君の傍に

41


ナイレンの死から五日が経った。あれから、アイナの姿を見た者は誰も居ない。

人は皆、彼女は誰よりも深い心の傷を負ったのだと、ひとりになりたいのだろうと気遣って探せずにいた。だから交代で部屋の前に食事を置き、ひと声かけて去っていく。後で取りに行くと食べ終わった食器が同じ場所にあるので、姿を見る事が叶わなくても少し安堵するのだ。ただ、毎晩アイナを求めて鳴くラピードには、申し訳ない気持ちでいっぱいになったが。

ナイレンの死から五日という時間……それは、ナイレンが要請した帝都からの援軍が到着するのに要した時間でもあった。そして今日、やっと形式だけだがナイレンの葬儀が行われる。ナイレンの遺品を整理するのは本来、娘であるアイナの役目でもあるのだが、生憎彼女は今日も顔を出そうとはしない。そこで、遺品の整理はユーリとフレンに任された。

形式だけの葬儀に用意された空っぽの棺に、ナイレンが使っていた物を詰めていく。最後に机の上にいつも置いてあった写真立てをふたつ入れた。

ひとつは今より小さくて無表情のアイナと、その腕に抱かれている賢そうな子犬と、見慣れた制服に身を包んで満面の笑みを浮かべているナイレンが映っている写真。もうひとつは、見慣れない制服で満面の笑みを浮かべたナイレンと、その腕に抱かれ全身で嬉しさを表している銀髪の小さな女の子と、ナイレンに寄り添って穏やかに微笑む女性が映っている写真だった。

「……隊長」

フレンが見慣れない少女と女性の写真をじっと見詰めていると、ユーリが静かに語り出す。

「任務を優先して、家族を守れなかったんだってさ。お前の親父さんを尊敬してるって、言ってたぜ」
「……、そうか」

変わらない笑顔で映る、ふたつのナイレンの写真。あの人にそんな過去があったなんて、フレンは全然知らなかった。たぶん、知ろうともしていなかった。

ユーリもフレンも何も言わずに遺品だけが詰まった、遺体のない棺を見詰める。酷く悲しい気持ちが、また迫り上げてきてふたりとも眉を寄せた。

不意に隊長室のドアが開く。入ってきたのは帝都の騎士だった。棺の前に突っ立ったままのユーリとフレンを目の当たりにして眉を寄せる。

「なんだ、まだ終わってないのか。現場を保持しろとの命令が下っていただろう?アレクセイ閣下から預かる隊に手傷を負わせおって。無能め、街を救ったヒーローにでもなったつりか?こんな隊長の元では」

遺品の詰まった棺を見下ろし、尚も罵ろうと動く帝都の騎士の口。もう我慢の限界だった。ユーリは全力で帝都の騎士を殴り、右頬にちゃんと入った彼の拳で床に転がる。それでも気が済まない様子のユーリを、フレンは羽織締めにして止めた。

「ユーリ!ダメだ、ユーリ!!」
「なんだ、てめぇ!!今頃ノコノコと!!」

ユーリの言う通りだ。ナイレン・フェドロックという男が無能?今更来ておいて故人を罵るとは、どうゆう了見だ。援軍の要請を受けてこれ程に遅く到着しては、全く援軍の意味がないではないか。フレンだってこの男を殴りたかった。ユーリの気持ちは痛い程わかった。けれどこんな男、殴る価値すらないじゃないか。それなのに殴ったからと処分を受けるのは理不尽じゃないか。こんな、こんな男、殴る価値ないのだ。

羽織占めにされても抵抗し、まだ殴ろうとして止めないユーリをフレンが必死に抑えていると、開いたままのドアからユルギス達が入ってきた。もう棺を運び出す時間が来てしまったのだとフレンは悟る。

ユルギス達は目の前の光景に目を見開いて驚いた。そんな彼らに、身を起こした帝都の騎士はユーリに殴られて腫れてきた右頬を見せびらかす。状況からして、ユーリが殴ったのは誰が見ても明白だった。ユルギスは眉を寄せる。けれど。

「……棺を運びます。お前達も手伝え」

ゆっくり、ゆっくりと棺の蓋を閉める。閉めるだけなのに、まるでそれが永遠の別れのように感じられて酷く切なかった。ふたつの写真立ての中で笑うナイレンが、余計にそれを引き立てる。

ユルギスが蓋の上にナイレンが使っていた剣を置き、その上から帝都の紋章が刻まれた赤い布を被せた。ユーリとフレンが後方を、ユルギスと一緒にやってきたエルヴィンとクリスが前方を持って棺を隊長室から運び出す。

無言で目の前から去る、その態度が気に食わない帝都の騎士は声を荒げて吐き捨てた。

「なんだ!?この隊は!!」

その言葉を背中に受けても誰も何も言わないまま、ユルギスを先頭に宿舎の外を目指す。

太陽の下で待っていたのは、白い花を大切そうに持っている、溢れる程のシゾンタニアの人達だった。その真ん中に出来た道を通り抜けて、馬車に遺体のない棺を積んだ。すると街の人達は順番に、持った白い花をその棺の周りに供えていく。

街の人達はみんな、騎士ナイレン・フェドロックの死に涙を流していた。そんな街の人達の様子から目を離さないまま、ユーリは隣に立つフレンへ静かに声を落とす。

「隊長が死んで何も残らなかったなんて思うか?」

そんな風に思えない。

「ここに居るみんなが生きてるんだ……だろ?死んだお前の親父さんが何も残さなかったなんて事、絶対にない」

フレンの碧眼から涙が零れて頬を伝った。それを今知るなんて、やっぱり自分は愚かだったんだとフレンは思う。

街の人達が白い花を供え終え、ユーリ達は馬車を挟んでキレイに二列に並んだ。ひとり馬車の真後ろに立つユルギスが敬礼をして声を張る。

「帝国騎士団、ナイレン・フェドロック隊長に敬礼!!」

ユルギスの号令でキレイに揃ったフェドロック隊の敬礼と、街の人達の涙に見送られ、遺体のない棺を積んだ馬車は走った。その馬車を帝都から来た騎士達が前方と後方、ふた手に分かれて挟み守りながら帰っていく。

見えなくなるまで見送ると、彼らはゆっくりと敬礼した手を下した。その時、ふとガリスタの姿がフレンの目に入る。敬礼していた腕に魔導器(ブラスティア)が見えた。手を下すだけの動作の中で不意に見えたその形状に、フレンの脳が記憶を蘇らせる。

――――オレがこの子を見つけた時、妙な装置に括り付けられてた。食事もロクに食わされず、水もロクに飲ませて貰えなかったらしくてな……衰弱しきってた。よっぽど酷い目に遭わされたんだろ


そう言って悲しげな顔をしていたナイレン。そういえば彼は遺跡に突入する前、ユルギスに何かこっそり話し、ユルギスはそれに驚いた様子だった。

――ガリスタ様が苦手っていうか……怖いの

アイナはそんな事を言っていた。遺跡の奥に鎮座していたあの巨大な装置を目の当たりにして、動けない程に恐怖していて。

――おいナイレン……こいつは、あん時の

――あぁ……多少の違いはあるが、間違いねぇ

あの妙な巨大装置を見た時、ナイレンとメルゾムは込み上げる怒りと確信がその表情に張り付いていた気がする。それにあの妙な巨大装置にあった目のような形の物……あの部屋の床にも、似た形の小さな物が幾つも埋め込まれていた。

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