君の傍に

27


「……エアルが、濃いね」

搾り出した声にユーリや後を追って来てくれたメルゾムや彼のギルドの男達、それにユルギスやエルヴィン、ヒスカの視線が自分に集中する。森に浮かぶ無数の蛍のような赤い光を見回してユルギスが小さく確かに、と言った。

「通常エアルは緑色だが、異常な濃さになると赤く変色すると聞いた事がある」
「木が枯れたのも生き物が凶暴化してるのも、このエアルが原因か?」

メルゾムに問われてユルギスが沈黙する。普通、騎士団とギルドは馴れ合わない所か対立しているのだから無理もない。今はそんな場合ではないのに、腹立たしいと思っているのを全面的に出した声色でユーリが急かすと、ユルギスが静かに口を開いた。

「……我々は、そう考えている」
「ったく、今更隠してどうなるってんだ」
「そうだね……今は、騎士団とかギルドとか言って無駄にいがみ合ってる場合じゃない」

イライラした様子で零したユーリの言葉をアイが肯定する。直後、アイナは繋いでいた手を解いて剣を構えた。僅かだが葉の擦れる音が聞こえる。警戒を促そうとアイナが口を開いた、次の瞬間だった。

「うわぁ!お、親分!!」

長い悲鳴が轟き、草むらを速いスピードで何かが駆け抜ける。まるで大蛇でも通ったような跡が続いていた。視界に入るけれど遠い草むらで血飛沫が上がる。それを見てやっと一同はメルゾムの部下がひとり、何かに襲われたのだと知った。仲間をやられてメルゾムが跡を追えば、ユーリとアイナが彼を呼んで追う。静止を促すヒスカの声を振り払って見付けたそれは、狼かそれに似た類の魔物に食い殺された男の死体だった。

「くっそぉ!こんな危ねぇやつが、街の近くにまで現れるとは」

その酷い死に様にユーリもアイナも顔をしかめる。そこへ、威嚇するように唸る声が届いて顔を上げた。見慣れた甲冑、耳。あれは、そうだ。遠くたって紛れもない。

「ランバート!」

安堵を孕んだ声でユーリがその名前を呼んで駆け寄ろうとする。しかし、掴んで止められたか細い腕に、踏み出しただけで足を止めた。呼んでみるが応えはない。

「ランバート……アルフォンゾ……ジョン……そんな、なんで……!」

悲しみと困惑に塗り潰されたアイの目の前で、ランバートが顔を上げた。赤く染まったその瞳にいつもの彼は欠片も感じない。

開けられた口から滴る血に、アイナはもうランバートと並んで歩く事は叶わないのだと悟った。

大きな身を起こしたそれは、先端からフェドロック隊の軍用犬達の上半身が飛び出ている。真ん中にはランバート、右にはアルフォンゾ。左に居るジョンはもう、首から下を飲み込まれてしまっていた。

つい先刻街のすぐ傍に現れた赤い、あの大蛇のような魔物に間違いはないのだが、その信じられない光景を目の当たりにして一様に息を飲む。

その異様な魔物が突然ぐん、と勢いを付けて真っ直ぐ向かって来てもユーリは動けない。だってランバートが、魔物の一部みたいになっているなんて信じたくはない。

耳慣れない声に叫ぶように名前を呼ばれたユーリは地面に転がった。ほぼ同時にユーリの上に倒れこむ重みを見れば、そこにはアイナの姿があって。大丈夫か、と問おうとしたのを男の悲鳴に遮られた。

赤い大蛇が男の悲鳴と共に天へ上っていく。生い茂る木の葉の隙間から空は見えなくて、様子を伺えない。しかしその姿が見えなくなって間もなく、ユルギス達の頭上から大量の血の雨が降り注いだのを見て、またひとり死んだと嫌でもわかってしまう。

慌てて立ち上がったユーリの目の前に、赤い大蛇に取り込まれたランバートの姿があった。彼は特に仲のよかったユーリにすら牙を剥き、声を出して威嚇する。

「ランバート……」

わらかなく、なってしまったのだ。もう声が届かないのだ。赤く染まった瞳にいつもの優しくて賢いランバートの面影はまるでなくて、ユーリは酷く悲しくなった。

その変わり果てたランバートの背後で、血の雨を浴びたヒスカは赤く染まり雫の滴る己の両手を見ていた。髪にも顔にも服にも肩にも、血、血、血。これを、あのランバートがやったなんて。

「ああぁぁぁぁっ!!」

ヒスカは悲鳴を上げずにはいられなかった。すると鋭く細めていた目を丸くして、彼らはヒスカを見る。今度はヒスカに狙いを定めたのだ。またもの凄いスピードで襲いかかる。そう思っていたが一向に動かない。

「グルルルルル……」

喉を唸らせて、一点を睨み見ていた。ユーリ達の目が自然とその視線を辿る。

「ランバート!!」

ヒスカを守るように、いつの間にかユーリの傍から消えていたアイナが両手を懸命に横に広げて立ち塞がっていた。

「ランバート!!」

強い目でランバートを見詰めて逸らさず、ただランバートの名前を叫んでいる。口から血を滴らせているランバートは、相変わらず喉を唸らせてアイナを睨み見ていた。

緊迫する空気。張り詰めたそれを破ったのはアルフォンゾとジョンだった。

「ガウッ!!」

大きく口を開けてアイナに襲いかかる。

「アイナッ!!」

ユーリもメルゾムも彼女を呼んで駆け寄ろうと地を蹴った。また血飛沫が上がる。誰もが目を疑った。

轟いた悲鳴は、ふたつ。アルフォンゾとジョンだった。短いそれを上げて、それきりアルフォンゾもジョンも、ぐったりと動かなくなる。

ランバートが、アルフォンゾとジョンの喉を噛んだ。噛んで息の根を止めた。しかし、なぜ理性を失っている様子の彼がそんな事をしたのかわからない。これでは、まるで襲いかかる二匹からアイナを守ったみたいじゃないか。

どうしたというのだ。誰もが酷く混乱する目の前で、ランバートは更に謎の行動を始めた。自分の腕を噛んだのだ。

「ガァァァァァッ!!」

噛んで、叫んで、噛んで、叫んで、噛んで、叫んで。木に突進して頭を打ち、叫んで、大きな岩に突進して頭を打ち。そんなランバートの姿に彼の真意を悟ったのは、誰だったのだろう。

「ランバァァァァート!!」

剣を構え直したユーリが大きく地を蹴る。

「(ランバート……ごめん……!)」

黒い髪がなびいた。



顔を出した月が黒雲に覆われる。遠くの空が光って、僅かに雷独特の音が聞こえた。それ以外に耳に入ってくるのは、自分の靴音だけ。

目の前の柵を左手で開けた。すると視界に入る剣の柄に、眉を寄せて持ち直す。目の奥に残像が残っていた。耳の奥に音がこびり付いていた。

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