君の傍に

14


ユーリとフレンの目の前で突然、アイナがナイレンに怒鳴られた。

「この、馬鹿娘がぁっ!」

あまりに大きな声に、その場に居た全員が思わず何事かと凝視する。そんなのお構いなしにナイレンは、宿舎内にある食堂で説教を始めた。するとユーリとフレン以外の騎士達は、半ば呆れた顔をして各々食事やら片付けやらに戻っていく。シゾンタニアの騎士団でこの光景は日常的なのか、定かではない。けれど食堂の空気は「あの親子またやってるよ」という感じである。その空気を、ナイレンが気にする様子もなかった。

どうして暗くなる前に引き返さなかった、倒れるような無茶をするな、どれだけ心配したと思っている、いつも無茶ばかりしすぎだ。
そんな事を捲し立てられている間、アイナは肩を小さく縮めていた。少しだけ俯いてはいるものの、ナイレンの話をきちんと聞いては頷いている。

ひと通り説教を終えたのか、ナイレンは息を吐き出した。くしゃりとアイナの頭を撫でると、彼女はナイレンを見上げる。目が合うと彼は優しく細めて娘を抱き締めた。

「本当に、無事でよかった」

心の底から湧き上がって出た言葉に、アイナは再び涙が溢れそうになってしまう。ぐっと堪えながら逞しい父の胸に額を押し付けた。ぽんぽん、と優しく背を叩かれて心地いい。

「ほら、さっさと飯食って仕事しろ」

大きく頷いたアイナを見て安堵すると、ナイレンは未だ状況が掴めませんと顔に書いてあるユーリとフレンの間をすり抜けた。そのまま食堂を出て行く。振り返ったアイナが、きょとんとしたままのふたりに手招きをしていた。それにフレンより先に反応したユーリが彼女に歩み寄る。

「なぁ、もう仕事して大丈夫なのかよ。今日は休んでた方がいいんじゃねぇの?」
『大した仕事じゃないから、いいの。大丈夫だよ』

アイナが静かに首を横に振って、ユーリの掌にそう残す。彼らしくなく渋ると、フレンが隣に来た。ユーリの反応でなんとなく、彼女が書いた内容がわかったのだろう。彼女を憂いを帯びた瞳で見ていた。

「無理しないでください。僕とユーリで代わりますから、今日は休んでいた方がいいですよ」

諭すようにフレンは言うけれど、アイナは決して首を縦には振らなかった。ユーリに言われても、フレンに言われても。それどころか、彼女はユーリの手を取って彼らにとって予想外の言葉を残した。

『じゃぁ、今日は一緒に仕事する?』
「は?つーか何、お前の仕事って」
『厩舎の掃除とか、馬の世話とか、武器や甲冑の手入れとか、そういうの』
「なんだ、オレ達と同じ仕事なんだな」

ユーリの発言にアイナは目を丸くする。きょとんとした表情で瞬きを繰り返し小さく首を傾げて、いかにも「そうなの?」と言いたげだ。
無意識に「可愛いな」という言葉が喉から出かけて、ユーリは慌ててそれを飲み込んだ。誤魔化すように彼女の髪を乱暴に撫でる。

「じゃ、一緒にやろうぜ。三人でやれば、それだけ早く終わるだろ?」
「昨日は面倒臭くなって、途中で投げ出したくせに……よく言うよ」
「うっせーよフレン」
「本当の事だろう?まったく、格好付けるのだけは立派だな、ユーリは」
「ちょっと黙ってろ、陰険野郎!」

アイナが笑ったように見えた。



朝食兼昼食を終えてすぐ仕事に取りかかった三人は、アイナの提案で厩舎の掃除と馬の世話を分担する事で、同時進行させた。昨日よりも短時間でそれらを済ませる事が出来たユーリとフレンが「昨日もこんな風に分担すればよかった」なんて同じ事を考える。しかし、互いにそれを口にする事はなかったし、まさか同じ事を感じたなんて思いもしなかった。

それから犬舎に戻っていたラピードを迎えに行って抱くと、そのまま武器庫へ向かう。アイナを真ん中に挟んだ状態で三人並んで座って、剣と甲冑を磨いた。

黙々と手入れをするアイナの膝の上で、ラピードが気持ちよさそうに眠っている。

「ワンッ……ワフ……」
「……なんだ?今の」
「さぁ……でも、寝ているみたいだね」

思わず手を止めて、アイナの膝の上を見た。ラピードは腹を上にして、とても気持ちよさそうに眠っている。状況から判断するに、今のは寝言らしい。

「……犬も寝言、言ったりするんだな」
「ワフッ」
「……みたいだね」

アイナはラピードの寝言に慣れているらしく、自分が磨いている剣から視線を逸らさないし手も休めない。
ラピードもよく、武器を扱っている人の膝で無防備に腹を出して眠れるものだ。それだけアイナを信頼している、という事なのだろうが。

ユーリとフレンに比べて随分小さい背丈だが、アイナの仕事はふたりよりもずっと丁寧で早い。それを裏付けるように、三分割にした武器や甲冑が次々と減っていった。ふたりがやっとの思いで半分終えた頃には、アイナの分はなくなっていて。ユーリの分とフレンの分と、残っている物を交互に取っては磨いていく。つい忘れてしまうが、慣れた手付きを見ていると彼女が先輩であると思い知った。

声の出ないアイナが真面目に仕事をしているので、特に話もしない。
ただラピードが時折、寝言を言ったり寝返りを打ったり、起きてユーリの髪で遊び出したり、飽きてまた眠ったりするのが愛らしくて和んだ。

日が沈み始める頃、アイナが背伸びをした。ユーリは欠伸をし、フレンは小さく息を零す。地味だけれど厩舎の掃除や馬の世話よりも、なんだか疲れる仕事だ。

「あー終わった、終わった。なぁ、今日の分の仕事ってこれで終わり?」
『うん、終わり。私、これから行かなくちゃいけない所があるの。だから、ラピードお願いね』

ユーリの掌にそう残して、彼女はラピードを差し出す。思わず彼を受け取ると、アイナはラピードの頭をひと撫でして行ってしまった。

アイナの足は、そのまま宿舎の敷地を出て真っ直ぐある場所へ向かう。すれ違った街の人が声をかけてくれる度に手を振って返した。そうして辿り着いた目的地には、営業準備中の札がぶら下がっている。その扉を開けて中へ入ると、一昨日会ったこの店の店主が居た。

「あ、コーレアちゃん。昨日はすまなかったね、危ない目に遭ったんだって?大丈夫だったかい?」

頷く。静かに店主の手を取って、いつも通り文字を残していった。

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