君の傍に

40


エルヴィンはユーリに自分の武器である斧を手渡すと、焦った様子で言う。

「オレが押さえっから!」

頷くよりも先に、ユーリは柄をナイレンに向けて精一杯伸ばした。

「今、助ける!!今……くそ!」
「無理だ、行け」
「うっせぇ!手ぇ出せっつって……!」
「アイナを止めろ!!」

声を荒げてユーリの言葉を遮ったナイレンに疑問を持つより早く、ユーリとフレンの間を小さな体が割った。嫌な予感がしたふたりは、咄嗟に腕を掴む。すると直後にアイナの上半身が前方に傾いた。やはり、沈下していく地面に行こうと飛ぼうとしていたらしい。

「嫌!離して!!」
「アイナ、落ち着くんだ!」
「嫌ぁ!!」
「ちょ、暴れんなって!お前まで落ちちまうだろ!!」
「だってお父さんが!お父さんまで居なくなったら私……!」

懸命に手をばたつかせてユーリからもフレンからも逃れようとするアイナ。ナイレンが優しく名前を呼んでも、アイナはただ嫌だ嫌だと首を横に振って暴れた。

「話くらい聞け、馬鹿娘。もう……動けねぇんだよ」

ほら、と左腕を上げる。エアルの筋に貫かれた方の腕だった。腐食、している。それも左胸まで進行していた。けれどアイナは、そんな現実すら否定するように首を振る。

「そんなの私が治すから!早く手ぇ伸ばしてよ!」
「アイナ。いいか?お前は誰がなんと言おうと、ずっとオレの娘だ。もっと胸張って生きろ」
「止めてよ!そんな、遺言みたいに!」
「フレン、みんなを頼む。お前はいい騎士になれ。親父さんを超えろ」
「止めて、止めてったら!」

涙を流しながら希うアイナの言葉を聞き流し、ナイレンは穏やかな表情で動かない左腕の方へ右腕を寄せた。動かない指で懸命に魔導器(ブラスティア)を外し、右手に持ち替えてユーリを呼ぶ。投げた魔導器をきちんと掴んだユーリを見上げ、穏やかだった顔を一変させた。

「ユーリ」
「はい」

ユーリは、ナイレンのあまりに真摯な表情に思わず息を飲む。

「オレにとって、かけ替えのない娘だ。泣かせるんじゃねぇぞ」
「……はい」
「大切にしてやってくれ」
「……、はい」
「アイナを……よろしく頼む」

頭を深々と下げて心の底から出たその言葉は、ほんの少しだけ震えて聞こえた。

「お父さん!?嫌だよ、ひとりにしないで!お父さん!!」
「……行け」

頭を下げたまま低く落ちた音に、メルゾムは唇を噛む。被っている兜を前屈みにして目元を隠すと、ナイレンに背を向けた。

「……あばよ」

天井の落ちる速度が激しくなる。ゆっくりと沈下していた床もナイレンも見えなくなってしまった。

ただ、ひとつ救いだったのは。

「嫌、嫌……!」

無理に引かれて去っていく愛娘アイナの声が、ずっと聞きたくて仕方がなかった声が。

「お父さん!!お父さぁぁぁぁぁん!!嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

限界だったナイレンの耳に最後の最期まで届いていた事なのかも知れない。



「よかった、シャスティル」

目を覚ましたシャスティルが最初に見たのは、自分と同じ顔だった。頭の下に柔らかい何かがあって、ヒスカの膝を枕に気を失っていたのだと知る。まだ軋んで痛む体に鞭打って上体を起こした。

オレンジ色の暮れた空。広がる草原。目の前で座り込む仲間達。その状況は、自分が気を失っている間に任務が終わった事を告げていた。

「助かったんだ」
「うん……終わったよ」

そうか終わったのか、と安堵するよりも前に、シャスティルの視界にアイナの姿が入った。まるで抜け殻みたいに座り込む彼女に嫌な予感がする。もう一度辺りを見回したシャスティルは、やっと人数が足りない事に気付いた。

「隊長はどこ!?」

ヒスカは苦しそうに俯いて、何も答えない。その目元が赤く腫れ上がっているのを見て、シャスティルの背筋に冷や汗が流れた。誰を呼んでも、誰に訊いても何も言わない。ただ顔を歪めて余計に俯くだけだ。

焦った彼女は、フレンの左手に握られているのがナイレンの剣であるのを見て、彼を呼ぶ。けれどフレンは目を逸らし、最後にユーリを頼った。脳を支配する嫌な予感を否定して欲しくて縋るような音になった名前は、シャスティルに背を向けていた彼を振り向かせる。

そして、彼は酷くキレイな微笑で言った。

「隊長……格好よかったぜ」

耐え切れずにヒスカが泣く。全てを理解したシャスティルも両手で顔を覆って泣いた。

大きな声を上げて泣く双子の声を聴きながら、フレンはナイレンから預かったままの剣に視線を落とした。言い表せぬ感情が込み上げて唇を噛み締め、目を閉じる。

するとその時、生気を失っていた草原に緑色の粒が、幾つも光ってふわりと舞い上がった。正常なエアルの色だ。エアルの流れは正常に戻ったのだ。けれど誰も、そんな事を喜べなかった。



月明かりの差し込む中、静寂の中に靴の音が響き渡る。

ゆっくりと、ゆっくりと、一定の速度で響き渡る。

音がピタリと止まった。静寂の中に緊張が混じる。震える指先を叱咤してから、目の前の扉を三度叩いた。

扉が開く。その向こうから現れた人物に向かい、少女は唇を動かした。

「私を実験していたのも、今回の事も……全部あなたの仕業だったんですね」



to be continued...

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