君の傍に

43


「それで胸張れんのか?そうやって自分責めて犠牲にして、魔導器(ブラスティア)にされて!お前それで胸張って隊長の娘だって言えんのかよ!!」
「で、も、わた……」
「でも、でもってそればっか言ってんじゃねぇよ!!お前はどうしたい!?このまま魔導器扱いされていたいのかよ!?」
「ち、が……!わ、たし、はっ」

虚ろだった瞳に光が戻り始める。すると彼女を取り囲む無数の文字が強い光を放った。途端にアイナが苦しみ出し、その身を屈める。ふたりのやり取りに見入っていたフレンが我に返った。ガリスタを視界に捉える。不愉快そうな彼の周りに陣が浮かび、強い光を放っていた。まるでアイナを囲む文字のそれと連動しているかのように。

フレンは握っていた剣を構え直し、地を蹴る。アイナの方に気を取られていたらしいガリスタは、彼が迫り来るのに気付くのが遅くなった。咄嗟に後ろへ飛ぶものの、フレンの刃はガリスタの額にひと筋の傷を残した。

ガリスタが患部を抑えて唸る。気が逸れたせいなのか、彼の周りにあった陣が消えた。するとアイナの周りにあった文字も消え、彼女の体は糸の切れた操り人形のように突然崩れる。空かさずユーリが自らの腕の中に抱き止めた。

「……ユーリ、私」

ぐったりしているアイナの背にユーリの手と、フレンの手が労わるように触れる。上がった息を整えながら何か言葉を紡ごうとする彼女の唇に、ユーリは人差し指を添えて笑った。

「話は後。な?」
「……うん」

小さく頷いたアイナがユーリの胸板に額を預ける。その目尻から涙が流れて落ちたのを、フレンは見た。

そんなふたりを引き裂かんばかりにガリスタの魔術が飛ぶ。禍々しい印象を与える閃光が自分達の方へ向かってくるのに逸早く気付いたフレンは、ユーリごとアイナを本棚の陰へ押しやった。

幾つもある本棚の影と死角を利用し、途中ふた手に分かれて逃げる。尚も走り襲う閃光の音が耳を突く中、アイナは足をふらつかせながら手を引かれて走る。足がもつれて膝が落ちれば、手を引いていたユーリが彼女の体を抱き上げた。

激しい閃光の間に靴音が響く。ユーリとアイナは息を潜めた。音を殺しながら一度彼女を下に下ろすと、ユーリは目の前の本棚を、気配のする方目がけて押す。耐え切れずバランスを崩した本棚は隣の棚に寄りかかって倒れ、その重さに耐えられなくなって倒れ、またその隣の本棚に寄りかかってはバランスを崩していった。

バサバサと無造作に落下する音が聞こえ、ガリスタの唸る声も聞こえる。本の音もガリスタの唸る声も聞こえなくなると、ユーリはひと言「ここで待ってろ」と言い残して本棚の陰から出た。

フレンも顔を出して辺りを見回すと、ふたりは倒れた本棚達の隙間にある本の山を見つけた。あそこに、ガリスタが下敷きになっているのだろう。微動だにしない本の山を、剣を構え直して睨みながら詰め寄った。

すると突然、その本ひとつひとつが紫色の禍々しい光を帯びて空中に舞い上がり、浮いた。真ん中からゆっくりと身を起こしたガリスタは、目元を手で覆いながら立ち上がる。その手を退けると、いつもある眼鏡がなくなっていた。鋭く細められた目がユーリとフレンを捉える。

「ムカつくやつらだ」

その言葉に反応したかのように、ガリスタの魔術で空中を舞う本達が一斉にユーリとフレンへ襲いかかった。紫色の禍々しい光を帯びたそれらは、まるで本とは思えない威力を持ってふたりを叩き付ける。窓ガラスが割れて、今度はユーリとフレンが本に埋もれてしまった。

