君の傍に

02


次の瞬間、騎士の制服をまとう見慣れない少女が、三人の中で最もがっしりとした体躯の男の背中を呼ぶように叩く。

振り向いた男が彼女を視界に映すと、そこには無表情のままの少女が居た。

「なんだ、お嬢ちゃんが相手してくれるってのか?」

嫌な笑いを零す三人の男。真ん中の男が少女に向かって手を伸ばすと、彼女は自分の目の前に来たその腕を掴んで、見事な背負い投げを披露した。

「てめぇ、ふざけた真似しやがって!」

飛んでくる拳を次々と避けると少女の銀色の髪が美しく舞い、キラリと何かが光る。背負い投げされた男が起き上がり、気配を消して少女の背後を狙った。
それを見たユーリの体が自然と動いていた。

「お前らこそ、何ふざけた真似してんだよッ」

語尾と同時に襲いかかろうとしていた男の後ろ頭を殴る。振り返った彼の表情は不意打ちを食らった悔しさと怒りに満ちていた。

拳を握って振り上げた直後に正面からユーリの拳が、横からは少女の足が男に食い込む。崩れ落ちるように地に倒れ気を失ったのを見、一番がたいのいい男が腹部を片腕で抱えながら舌を鳴らした。

「行くぞっ」
「お、おう」

伸びてしまった仲間を引きずりながら逃げ去っていく。下町から歓声が湧き上がり、その中で不意に少女がユーリの左手を取った。意味が解らずにきょとん、としていると掌を開いた状態で空の方を向けさせられ、かと思えば少女の指がその上を滑る。

「くすぐってぇ」

思わずそう声を漏らせば、少女はユーリを見上げて困ったように眉を寄せた。掌を滑っていた指が彼女の喉元を示し、少女は首を横に動かす。一連の動きを思案した末、彼はある答えに辿り着いた。

「声、出ないのか」

少女が頷いた事でユーリはやっと理解した。文字を書こうとしていたのだと。それから彼女は再びユーリの掌に目を落とし、そこに文字をひとつずつ残していく。

『加勢してくださって、ありがとうございました』

そう書き終わると、またユーリを見上げて少女の口元が僅かに弧を描いた。しかし、かなり硬い印象を受ける。

「いいって。珍しいな、あんた。騎士だってのに下町のやつ助けるなんて。その制服も帝都じゃ見た事ねぇし」

それを聞いた少女が答えをユーリの掌に書き始める。

『私は任務でシゾンタニアという所から来た、コーレアという者です』

父となってくれたナイレンの言いつけ通り、自らを「コーレア」と名乗るアイナ。一方、ユーリは騎士の中には彼女のような人もいるのか、と無意識に頬が緩んだ。自分も名前を教えようと口を開けた瞬間に、耳慣れた声で名前を呼ばれ振り返る。
案の定そこには、よく知っている白髪と眼鏡のハンクスの姿があってユーリは肩を落とした。

「まったく……何をやっとるんじゃ、お前は」
「ちょっと気に食わねぇやつらだったんだよ」

ハンクスが大袈裟に息を吐く。そこへ遠慮がちに、先程まで文句をつけられていた店主が出て来て深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」
「あぁ、いいって。またやつらが来たらオレに言いな」
「はい。よかったら、このリンゴどうぞ」

ユーリとアイナ、それぞれの手に色鮮やかなリンゴが乗せられる。彼が礼を言った隣でアイナが丁寧にお辞儀をすると、ユーリの手に文字を書き始めた。

『甘いものは好きですか?』



雨が窓にぶつかる音と甘い匂いが室内を包んでいる。
台所を貸して欲しいと書いたアイナに、快くふたつ返事をしたハンクスの家。そこへ、ユーリは強制的に連行された。机を挟んだ向かい側に座るように言われ、渋々腰を落とす。真っ直ぐに自分を見ているハンクスから逃げるように、ユーリは台所へ視線を投げた。

アイナは肩や腕の甲冑を外しており、長い髪には何かの花を模った髪飾りがある。それが銀色の髪を高い位置でひとつにまとめていて、アイナの動きに合わせて揺れていた。

「(さっき光ったのは、あの髪飾りだったのか)」

ぼんやり、そんな風に思った。不意にハンクスが大袈裟に息を漏らす。

「なんだよ、じいさん……説教かよ」
「まったく……血の気の多いヤツじゃな」
「ケンカしたくて、した訳じゃねぇよ」
「そうかもしれんが……お前だってこのままじゃ、ただのチンピラだぞ」
「悪かったな」

一向に目を合わせようとせず彼女の後ろ姿を眺めたまま、言い方は投げ遣り。そんなユーリの態度にハンクスは思わず声を荒げた。

「あんな小さな娘さんだって働いとるんじゃぞ!?いつまでもフラフラしとらんで真面目に働け!」
「わかってるよ……オレだって、いろいろ考えてるんだよ」
「嘘付け」
「ほんとだって!」

今度はユーリが声を大にした。やっとハンクスと目が合う。

「じゃぁ何をどう考えてんだ?」
「さぁな。いくらハンクスじいさんでも……言えねぇよ」

また視線を戻したユーリは先刻までと雰囲気が違っていた。悩んでいるような、迷っているような、不貞腐れているような……妙な空気を身にまとっている。

「いいから、言ってみろ」

努めて優しい口調で諭すようにハンクスが言う。長い沈黙が訪れた。ハンクスはユーリを見詰めながら、じっと待つ。
やがて観念したユーリが、やっぱり目を合わせないまま胸の内を明かし始めた。

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