君の傍に

39


弾かれた所を抑えながら謝罪し、少し遅れて起き上がったフレンを見上げる。ありがとう、と素直に言うと彼は無事でよかったと笑った。

が、安心するには早い。まだあの巨大ゴーレムを倒していないのだ。生憎、先程のゴーレムと同じ背中にはエアルの筋が見られない。周囲をぐるりと見回しても見当たらなかった。そうなると巨大ゴーレムの遥か上、操り人形のように頭上から伸びている可能性が高い。

問題は「誰が上に行くか」だ。一番身軽なのはアイナである。彼女自身それを理解していたので自分から名乗りを上げようとした。しかし、一番力持ちで体格のいいエルヴィンが指名したのは別の人物だった。

「ユーリ、お前をやつの頭まで投げる!」

勇敢にも向かってくるゴーレムに武器も持たないまま距離を詰め、背を向ける。

「来い!!」

腰を落として両手を構えたエルヴィンがユーリを呼び、彼もそれに応えて走り出した。

エルヴィンの構えた両の掌にユーリの足が乗る。力一杯上へ投げると、ユーリはそれに合わせてエルヴィンの掌を蹴った。高く、高く飛び上がって見事に巨大ゴーレムの頭に着地する。彼はそのまま目の前にはびこるエアルの筋を次々と切っていった。

最後のひと筋を断ち切ると、ユーリの足元からガラガラと音を立てて急速に崩れていく。立ち上った砂埃でその姿が見えなくなると、シャスティルが彼の名を叫んだ。

ユーリの姿を捉えようと目を凝らす。祈るような気持ちで懸命に見詰めていると、砂埃の中に影が出来た。次第に晴れていく砂埃の中に、確かに立っているその影に居ても立ってもいられなくなったアイナが地を蹴った。

「ユーリ!」

伸ばした彼女の両腕がユーリの首に回って落ち着く。どこも怪我をした風ではない様子のユーリに酷く安堵したアイナと、突然抱き付かれ顔を真っ赤にして固まったユーリと。視界が晴れたフレン達の目に飛び込んできたのは、そんなふたりの姿だった。瞬時にナイレンの手で引き剥がされてしまったが。

巨大ゴーレムだったものの天辺から、それは見えた。戦いの際に開いた穴の奥にある下り階段の奥。円形に開けた部屋の真ん中に立つ柱一本の剥き出しになった内部から、いくつもの管が伸びて妙な装置に繋がっている。その装置は穴の開いた地面から、真っ赤なエアルを絶え間なく吸い上げているらしい。

規則的にうごめく姿は、なんとも不気味だ。特に装置の、怪しく光る人の目のような形をした部分は特に気味が悪い。気味が悪いが――それ以上に、不気味な装置はアイナの脳を強く刺激した。

アイナの顔が恐怖に染まる。ガタガタ体が震え、首を横に振りながら頭を抱え込んだ彼女は、突然しゃがみ込んで叫んだ。

「嫌ぁぁぁぁ!!」
「アイナッ!!」

酷く慌てた様子で彼女の目を覆うナイレン。左手でアイナの視界を遮ったまま空いた方の手で強く抱き締めると、ナイレンは恐怖する娘に努めて穏やかな音を紡いだ。

「大丈夫だ、もうあんな目に遭わせたりしない。だから落ち着け、な?」
「お、と、さ……」
「大丈夫だ、アイナ。大丈夫だ」

自分を包み込む父の腕に縋り付きながら、アイナはただでさえ小さい体を余計に小さくする。何がどうして彼女がこうなったのかわからないユーリ達は、ただ混乱して立ち尽くした。

そこへ足止めをしてくれたメルゾムが、ギルドの仲間を連れて来る。すぐにアイナの異変に気付いたメルゾムは、広い部屋に鎮座する巨大な装置を睨みながらナイレンの隣にしゃがんだ。

「おいナイレン……こいつは、あん時の」
「あぁ……多少の違いはあるが、間違いねぇ」

射殺すような鋭い瞳で装置を見上げるナイレンとメルゾム。あの時という言葉と、彼女の様子がユーリ達の脳裏に「アイナは昔、何かの実験をされていた」という事実が浮かんだ。

しかしそれ以上考える時間すら惜しいと、ナイレンはアイナに優しく声をかけてから腕を解く。するとシャスティルが代わって、彼女の肩を慰めるように抱いた。

ナイレンは持って来た円盤型の奇妙な物を取り出し、床に置く。途端に四つの短い足が出て、ちょこちょことエアルの吸い上げられている穴へ向かっていた。

ナイレンが置いたその歩く装置は、ガリスタに紹介された「リタ・モルディオ」を訪ねた際に渡された物だった。エアルの流れを遮断出来る、らしい。ただ、その滑稽とも言える姿を、一様に目を丸くして追っていると、巨大な装置と地面に開いた穴の間に器用に滑り込んで蓋をした。

不気味にうごめいていた装置にエアルが行き届かなくなる。活動を停止したのを喜ぶ間も与えず、それは爆発を起こした。一度だけに止まらず二度、三度と装置のあちこちで爆発が起き、一番無防備になっていたアイナと、彼女を気遣ってしゃがみ込んでいたシャスティルが爆風に吹き飛ばされて倒れる。

「これ、やべぇって!」

ユーリは爆発の直後にアイナの元へ行こうとしていた。だが、助けに行こうにも天井がひび割れて崩れ始め、中々それも叶わない。アイナはすぐ身を起こそうとしていたが、シャスティルはピクリとも動かなかった。

「エルヴィン!お前はシャスティルを頼む!」
「はい!」

エルヴィンに指示を出したナイレンは、吹き飛ばされたアイに駆け寄る。案の定、震えが止まらず上手く動けないでいるアイを背負うと、彼女を案じて駆け寄ったフレンに自分の剣を差し出した。

「これ、持ってくれ」
「はい」

震えるアイナを背負い直して出口へ走る。と、先を走っていたフレンが突然止まって、足元を凝視した。それから床をぐるりと見渡している。

「何やってんだ!」
「隊長、これ……この魔核(コア)は」

同じように視線を落とすと、そこには埋め込まれた魔核が確かにあった。その目のような形の小さな魔核は、この円形の部屋の床に規則的に並んでいるように見える。ナイレンにはその意味が理解できたが、後にしろと言ってフレンを急かした。

すると今度は、その魔核が爆発し始める。砂埃が立ち、悪くなった視界の中を懸命に駆け抜けるフレンが、ナイレンの目の前でバランスを崩して転がる。それを助けようとした次の瞬間、ナイレンは自分の居る床が地下へ落ち始めたのを悟った。

「(このままだと、アイナが……!)」

ナイレンは思いっきり踏ん張って、背負っていたアイナを担ぎ上げた。

「ユーリィィィィッ!!」

華奢な体を思いっきり振り被る。強い願いを込めて投げた愛娘の体が、ユーリを目指して宙を舞った。横抱きに受け止めたが、投げられた勢いに耐えられず腰が落ちる。それでもなんとか彼女に怪我をさせないよう気を配った。

大丈夫か、と問う前にユーリの上から退いたアイナは、父の姿を求めて崩れ落ちていく床との境ギリギリに膝を着く。ユーリもすぐ、彼女の隣から巨大な穴になっていく場所を覗き込んだ。

「隊長、手ぇ出せ!!」

必死に手を伸ばしすぎて体が落ちそうになる。が、腰から上が宙ぶらりんになった。

ユーリの右にはエルヴィン、左にはフレンの姿が、背後からアイナ腕が回っている。彼らに助けられたのだと知る。しかし、礼を言っている場合ではなかった。

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