すぐ上体を起こす。魔術を帯びた本達による攻撃は、予想以上にダメージを受けているらしく息が上がった。ガリスタは静かな怒りを滲ませながら、ユーリとフレンを見下ろしている。ユーリは睨み返しながら、何か打開策はないか懸命に思案した。

まるで導かれるように、右手がズボンの右ポケットに触れる。何か固い感触を指先で感じたユーリはハッとした。

「(そういえば)」

ナイレンから投げ渡された魔導器だ。自分のぐうたら具合と尊敬する男の死のショックが相俟って、入れっ放しにしてしまっていたらしい。だが、今この状況では「ラッキー」と言っていい。

「フレン」

ガリスタに聞こえないよう、努めて小さく呼ぶ。フレンの視線がこちらに向いたのを気配で感じたユーリは、ポケットに入りっ放しにしていたナイレンの魔導器を少しだけ出して言った。

「一か八かだ、隙を作ってくれ」
「わかった」

フレンはユーリの考える策を一瞬で理解し、立ち上がって剣を構え直した。ガリスタは倒れた本棚達の方へ眼を向け、何かブツブツ言っている。奥の方で何かが光っているように見えて咄嗟に耳を澄ませると、それは腸の煮え繰り返るような言葉だった。

「逆らうな、従え魔導器アイナ。逆らえば六年前のように、このふたりもお前の力で死ぬぞ?」

この男は、どこまでもアイナを魔導器扱いするのか。また魔導器として、彼女に自分達を攻撃させる気なのか。

確かにそうすれば、自分達は手を出せない。抱く想いは違えど、大切なのだ。剣を向ける事なんて出来ない。それ以前に、そうなってしまえば今度こそアイナの心は壊れてしまうだろう。

せっかく取り戻せたのだ。これ以上、彼女に辛い思いをさせてたまるか!フレンは大きく地を蹴り、散らばり落ちる本を剣で巻き上げた。アイナの方に集中していたガリスタの意識が途切れる。飛び退いて、空かさずユーリの右腕に着いたナイレンの魔導器に手をかざした。

シャスティルとヒスカが見せてくれた魔術の発動方法を記憶から呼び起こす。初めての魔術である上に、見様見真似だ。上手くいく可能性なんて、どのくらいあるのかわからない。けれど、これに賭けるしかアイナを助ける打開策が思い浮かばなかった。

やるしかない。

「食らえー!!」

声が重なり、ふたりの体が淡く輝きを放ち始める。同時に輝きを帯び始めていた魔核(コア)が球状の光を生み出した。その球状の光は、すごいスピードでガリスタに襲いかかっていく。怯んだガリスタ目がけてユーリとフレンは同時に走り出した。剣を突き立てる。

「ぐ、は……!」

ガリスタの口から血が吐き出される。ユーリとフレン、ふたりの剣がガリスタの胸を貫いていた。引き抜くと音を立てて崩れ落ちるガリスタの体。もう既に虫の息となっている彼は、ユーリとフレンを見上げてなぜか勝ち誇ったように笑んだ。

「私を、殺した所で……あれを魔導器と、見る者は、ごまんと居る……人が、魔導器なしで、魔術を扱えるように、ならない、以上……人は、あれを魔導器と、して…研究、するだ、ろう……"私"は、どこにでも、溢れている……のだよ」

それが、ガリスタの最期の言葉だった。ピクリとも動かなくなってしまった彼を見下ろし、ふたりはその言葉の意味を考える。ユーリの脳裏に、シゾンタニアに着いた夜の記憶が蘇った。

――人を敵に回す覚悟がないんなら、それは二度と訊くな

ナイレンはあの夜、そう言っていた。ナイレンの言う通り、彼女を守るには人を敵に回す覚悟が必要なのだろう。ガリスタが言ったように、彼のような人間はごまんと居るのだろう。人が居る限り、アイナの身を襲う危険は、これで終わりではないのだ。

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