君の傍に

嗚呼、愛しき娘よ 〜ナイレン・フェドロック娘離れ奮闘記6


ワインを注いだグラスをふたつ、トレイに乗せて運びながらガリスタがこちらへ来ます。

「先程の話ですが……考え直していただけませんか?明日には式典も終わります。援軍を待った方が」

薄暗い書庫のテーブルにそれを置いたガリスタに軽くお礼をして、ナイレンはワイングラスを持ちました。口を付けながら彼に言い返します。

「隊を整えてここへ来るのに、何日かかると思ってる」
「ですが」
「それにな、援軍が来る前に片付けちまいたいんだよ」
「……なぜです?」
「アレクセイ閣下は魔導器(ブラスティア)に関心が高いと聞いている。もし遺跡に強力な魔導器があるのなら、壊さずに持って来いと言いかねん。エアルを異常な状態にし、生き物を凶暴にしちまってる。留守の間に街の人間、隊員、家畜に被害が出ちまった。オレはこれ以上、犠牲者を出したくねぇんだ」
「……わかりました。ルートを検討します」
「それと、魔導器を持って行くか迷ってる。エアルの影響を受けて暴発でもしたら……」
「しかし、魔術を使えないと隊の士気にも影響が出ましょう。我々はまだ魔導器のエネルギーとなる魔核(コア)を、完全にはコントロール出来ていません。前回も発動のタイミングがずれただけでしょう。万が一にも危険がったとしても、アイナさえ居れば回避出来るはずです」

まるで見定めるように、ナイレンはガリスタを見詰めます。彼はいつもと変わらない様子で見返してきました。

ナイレンには、わかっているのです。先刻、メルゾムの部下から届いたメモに彼が今回の黒幕である可能性が非常に高いと書かれていたし……何より、六年前に見た装置にあった魔核と、彼が独自に加工した特殊な魔導器のそれとが、酷似しているのをずっと知っていました。

六年前、帝都ザーフィアスで起きた事件と今回シゾンタニアで起きている事件とも、酷似しているのです。あの時、貴族街のある屋敷にある地下遺跡の最深部に不気味な魔導器がありました。その不気味な魔核に少女が繋がれていました。その遺跡の最深部は丁度、特に被害の激しかった下町の真下に当たっていて、何人か亡くなった方も居ました。フレンの隊長格だった父親もそうでした。ナイレンの妻子も、その中のひとりでした。

そして今回の件に関する共通点と言えば、エアルの異常発生と魔物達の凶暴化と大量発生、そしてエアルクリーチャーでした。当時ガリスタも帝都に居ましたし、今回の事件も前回の事件も十分起こし得ます。

わかっているのです。けれどナイレンには確たる証拠もなく、あるのは推察だけ。彼に自身の罪を突き付けるには至れないのです。

今まで娘の勉強を任せたのも、あえてであり、賭けでした。彼が犯人である可能性が限りなく高いと知りながら、堂々と任せたのです。しかしガリスタは軍師だけあってかなり賢く、下手に手を出しませんでした。彼は重々承知していたのです。ナイレンが犯人を察している事も、仮にまた実験したとしても彼女の事情を浅く知る者の溢れたシゾンタニアの騎士団で、ふたりきりになった後に彼女に何かあったら……真っ先に疑われるのは自分だと。

「……わかった。魔導器は持って行こう」

静かに、そう呟いてナイレンは覚悟します。おそらく明日が、自分とガリスタとの六年に亘る沈黙の戦いに終止符を打つ日になると。そして自分が、おそらく死ぬであろうとも。

ナイレンには全部、なんとなくだけれどわかっていたのでした。


テーブルの上にぶどうジュースと家族写真の入った写真立をふたつ乗せて、ナイレンが覚悟を決めていた時です。隊長室の扉が控え目にノックされました。また控え目に「ユーリです」と聞こえます。

「おぉ、開いてんぞぉ」

失礼します、なんて彼らしくなく、礼儀正しく入って来たユーリにナイレンがどうした?と尋ねると、ユーリはナイレンの座るゆったりした椅子の傍に置かれたソファに腰を落ち着けました。

「いや、ちょっと眠れなくって」
「柄じゃねぇな」

苦く笑ったナイレンの近くに座ったユーリにぶどうジュースをコップに注いで出します。自分のだってぶどうジュースにしておいたくせに「はい、お前はジュース」なんて言うと、ユーリは「どうも」と小さく頭を下げました。

ユーリの視線がテーブルに乗っている写真立てに入っている写真に向けられています。

「……奥さんと、娘さん?」

彼は控え目に尋ねました。それがふたつある写真立のうち、アイナと撮ったのではない方の事だとすぐわかって、ナイレンはためらいなく肯定します。

「ん?あぁ、ふたりとも死んじまったがな。ある事件でな、守る事が出来なかった。あの頃のオレは今以上に帝国の命令が絶対だと思ってた。自分の判断で動いてれば助けられたかも知れないのに……ま、その直後に無断でギルドの力借りた上に勝手にアイナを助けに行って、田舎に飛ばされたって訳だ。ここ、帝都から離れてて色々気楽でいいんだよ。今回はそれが仇になってるがな。でも、同じ事を繰り返したくはねぇんだよ。フレンの親父さんは偉いよなぁ。あいつは豪く否定的なんだが、オレは尊敬してんだけどなぁ。やっぱ大切なもんは自分で守りたいんだよ」

その言葉をひとつ、ひとつ真摯に正面から受け止めようとしているユーリの姿に、ナイレンは彼になら大事な、大事な娘を任せていいと本気で感じてしまったのです。



to be continued...

- 52 -

[*prev] [next#]



Story top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -