが気配でなんとなくわかりました。

「オレにとって、かけ替えのない娘だ。泣かせるんじゃねぇぞ」
「……はい」
「大切にしてやってくれ」
「……、はい」
「アイナを……よろしく頼む」

頭を深々と下げて心の底から出た言葉が、ほんの少しだけ震えてしまいます。

「お父さん!?嫌だ、ひとりにしないで!お父さん!!」

そう必死に叫ぶ娘に応えてあげたくても、もう出来ないと。突き放すしかないと。

「……行け」
「……あばよ」

メルゾムの呟いた声が、ちゃんと聞こえました。

天井の落下速度が激しくなっていきます。足音が遠ざかっていきます。意識が、遠退いていきます。

嗚呼、自分は思っていたよりも限界だったのかと、ナイレンは苦く笑いました。

「嫌、嫌……!」

愛娘アイナの声が聞こえます。嗚呼、泣くなアイナ。お前を泣かせたのは誰だ?お父さんがやっつけてやるぞ。だからアイナ、笑ってお父さんと呼んでおくれ。

「お父さん!!お父さぁぁぁぁぁん!!嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

嗚呼、愛しい愛しい愛娘よ。義理の娘よ。自分はちゃんと父親であれただろうか?たくさんの愛情を注げただろうか?ちゃんと守れただろうか?

「アイナ……どうか幸せに」

お前の父親になれて、本当に幸せだった――と、もう伝えられないけれど。



END

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