君の傍に

21


「フレンは、コネ使えば早いかもよ。お父様も騎士だったんでしょ?」
「実力で手に入れますよ」

視線を逸らして、不機嫌そうにフレンは言った。息子が父親に対抗心を燃やすのは、そう珍しくない。フレンもその類だろうと思うと、普段しっかりして年下だという事実を忘れてしまうフレンが、年相応の男の子に見えた。そんな様子にシャスティルはまた笑う。一方、常に年相応というか、誰に対しても態度を変えないユーリに、ヒスカはまだ手を焼いていた。

「勉強のために見せてくれよ」
「まずは口の利き方、直しなさいよ」

すると、わざとらしく姿勢を正したユーリが大きく口を開いた。

「見、せ、て、く、れ、よ!」
「馬鹿にしてんの!?」

すっかりユーリに乗せられた事もわからない怒れるヒスカは、門の向こう側――街の外で昨夜と同じ構えを取る。その腕に着けられた魔導器(ブラスティア)が淡い輝きを帯び始めた。その光は花火が上がるみたいに天を駆け上がる……と、言えたらよかったのだが、生憎ヒスカの魔導器が放った光は弱々しく空を右往左往して、情けない音と共に弾けて消えてしまった。そうなるとユーリのコメントは、生憎ひとつしかない。

「ショッボ!なんだ、あれ。レベル低っ!」
「あれだけの魔術は、コーレアが居てくれないと出来ないの!それに、あたしらは回復と防御系が得意なのよ!」

ヒスカがそう言っても、ユーリの口からは乾いた笑いが零れて呆れられている。これ以上馬鹿にされて堪るかと、ヒスカは双子の姉を呼んだ。すると彼女は小さくため息を零してこちらへ来る。もう一度構えたヒスカの背を支えるように腕を回すと、空いたもう片方の手を彼女の魔導器にかざした。

「魔導器は、こういう使い方も出来んのよ」

途端にふたりの体が微かに光を帯びる。目の前に陣が浮かび、そこから勢いよく飛び出した強い光を帯びた矢のような輝きは、まっすぐに空へ向かって弾けた。

四方に散った光を眺めながら「お〜」と声を漏らしたユーリが、あまりやる気の感じられない拍手をしている。

それを丁度、森の様子見を終えて戻ってきたアイナとナイレン、ランバートも見ていた。ナイレンは顔をしかめ声を出す。

「なぁにやってんだ、危ねぇなぁ」
「え、隊長!?」
「どうしたん、ですか……?」

やばい、と表情に貼り付けたヒスカの後にシャスティルが、申し訳なさそうに尋ねる。ナイレンが森の様子を見てきた、と短く答えている間に、ユーリの足元に居たラピードが走り寄ってきた。

尾を振ってアイナとランバート、双方に頬擦りをしている。アイナがしゃがんでラピードの首をくすぐれば、ラピードはもっと甘えたくてその場に寝転がった。出した腹をアイナが撫でると、嬉しそうにラピードが鳴く。ひとしきり甘えて満足したのか、ラピードはまた跳ねるように駆けてユーリの足元に戻った。勝手にユーリの足にじゃれ始めて、それをアイナが穏やかな表情で見守っている。

嗚呼、随分と柔らかく笑えるようになったものだ。ナイレンの胸を歓喜が支配する。もう年なのだろうか。ユーリとフレンが赴任してから日に日に表情豊かになっていく娘を見るたびに、その著しい変化が嬉しくて、嬉しくて涙が出そうだった。それを押し殺して、ナイレンは声を張る。

「固まってないで巡回行って来い!」
「はい……」

ユーリ以外が声を揃えて返事をした。それからさっさと街に入って、開いていた門を閉め終えるとシャスティルとヒスカは、それぞれ巡回へ向かう。

アイナはナイレンとランバートと、真っ直ぐ宿舎へ戻るのだろう。彼らと並んでユーリやフレンの前を歩いている。そこへ、この街に住む太ったおじさんが現れた。

「あぁ、隊長さん。コーレアちゃんも、これ持ってって。森で狩りが出来ないから大したもんないけどね」
「すまんな。なるべく早く森へ行けるようにすっから」

おじさんが差し出したのは、大きめの青い包みと、小さめの薄紅色の包みのふたつ。弁当だろうか。ナイレンは青い方を受け取り、アイナは薄紅色の方を受け取って微笑む。ランバートはその包みを見上げて鼻を寄せ、クンクンと臭いを嗅いで長い尾を振った。その光景をユーリとフレンは並んで呆然と見詰めていた。すると顔だけこちらに向けたナイレンと、体半分をこちらに向けたアイナと目が合って我に返る。

「ガリスタんとこ行ってくる。後、頼んだぞ」
「は、はい」
「あ、アイナ!ラピード連れてってくれよ」

ラピードは言葉を理解したのか、ユーリを見上げながら後退りして背後に隠れた。アイナとランバートが顔を見合わせる。それから彼はこちらへ歩み寄ってきた。ナイレンがおじさんに短く別れを告げて去れば、アイナも柔らかく笑いながらユーリとフレンに「バイバイ」と手を振りながら歩き出す。

抵抗するラピードの首根っこをくわえて持ち上げると、ランバートはふたりの後に続いた。持ち上げられたラピードはランバートが歩く度に、小さな体がプラプラ揺れている。アイナの目前に辿り着いたランバートはくわえている息子を彼女に渡し、定位置である右隣へ移動した。

アイナがまた、ユーリとフレンとを見る。細い左腕でラピードの小さな体をしっかり抱き締め、右腕を大きく空へ向かって伸ばして振って笑っていて。そのまま歩くから転ばないかハラハラしながら、ユーリもフレンも見送った。

くるり身を翻したアイナは小走りでナイレンに寄って行き、その左隣に立つ。彼らが歩く時はいつもそう。左から順にナイレン、アイナ、ランバートと横に並んで彼女を守るように寄り添っている。並んで歩く彼らは、二階の窓から身を乗り出したおばさんだったり、広場で遊んでいた小さな子どもとその母親だったり、とにかく頻繁に話しかけられていた。

ナイレンが話し込めばアイナも会話に参加するみたいにそれを見ていたり、それをきちんとお座りして待っているランバートは、群がって来た子ども達に背中から抱き付かれたりしている。

騎士と住人が、とても親しげに話している――そんな風景は、帝都では一切見た事がないと言っても過言ではなかった。少なくともユーリもフレンも、貴族に媚びてそれ以外は適当に、貧しい者は見下すという、そんな騎士しか覚えがない。

「仲よくやってんな。帝都に居た騎士団じゃ考えられねぇ」

ナイレンもアイナも、そういう事をするような人では決してないと知っているけれど意外な光景で、ユーリは思わず呟いていた。するとさっきのおじさんが教えてくれる。

「小さい街だからねぇ。協力しないとやってけんのさ。それにあの人、騎士団の隊長っぽくないし。コーレアちゃんは銀の戦乙女なんて、なんかすごい異名付けられてるけど、なんにもない場所ですっ転ぶし。ま、要はあの親子の人柄なんだろうね」

ナイレンはアイナと、結界魔導器(シルトブラスティア)のある広場で母親に抱かれる幼い子どもをあやしている。それを眺めながら穏やかな顔で話してくれたおじさんからおも、その光景からも目を逸らして、吐き出すようにフレンは言った。

「早く森に行けるようになんて、安請け合いしすぎです」

怒ったみたいに身を翻して仕事に向かってしまう。取り残されたユーリはおじさんと顔を見合わせて、誤魔化すように乾いた笑いを零した。


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