君の傍に

03


「オレは、この下町のために何かしたいんだ。で、この間丁度、騎士団の募集の張り紙を見て……応募しちまった」

意外すぎる告白に、ハンクスが椅子から立ち上がって少し身を乗り出す。

「で!?な、何!?お前が、騎士団!?」
「わりぃかよ」

拗ねたように口を若干尖らせたユーリを見て、ハンクスは無理矢理に冷静を呼び戻した。静かに座り直すと、彼は目を伏せた。

「まぁ、それもいいかもしれんな。わしら下町の人間からしてみれば騎士団は敵にも等しい。じゃが……全ての騎士が下町を虐げる存在でもあるまい。そこの娘さんのようにな。お前が騎士になって下町を守る……そういう道もあるじゃろうて」
「……じいさん?」
「ただ心配なのは、お前に勤まるかどうかじゃ。集団生活に適応できるとも思えんし、規律正しい生活を送れるわきゃないし、何より試験に合格するとも思えんし」

それは、ユーリの性格を熟知しているハンクスのもっともな心配であった。仮に実力があったとしても、態度や口が悪いからと不合格になるに違いない。
しかし、その心配がユーリの未だ揺らいでいた気持ちを定めた。

「……してやるよ」

声が怒りに震える。自分を否定されたような気がした彼の、意地であるだけなのかもしれない。それでも、立ち上がって目の前の机を叩いたユーリの瞳には確かに決意があった。

「試験に合格して一人前の騎士になって、この下町に戻ってきてやる!!」

声を荒げてそう宣言する。
ハンクスが驚いて目を丸くする中、ふわりとシナモンの香りが漂い始めた。



「それでは、これより第一次試験を開始する。受験番号を呼ばれた者は、速やかに前へ出て整列するように。まずは一番から三十番!」

響いた試験官の声に、該当する受験者が疎らに返事をして移動を始める。その中に居ないだろうかと探したアイナだったが、彼女の目には入ってこなかった。気を取り直して、自分の番号を呼ばれるのを待っている受験者の群れを遠巻きに眺める。背の低い方にあたるアイナには、この大勢の中から目的の人物を探すのは困難だ。

「(黒くて、長い髪……黒、黒、黒……黒ってあんまり居ないから目立つと思ったんだけどなぁ)」

思っていたより見付け難くて、がっくりと肩を落とす。

声が出ないと知ると、今まで出会った人は必ず瞳に同情を孕ませた。それが嫌で仕方がなかったアイナに同情も何もなく普通に接してくれたのは、あのユーリという青年が始めてで。だから個人的に、ひと言だけでも応援を伝えたかった。

「(どっか高い所にでも上がって探そうかな……でも、その間に呼ばれちゃうかもしれないし……)」

はぁ、と重いため息を零す。諦めかけたその時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「コーレア!」

声のした方に視線を移すと、そこには今まさに探していたユーリの姿。微笑を浮かべて手を振っている彼の方へ駆け出した。

「なんだよ、コーレア。任務って試験官だったのか?」

頷いてからユーリの手を取って、いつものように掌へ返事を残す。

『二次試験から担当です』
「マジか。じゃぁそん時は、よろしくな」

こちらこそ、と書いていると頭の上から声が聞こえた。男性にしては少し高い音域の声を持つその青年は、ユーリの隣に立っている彼女を見ている。

「えっと、騎士団の方ですよね?お知り合いですか?」
「あぁ。ついこの間、知り合ったばっかなんだけどな。コーレアっつって、喋れねぇからこうやって手に字を書くんだよ。シゾンタニアってとこから、わざわざ試験官しに来たんだと」

ユーリがそう紹介をしてくれたので、アイナは「よろしく」という意味を込めて手を差し出す。自分に差し出された手とアイナの顔とを交互に見ると、青年は笑って握手に応えた。すると何か思い出したようにユーリに視線を移し、彼女の手を放す。

「自己紹介まだでしたよね。僕、ルシオ・モントレイといいます。よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな。オレは……」
「ユーリ」

背後から突然響いた自分の名前。聞き覚えがない音にも関わらず、ユーリは懐かしさを覚えた。

「彼の名前は、ユーリ・ローウェルだよ」

穏やかな口調と声色でもう一度、遠く聞こえてユーリは振り返る。溢れる人の中でも目立つ、鮮やかな金髪の青年。一定の間隔で鳴る靴の音にユーリの鼓動が微かに早まった。
目の前でピタリと止まる。彼は碧眼を細め、口元で僅かに弧を描いた。

「久しぶりだね」
「フレン?お前、フレンか!?」

ふ、と疑問に思ったアイナはユーリの手に指を滑らす。

『知り合いですか?』
「あぁ……まぁな。ガキの頃以来だ」

酷く懐かしそうに言うユーリの瞳は真っ直ぐ、フレンと呼ばれた青年を映していた。アイナはそんなユーリの横顔を少しの間見上げて、それから彼の視線の先に居るフレンを映す。背筋が震えて、目が放せなくなってしまった。無意識にユーリの服をぎゅっと掴む。

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