君の傍に

15


『ちゃんと荷物、持って来れなくてごめんなさい』
「そんな事気にしなくていいんだよ。コーレアちゃんが無事で本当によかった」
『けど、それじゃぁ私の気が済みません。せめて損失分、ここで働かせてください』
「え、えぇ?それは構わないが……コーレアちゃん、お父さんの許可はあるのかい?」

つい押し黙って、控えめに首を横に振る。彼は優しく、けれど諭すようにアイナの肩を叩いた。
店主の言いたい事がわかって、彼女はしゅんとなる。彼がその言葉を発するより先に、店の奥から女性特有の高い音域が聞こえてきた。

「店長の話し声がすると思ったら、やっぱりコーレアが来てたんだ」

現れた女性に会釈する。彼女は、この酒場唯一の店員であり店長の娘エリノア、アイナの数少ない友人のひとりである。

「コーレアの事だから、昨日の損失金額分をここで働いて返させてくれって、お父さんの許可も貰わずに来たんでしょ」

正直に頷いて見せると、エリノアは肩を落とした。彼女には敵わないな、どうしてわかったんだろうと思う。

「あのね、昨日の荷物は支払い前だしここに届く前の話だから、注文先の損失なの。コーレアが気にすることなんて何もないのよ」
「そうだよ、コーレアちゃん」

でも、それでは気が済まないとアイナは首を横に振る。エリノアが先刻より重い息を零した。

「わかってるわ。コーレアは、自分が頼まれた物をちゃんと持って来れなくて悔しいのよね。だから、少しでもこの店の助けになりたい。違う?」
『違わない。エリノアの言う通りだよ』
「もう、ほんと馬鹿みたいに真面目なんだから。仕方ないわね……アイナ、どうせだったらお父さんが断れないような、可愛い格好して頼みに行かない?」

エリノアの目がなんだかキラキラしている。アイナは、なんだか嫌な予感しかしなかった。



アイナは走っていた。それはもう、出来る限り全速力で宿舎の廊下を走っていた。
向かっているのは父の居るであろう隊長室。そこにナイレンが居なかったら、なんて可能性を考える余裕は存在しなかった。原因は彼女の今現在の格好である。

黒いエプロンドレスはいいとしよう。エリノア自身も酒場で働く時に着ている、言わばあの店の制服だ。

しかしながら、なぜこんなふわふわの白い猫耳のカチューシャまで着けなくてはいけないのだ。

「(エリノアの馬鹿、エリノアの馬鹿、エリノアの馬鹿っ!)」

心の中で文句を言いながら目的の扉を乱暴に開けた。部屋の奥でナイレンが目を丸くしたままキセルをくわえている。

「な、なんだぁ?アイナ、お前その格好……」

寄っていく歩調も、手を握るのも荒い動作で行ってしまう。いつもならこんな風にはしないが、今は恥ずかしさを紛らわすので、いっぱいいっぱいだ。

『エリノアのお父さんの店、しばらく手伝う』
「あぁ……あれか、昨日の。いいぞ。どうせダメだって言ってもやるんだろ?」
『だって頼まれたのに、ちゃんとお店の物持って来れなかった。だからエリノアやエリノアのお父さんのお手伝いしたい』
「それは構わないが………アイナ、その格好でやるのか?」
『エリノアが、喋れないし表情硬いんだから、これじゃないとダメって。やめた方がいい?似合わない?』
「いや、似合ってるんだがな、せめて…………まぁ、いい。今夜から手伝うのか?」

大きく頷くと、ナイレンが「そうか」と言って頭を撫でてくれる。

「あんまり、遅くならないうちに帰れよ。いいな」

わかってるよ。そう書き残したアイナは、来た時のように荒々しく部屋を出て全速力で走った。
エリノアに押し付けられた、こんな恥ずかしい格好をナイレン隊の誰にも見られたくない。だから懸命に足を速く動かした。

けれど、きっと今日は運が悪いんだろう。角を曲がった途端、誰かと思いっきりぶつかって尻餅をついた。自分の方に勢いがあったし、前をよく見ていなかったのも自分だから文句も言えないけれど、やっぱり痛い。

「すみません、大丈夫ですか?」

正直言って大丈夫じゃなかった。一番強くぶつかった鼻が痛い。しかし、そんな事よりも耳に入った声に嫌な汗が出てくる。恐る恐る顔を上げると、申し訳なさそうな顔で手を差し伸べるフレンの姿があった。

今の格好が制服か私服だったら、彼の手を迷いなく取って「ありがとう」と掌に書き残す事が出来ただろう。だが、こんな格好を見られてしまって恥ずかしくて、フレンの手を素直に取れなかった。ためらっている間に握られて、引っ張られる。

少し言いにくそうに、フレンはアイナの格好を見ていた。

「あの……先輩、その格好は、いったい……」

聞かないで、という意味を込めて両手でフレンの口を塞ぐ。なんだか顔が熱い気がした。

「どうしたのか、よくわからないですが……とても似合ってますよ、その格好」

彼は褒めているのだろうか。お世辞だとしてもお礼なんて言いたくない。本気で言っているならなおの事言いたくない。

「白だと先輩の髪に溶け込んで、本当に生えてるように見えますね」

確かに銀色の髪に白い猫耳だとそうかもしれない、と一瞬でも思った自分をアイナは批難した。
そこへ追い討ちをかけるように、また声が聞こえてくる。

「ワン、ワンッ!」
「待てって言ってんだろ、ラピード!!」

少し弾んだラピードの声、それを追う少年の声、バタバタと駆ける足音。追っ手から逃げ切ったラピードが、いつものようにアイナの足に頬を寄せて擦る。それはもう、とっても、とっても可愛くて可愛くて仕方ないけれど、これで今日は厄日決定だ。

「ラピード!宿舎ん中、勝手に入んなってさっき言」

息を切らしながら中途半端な所で発現を終えたユーリと、思いっきり目が合った。見る見るうちにユーリの顔が赤く染まっていく。

「あ、な、おま、ちょ、それ」
「とりあえず一回落ち着かないか、ユーリ。喋れていないよ」
「だってこいつ、か……!」
「か?」

訊き返されて言葉に詰まる。ユーリの泳いでいる視線が、やたらとある部分に到着していた。それに気が付いたフレンが閃く。

「まさかユーリ……彼女の格好がツボにハマったとか?」
「バッ……そんなんじゃねぇよ!!」
「でも君、さっきからチラチラ見ているよ?好きなの?猫耳」
「な、そ、んなんじゃねぇよ!オレはただ、トータルやばい可愛いなって思っ……!」
「へぇ、トータルやばい可愛いな、ね」

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