君の傍に

嗚呼、愛しき娘よ 〜ナイレン・フェドロック娘離れ奮闘記3


「た、た、隊長!」
「どうした、そんな慌てて。なんかあったのか?」
「いや、あの、と、とにかく来てください!」

酷く慌てた様子で、隊長室のドアを叩きもせずに現れたシャスティル。冷静に声をかけても動揺の治まらない彼女は、何も説明せずナイレンの腕を掴んで立たせます。無理矢理引っ張って開けっ放しのドアを潜りながら、ナイレンは深刻な事があったのだろうと目を細めました。しかし腕は引かれたままです。

「(まさか、アイナに何かあったんじゃ……)」

一度そう考えてしまうと思考は悪い事へ急降下していきました。

過呼吸にでもなったのでしょうか?何かとすぐ過呼吸になる子ですから、右のポケットに必ず紙袋を入れているのを新米騎士以外は知っているはず。シャスティルがこんなに焦る理由なんてどこにもありません。

それとも、また血を吐いて倒れたのでしょうか?力を使いすぎると必ず吐血してしまう子です。使った力によって吐いてしまう血の量にも違いはありますが……ナイレンは、娘のあの姿を見るのがとても、とても嫌いでした。

「(アイナ……)」

シャスティルは走ります。腕を掴まれたままのナイレンもそれに合わせて走っていました。けれど彼女を追い越したくて仕方ありません。

「(アイナ……!)」

場所を聞いて全力疾走したい気持ちを懸命に抑えました。

だって、まだシャスティルは「アイナに何かあった」とは言っていませんし、そもそもアイナに関するともまだナイレンは聞かされていないのです。わかっていてもナイレンの脳は一度「アイナに何かあったのでは?」と考えてしまったばっかりに、悪い予想をするのを止めてくれません。ナイレンの心は焦って、焦って、焦るばかりでした。

シャスティルが突然、足を止めました。廊下に付いた窓の向こう側、中庭を指してナイレンを見上げた彼女は、やっぱり慌てていて。

「あれです!あれ見てください、隊長!アイナが、アイナが……!」

けれど焦りの中に歓喜がある事なんて、ナイレンは気付けませんでした。窓の外に広がる光景が余りに衝撃的で、ナイレンから音という情報が遮断されてしまいます。

ナイレンは息を飲み込んで、右手で自分の口元を覆いました。込み上げた涙が堪えきれず、ひとつだけ流れたのをシャスティルは見てしまいます。

窓の外。中庭の光景――それは、アイナが新米騎士のユーリ・ローウェルとフレン・シーフォに剣術の稽古を付けている、だけのものでした。けれど、けれど、それだけだけれど、それだけではなかったのです。

「(アイナが笑ってる……あんなに自然に笑ってる!)」

そう、アイナが笑っていたのです。あんなに硬かった表情を柔軟に動かして、呆れたり笑ったりしているのです。いつもあんなに悲しげに固まっていた顔が、コロコロ変わっているのです!嗚呼なんて今日は素晴らしいのでしょう!

ユーリとフレンが来てからというもの、アイナの変化は著しかったのは事実でした。少しずつ、少しずつ動くようになっているのも、もちろん気付いていました。

しかし昨日は、まだ今の顔に比べたら程遠いくらい笑顔が硬くて表情に変化が見られなかったのに。まさか今日突然、愛娘の笑顔が見られるなんて誰が予想出来たでしょう!

これはユーリのお陰です。フレンのお陰です。ナイレンは心底ふたりに感謝しました。

そして、愛娘の笑顔を見詰めながら、もう一度涙を流してしまったのです。



to be continued...

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