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情けないのだろう。そう思うより先に、目の前の少女がナイレンの拳骨を食らった。初陣の際フレンが食らったそれに比べたら、かなり力は抜いてあるようだけれど。それでも、やっぱり痛そうだ。
「こんな事がなくたってお前は、いっつも無理ばっかするだろうが。馬鹿娘」
「無鉄砲も猪突猛進もお父さんに似たんですぅ」
「馬鹿野郎。オレは無鉄砲でも猪突猛進でもねぇよ」
ナイレンが乱暴にアイナの髪を掻き混ぜると、アイナは頬を膨らませた。不満そうにぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で梳く。フレンも柔らかな髪に手を伸ばし、それを手伝った。アイナが嬉しそうに笑ってフレンを見上げる。ありがとう、と礼を言われるとフレンは和やかな気持ちになった。
この場にそぐわない雰囲気のふたりを真顔で見下ろす。するとふたりは、改めて表情を引き締めた。それを確認したナイレンは前を見据える。
「行くぞ」
アイナは当たり前のようにナイレンの隣へ戻った。そのすぐ後にユーリやフレン達が続き、メルゾム達ギルドの男達が続く。それは、騎士団とギルドが共闘するという、一般的には「絶対あり得ない光景」が出来上がった瞬間でもあった。
入口と思われる場所からエアルの滲む塔の内部へ侵入する。薄暗いはずの奥から赤く変色したエアルが溢れ、明るくなっていた。
「いかにも……だな」
少し眉を寄せたユーリが呟く。するとナイレンは悪戯っぽく笑ってユーリと、フレンを見た。
「頼むぜぇ、ふたり共!」
それだけ言ってナイレンとアイナが同時に駆け出す。やっぱり似た者親子じゃないか、と一様に感じたのは言うまでもない事だが。そう感じながらも、ユーリ達はその後に続いた。赤いエアルの充満する中をいくつもの靴音が響く。突然、アイナが足を止めた。するとナイレンも走るのを止め、ユーリ達も立ち止まる。
それはまるで、生き物の体内に居るような感覚だった。酷く濃いエアルの中で、その荒れたエアル自身によって生み出されようとしている命がある。濃くて、濃くて、荒れていて苦しい、吐きそうだ。それでも、アイナにはわかった。どこに生まれようとしているのか。
アイナは拳法の構えをすると、大きく息を吸い込んで内に宿る気を開放した。短時間だが、自身の攻撃力を上げる事の出来る拳法の基本技「鋭招来」である。直後に彼女は叫んだ。
「左右どっちでもいい!今すぐ端に寄って、早く!!」
その剣幕に誰もが咄嗟に端へ飛び退く。すると彼らが通って来た床の中央が崩れながら波打って進み、隊の前で突然に爆音と共に姿を現した。レンガを寄せ集めて模した人型の魔物、ゴーレム。ゴーレムはアイナの苦手な相手だった。けれど怯んではいられない。
体格差を活かして素早くその懐に入り込むと、アイナの水属性をまとわせた足がゴーレムのそれを払った。
「転泡!」
体制が少しばかり揺らいだ所で背後に回り込む。その背中にエアルの筋が張り付いて壁とゴーレムとを繋いでいた。右太股のベルトからランバートのダガーを抜き、その筋を断ち切る。ゴーレムがただのレンガに戻った所で周りを見た。
近くで鳴る剣戟を耳にしながら、自分ひとりを囲む三体のゴーレムを睨む。アイナは冷静だった。
「輪舞(ロンド)旋風!」
バレエを舞うような回し蹴りで風を裂き、周りのゴーレム達を引き寄せる技を披露する。間を与えず繰り返し輪舞旋風を繰り返す事で逃れる事を許さない、慈悲の欠片もないものだ。ゴーレムに与えられるダメージは少なくても、必ず誰かは体制を崩す。アイナはそこを狙っていた。
回る視界の中で父の姿が見えると、アイナは輪舞旋風を止め大きく地を蹴って飛んだ。ナイレンが娘の作った隙を利用し、ゴーレム二体分の筋を断つ。残りの一体は、アイナが着地と同時に切っていた。ガラガラと音を立てて、ゴーレムがあるべき姿に戻る。
乱れたエアルの中で生まれたゴーレムは、エアルの筋さえ切ってしまえばいいので容易い。しかし、エアルが荒れている間生まれてくる。このまま戦っていても切りがないのだ。どうにかして先に進まなくては。ここで時間を使う分、無駄に体力を消費してしまう。
「切りがねぇ。ナイレン、先行けぇ!」
「すまねぇ!」
メルゾムが盾になって叫べば、ナイレンは感謝を残して先を急ぐ。それに続く騎士達に、アイナは付いて行けなかった。父に呼ばれて渋々走り出す。
廊下の奥に階段があった。それを駆け下りた先に、随分開けた部屋が現れる。その真ん中で待ち構えていたのは、人なんかとは比べものにならないくらい巨大なゴーレムだった。そのあまりにも大きすぎる魔物に、ユーリは思わず愚痴を零した。
「でけぇよ……」
すると、その声に反応したようにゴーレムが動き出す。指示が飛ぶよりも早く、隊は左右二手に分かれて移動を始めた。弱点であるエアルの筋を探しながら走る。アイナは影に身を潜め、込み上げる吐き気を堪えながら魔術の詠唱に入った。
下級魔術を連発し、少しでも注意を自分へ逸らす。こんなエアルの濃い場所では、流石にそれ以上ランクの高い魔術は使えなかった。使ったらきっと、また血を吐いてしまう。この先に行かなければならないし、ここで倒れるのも隊の足を引っ張るのも嫌だった。
「猛追せよ焔、ファイアボール!」
複数の火球弾が巨大ゴーレムの顔に向かって飛ぶ。すぐ後に唱えた魔術「シャンパーニュ」が無数の水滴を生み、その頭上で弾けた。次の魔術を詠唱しようとして聞こえた、ヒスカの悲鳴にも似た声に辺りを見回す。
「嘘でしょ!?嫌ぁ!」
左腕をレンガに挟まれて身動きの取れなくなっているヒスカの、右腕の魔導器(ブラスティア)が赤い光を放っていた。彼女の周りには倒れた仲間が居る。今にも暴発しそうだがヒスカには外す術がなく、右腕を少しでも遠くへ伸ばしていた。
「ヒスカ!」
あのままでは彼女の腕が吹き飛んでしまう。アイナは潜めていた身を晒してヒスカの方へ急いだが、それがいけなかった。
「アイナ、危ない!!」
「え?」
フレンの声が聞こえた次の瞬間、しまったと思った。巨大ゴーレムの拳がすぐ目の前まで迫っている。散々魔術を連発したのだ、ずっと自分を探していたに違いない。
「(ダメだ、避け切れない……!)」
防衛本能から目を閉じる。思った以上に軽い衝撃が左から襲った。轟音が耳を突き、バランスを失った体がそのまま地面に転がる。全身を走るはずの痛みは全くなくて、むしろ守るように体を包まれていた。恐る恐る目を開ける。自分が着ているのと同じ色の服が見えて、顔を見上げた。
「フレン?」
「怪我はない?」
「私よりヒスカが!」
「あたしなら大丈夫よ。間一髪だったけど、ユーリが甲冑ごと外して投げてくれたから」
頭から降ってきたヒスカの音に慌てて身を起こすと、彼女の無事な姿があった。よかった、と零す間も与えず、ヒスカは怒った顔でアイナの額を指で弾く。
「あんたね、いつもいつも人の心配ばっかりじゃない!少しは自分の心配しなさいよ、馬鹿!」
「ご、ごめん」
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