君の傍に

20


ユーリの朝は、フレンよりも早い。

それは赴任地にある駐屯地の、彼らに割り当てられた部屋で寝る時に限るのもフレンは知っている。その理由がひとりの少女である事も。それは初陣を終えたばかりの今朝も同じであった。任務終了後に部屋に戻って来たら、ふたり共すぐに眠ってしまって。そのフレンよりも先に起きて、部屋に備え付けの風呂で入浴を終えている。フレンも今し方、昨夜流せなかった汗を流して準備を終えた。

ドアを開ける。入る時には寝ぼけていて気が付かなかったが、寝室と洗面所を繋ぐドア付近にいくつも水滴があった。

注意しようとユーリを視界に捉えれば、これから巡回警備があって集合時間も近いというのに軽装用の騎士団服のまま、窓辺の椅子に座ってグミを頬張っている。その膝の上に、この頃何かをくわえて持って歩くというマイブームを持っているラピードが居るではないか。

ちなみに今日くわえているのは二枚だけ葉の残った小枝だ。と言うか彼は本来、ここに入ってはいけないというのに何をやっているのだ、この男は。それにいつもなら、さっさと着替えて勝手に居なくなっているというのに何事だ。いつもの素早さはどうした。そんなイライラを込めてフレンは口を開く。

「いつまでそんな格好してるんだ」
「ちょっとくらい大丈夫だよ。細かいなぁ、お前は」
「それと床!」
「あぁ、不幸だなオレ。赴任先が同じ部屋も同じ。嫌がらせだぜ、きっと」
「それはこっちのセリフだ!!いつもアイナに早く会いたくてちゃんと準備するクセに、どうして今日はそうのんびりと……」
「ドアに手紙が挟まってたんだよ。今日は朝早くから隊長とランバートと一緒に森の様子見てくるから、ラピードが寂しくないように一緒に居てやってくれってな」

ユーリは机の上に上げていた手紙を摘み上げて、見せびらかすようにヒラヒラ揺らす。その言葉で、彼女に紙で頼まれた通り早々にラピードを迎えに行った事を知った。それがまたフレンの怒りをかき立てる。

「君は……アイナの前でばかり格好付けすぎなんだ!」
「好きなんだからいいだろ、別に」
「よくない!彼女の前だけじゃなく、普段からしっかりしろって言っているんだ」
「だってアイナが居ないと気ぃ乗らねぇもん。つか、お前アイナ呼び捨てにしていいのかよ。先輩だろ?」
「僕の場合、そのアイナ本人に止めるよう言われているんだ。呼び捨て敬語なし。じゃないと、拗ねて無視されてしまうからね。僕は、ユーリと違って彼女に、兄のように慕われているから」

嘘は言っていない。ふたりきりになった時、アイナ自身に教えてもらったのだ。

自分の仕草や雰囲気は元の世界で大事にしてくれた、実兄とそっくりだと。だから自分に敬語で話されると寂しくなるのだと。それを打ち明けられてから、意識的に敬語を止めた。等身大の自分でアイナと向き合おうと思って。しかし、つい敬語を使うと彼女は拗ねて目も合わせてくれない。

それをも愛しいと思うフレンの気持ちは、ユーリが彼女に抱くそれと違う。フレンの中に芽生えていた蕾に「親愛」という名前が付いて初めて、彼はアイナを妹のように想っていると自覚した。だからフレンは、ユーリがアイナを好いている事が嫌だった。自分の事を慕っていると言った途端、思いっきり眉を寄せて口を尖らせるようなやつに妹を渡したくない。まだ恋人でもない、親しい友人であるのに自分の恋人みたく嫉妬して思いっきり顔に出すなんて厚かましい。

この男、今すぐぶん殴っていいだろうか。というか今すぐにこの不真面目で中途半端なやつを殴りたいと感じたフレンの拳に力が入る。もう我慢できない、殴ろう。そう決めたフレンを止めるかのように部屋の外からドアがノックされた。

入るわよ、とシャスティルの声が聞こえてから空いた扉の向こうにやはり彼女が居る。シャスティルは眉を少し吊り上げて、ノブを握るのとは反対の手を自分の腰に当てた。双子なだけあって怒った顔はヒスカとそっくりだ。

「何やってるの?時間でしょ!」
「急げ〜」

のんびりした口調でヒスカが急かす。フレンが丁寧に頭を下げて謝っても、ユーリが謝る事も準備を急ぐ事もなかった。



ユーリ達が担当する今日の巡回警備は、昼前から一般的な夕食の時間まで。昨夜の作戦終了後すぐの担当だった副隊長ユルギスに、ユーリとよく衝突するエルヴィンというナイレン隊一番の大男、知的なクール野郎に見えて実は裁縫が得意という意外性抜群なクリスの三人と交代だ。

ヒスカは悪い予感はしていたが案の定、巡回警備に向かう途中の道で遭遇したユルギスとエルヴィンによって、それは確信に変わろうとしていた。

「遅ぇよ」
「クリス残しるから、引き継ぎ頼む」
「はい」
「ユーリ、昨日みたいにひとりで突っ走るなよ。コーレアに嫌われるぞ」

特に反論も何もせず、唇を尖らせただけのユーリにヒスカは内心安堵する。何事もなくそのまますれ違って。一方は駐屯地へ、もう一方は巡回警備へ向かって足を進めた。が、突然ユーリが身を翻して速い歩調でエルヴィンを追う。やっぱりか!と三人と子犬一匹でそれを必死に阻止して、ユーリを引き摺って目的地へ急いだ。

待たせていたクリスからの引き継ぎを終えると、すぐにユーリの説教が始まる。シャスティルとフレンが、スイッチを押して門を閉めていた。その音を耳にしながら、ヒスカは早速声を荒げる。そんな事関係なしにラピードはユーリの足に頬を摺り寄せて、遊んで欲しいとアピールしていた。

「あんたね、いちいち問題起こすの止めてくれる?」
「ユーリは人気者ですから」
「うるせ、お前の嫌味は聞き飽きた!」

横から口を挟んだフレンを睨み見るが、言うだけ言っておいてユーリを無視している。その様子にまたむっとしながら、無視されているので自分もそれ以上は無視する事に決めた。それより、とユーリは説教を続けようとしているヒスカの腕に着いた魔導器(ブラスティア)を指差して話題を逸らす。

「な、魔術見せてくれよ」
「はぁ?今、必要ないでしょ?」
「昨日、ひっくり返ってて見えなかったんだよ。新米じゃ支給してくんねぇし」
「新人だって支給される事もあるわよ。コーレアがそうだもん。あの子みたいに、魔導器を受け取るに相応しいと思わせるような実力を示せれば、だけどね。まぁ、あんたは一生無理かもよ」

まるで自分の事のように胸を張って自慢するヒスカに、シャスティルはクスクスと笑う。同期の騎士として、友として、とても誇らしく思っているのはシャスティルも同じだった。けれどシャスティルは、それ以上アイナに関しての話を広げずにフレンを見る。

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