君の傍に

42


まるで、最初から調査が来るのを知っていたように――アイナは実験されていた前後の記憶もそのショックからなくしている。あの時、動けない程恐怖した彼女がそれを思い出したとしたら?

アイナは、本当に部屋に籠ってただ、ただ悲しみに明け暮れるような人だろうか?

否、違う。彼女はそんな女性ではない。彼女はもっと、馬鹿みたいに強がりで、ナイレンの娘という誇りを胸に真っ直ぐに前を向く人だ。

もしかしたら、アイナは……!

「……ユーリ、まだ終わってない」
「え?」
「アイナが危ない……!」

睨み上げた空は、どこまでも青い。



私室と書庫を繋ぐ扉から、ガリスタは書庫へ入った。ゆっくりとした歩調で短い階段を下り、持っていた布を畳んで他の荷物と一緒に箱へ収納する。他に何か忘れ物はなかっただろうか、と仕事机に目をやると、ここにあるはずのない物があった。

「(これは……)」

役目を果たして壊れた魔核(コア)に目を細める。誰だ?誰が余計な事に気付いたのだ。そう思案していると、その答えは容易に現れてくれた。

「遺跡の中に仕かけてありました。あなたしか使用しないタイプの魔核です」

フレン・シーフォの声。賢明な彼の事だ、ひとりではない。ユーリ・ローウェルも一緒だろう。ガリスタは気付かれないように魔導器(ブラスティア)の魔核に被せてある蓋を外した。彼の声は続く。

「なんのためにあんな事を?街を破壊するつもりだったのですか!?」
「まさか!あの遺跡は、新たな魔導器の実験場だったのですよ」
「新たな魔導器?」
「そうです。エアルをコントロールし、魔導器を制御する事。我々は、エアルが結晶化した魔核を発掘でしか入手出来ません。自らの手で魔核に代わる物を作り出せれば、魔物を恐れる事なく更なる繁栄を遂げる事が出来る!」
「その魔導器が暴走し、あなたは全てを……部隊もろとも葬り去ろうとした!」
「今の我々は、通常の魔導器さえ完全にコントロール出来ていません」
「しかしそのお陰で、証拠の魔核を持ち帰る事が出来ました」

ピクリとガリスタの眉が動いた。たった今の発言が感に触ったのだと悟ったフレンは、尚も問い詰める。

「アイナを実験していたのも、あなたでしょう?彼女はどこです!」

すると、ガリスタは嫌な笑みを浮かべて言った。

「あぁ……あの時はあれのお陰で、かなりの成果を得る事が出来たのですよ?勿論、犠牲者は出ましたが」

意味深な言葉、意味深な微笑――それは、フレンにひとつの事件の「真実」を突き付ける。

「……まさか」
「お気の毒でした」
「く……うわぁぁぁぁ!」

そうか、この男が!アイナを実験し声が出なくなる程に心を深く傷付けたのも、シゾンタニアの街が危険に晒されたのも、ナイレンが死んだのも、父や下町の人が死んだのでさえも!このガリスタ・ルオドーの仕業だったのか!

フレンは全てを理解した。理解した途端に煮え繰り返る腸。込み上げる怒りを堪えられずに剣を抜いた。剣を構えてガリスタに向かって突進して行く。しかし、ガリスタの周りに突如現れた魔術の膜によって阻まれ、フレンの体が吹き飛ばされた。遅れてユーリも剣を抜き構える。

「どうやら、ここでも魔導器が暴発する必要がありそうですね。ならば、特別にお見せしましょう。今回の実験で完成した私の最高傑作!最強の魔導器を!」

その台詞を待っていたかのように、先程ガリスタが開けたのと同じドアがゆっくりと開く。扉の向こうから現れたのは、この五日間一度も姿を見せなかったアイナだった。

「アイナ!?」

虚ろな焦げ茶色の瞳が名前を呼んだユーリに向けられる。右手を彼に向けた途端、その掌から複数の火球弾がユーリに襲いかかった。慌てて本棚の陰に身を潜める。

「食事、排泄、睡眠、風呂。この四つさえきちんとさえ間違いなく毎日欠かさずさせれば、この魔導器は故障しない。まぁ、誰にも見られないようにここまで食事を運ぶのは至難の業でしたが、魔導器の性能を思えば苦でもない。エアルや魔導器、この世界の知識を植え付けた事で、自分が暴走する事がどんな危険を呼ぶか重々理解してくれました」

静かに、そして愉快そうに、満足そうにガリスタは語る。

「六年間、手塩にかけて育て上げた……この世で最も優秀かつ凶悪、最強の魔導器アイナ。魔術の詠唱も最短、命令にも忠実。これ程に素晴らしい魔導器は他にない」

ユーリとフレンは、自分の頭が切れる音を聞いた。彼女の優しい心に浸け込んで、利用するために知識を与えて、何様のつもりだ。アイナは魔導器じゃない。生きているのだ。それなのに、この男は……!

「さぁ、アイナ。お前を愛した男達をその手で葬ってやりなさい!」

カツン、カツンと靴の音が響く。アイナの靴音だ。ユーリはこちらへ近づいてくるその音だけを頼りに、タイミングを狙い計った。カツン、カツン、カツン……近い、もう少し、もう少し。

「(今だ!)」

ユーリは本棚と本棚の間から飛び出すと、また魔術を放とうと動くアイナの右腕を掴んだ。解こうとする左腕も抑え込む。すると脛を蹴られた。その痛みに耐えながら、アイナを呼ぶ。虚ろな瞳がユーリを見上げた。そして、その虚ろな瞳からひと粒だけ、涙が零れる。

「……げ、て……」
「……アイナ?」
「に、げ……て……ぜん、ぶ……私、のせ……も、誰、も死、なせ……たく、な……」

虚ろな瞳で、抑揚のない声で必死に訴え続けた。逃げて、逃げて、お願い、逃げて。

アイナの体にまとわり付く、光を帯びた無数の文字が一層光を放つ。すると彼女は苦しそうに唸って身を屈めた。ユーリの腕を振り解いて拳を繰り出す。辛うじて避けたものの、その拳の風圧はユーリの頬を切った。

逃げて、逃げて、お願い、逃げて。そう繰り返し紡ぐのにアイナの攻撃は止まない。ユーリは反撃しないまま、ただ彼女の拳を、蹴りを避けて、避けて、避けた。

逃げて、逃げて、お願い、逃げて。繰り返して虚ろな瞳から涙を零すアイナに、ユーリは怒りが込み上げてきた。

「……る、かよっ!」

何度目かわからない拳を避けずに手で受け止める。予想以上の衝撃に思わず声が漏れた。掌がビリビリして痛い。けれど決して離さず、彼女を捕らえたままユーリは声を荒げた。

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!!惚れた女を置いて、逃げられる訳ねぇだろうが!!」
「……、ユ……リ……」
「隊長が最期にもっと胸張って生きろって、誰がなんと言おうとずっとオレの娘だって言ってただろ!?なのに魔導器扱いされて、悔しくねぇのかよ!!」
「で、も、わた……し、たくさ……人、死なせ、て、だか、ら……」

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