君の傍に

12


「ヒスカ、お前はこいつの着替え、させてやってくれ。たぶん、明日の昼頃まで目ぇ覚まさないだろうし、血だらけの服着たまんまじゃ可哀想だ」
「はい。行くわよ、ユーリ」
「お、おう」

ヒスカと呼ばれた少女はナイレンから差し出された服を受け取って、ユーリとユーリの抱く少女と共にその場を離れていく。フレンは自分も何かしたくても、何をしたらいいかわからなくて立ち尽くしていた。

自分には今、何も出来る事がないのだろうか。そう考えた瞬間また脳裏に蘇る、コーレアが溢れて止まらなくなった涙を懸命に押し殺そうとする姿。

自分は彼女に何もしてやれないのか。思ってしまえば悔しくて、フレンは無意識に拳を握っていた。

「フレン、お前も一緒に行ってやってくれ」
「え?」

唐突にそう言われて戸惑う。本当はすぐにでも「わかりました」と頷いて駆け出したい自分が居る事に、フレンは余計に動揺した。更に追い討ちをかけるようにナイレンが深々と頭を下げる。

「た、隊長!?」
「頼む、アイナの傍に居てやってくれ。お前じゃないとダメなんだ」
「……っ!」

自分じゃないと、ダメ。
ナイレンのそのひと言は、自分自身の感情にすら困惑を隠せないでいるフレンを突き動かすには充分すぎる言葉だった。

返事をするのも忘れて遠く、小さくなってしまったヒスカとユーリを追う。先を行くふたりを見失わないように、というよりも早くあの少女の傍に行きたいという気持ちの方が彼の中で大きかったのかも知れない。室内で走る、なんて子どもの頃だってしなかった事を今まさにフレンは行っていた。

追いついた所で、上がった息を整えながらユーリと歩調を合わせる。フレンの様子に驚いて目を見開いたユーリが何か言おうと口を動かしたが、結局は何も言わなかった。

ガチャリと扉を開けたヒスカが、部屋の中に入っていく。

「ここに寝かせてあげて。後はあたしがするわ」

ポツンとひとつだけあるベッドの前で言うヒスカに従い、ユーリはそっと少女をベッドに寝かせた。少し髪に触れてみる。少女の髪はふわふわと柔らかくて、それでいてサラリと滑らかで手触りがとてもいい。

もう少しだけでも触れていたかったけれど、ユーリはその衝動を押し殺して部屋を出た。ゆっくり、そっと扉を閉める。扉の向かい側にある壁に背を預けて立っているフレンに、ユーリもなんとなく、少し距離を開けて並んだ。

会話をする気は起きなかった。それはフレンも同じなんじゃないかとユーリは思う。無意識にため息が零れた。

何が起こっているのか。きちんと理解するには情報が足りない。

ただあの少女がコーレアで、コーレアはアイナとも呼ばれているのだという事だけはわかった。どうして髪の色が違うのかとか、わからない事はたくさんあったけれどユーリにはあの少女が自分の知っているコーレアなのだとわかればそれでよかった。

「(大丈夫かな、コーレアのやつ……)」

ユーリとフレンの間に沈黙が続く。静寂が重々しかった。その空気がユーリに先刻の記憶を呼び起こす。血を吐く姿、苦しそうに呼吸する姿、かすかに微笑んで「ありがと」と唇の形だけで伝えてくれた姿。それらが次々と彼の目の奥で再生された。

ラピードの声で我に返る。彼は、着替えを終えて来たナイレンの腕の中でユーリを見ながら尻尾を一生懸命振っていた。バタバタと暴れていると下ろしてもらえて、そのままユーリの方へ真っ直ぐぴょこぴょこと走ってくる。

勢いをそのままに彼の足に飛び付いたラピードが更に尾を振った。頬を摺り寄せてくるラピードを片手でひょい、と持ち上げるユーリ。片腕抱くとラピードは急に大人しくなった。大きく欠伸をして、むにゃむにゃと口を動かす。かと思えば目蓋を下ろし、ひとつ息を漏らした。どうやら眠る気満々らしい。

ナイレンがまだ着替え終わらないのか問えば、フレンが肯定する。そうか、とだけ言ったナイレンもそれっきり口を開かなくなった。

また沈黙が始まる。ただ、重々しかった空気がラピードという存在だけで幾分和やかなものになっていた。そこへランバートを連れたシャスティルが現れる。彼女は何も言わないまま、並んで壁に背を預ける三人の隣で同じようにもたれかかった。ランバートは扉のすぐ目の前で美しい「お座り」をしている。その後ろ姿を、四人でぼんやり眺めていた。

ユーリが自分の腕の中で、もうすっかり夢の中に行ってしまったラピードの小さな背を撫でていると静かに待っていた扉が音を奏でた。

「終わりました」

落ちたヒスカの声は、どこか落ち込んでいるように感じられる。なんだか目も赤い。

「ありがとな。ヒスカ、シャスティル。今日はもう休んでいいぞ」

ヒスカとシャスティルの頭を労うように優しく撫でると、ナイレンはランバートと共に部屋の中へ入ってしまった。双子の少女は緋色の髪を揺らしながら寄り添うように歩いて行ってしまう。

「ユーリ、フレン。お前達も来い。話がある」

思わず顔を見合わせる。ほんの数秒間だけ合った目が相手の気持ちを教えてくれたし、相手の瞳に映っている姿が自分の気持ちを教えてくれた。

知りたい。ユーリもフレンも、あの少女の事を知りたいと心の底から思っているのだ。

頷き合う、なんて事はしなかった。ただ視線をナイレンに戻して息を飲み込む。向こう側に足を踏み入れれば、フレンが扉を閉めた。静かに閉めたはずなのに音が嫌に響いた気がする。

ナイレンは眠る少女とそれに寄り添うランバートの居るベッドの淵に座っていた。他に椅子はひとつしかない。立ったまま話を聞くのもなんだとユーリはナイレンと向かい合うような位置で、床で胡坐をかく。フレンも彼の隣に、きちんと正座した。

「ユーリ、さっきは悪かったな。変な事言っちまって」
「いや、別にいいけど……」
「どうもこの子の事となると、すぐ頭に血が上っていかん」

懐から愛用のキセルを取り出して魔導器(ブラスティア)から火を貰う。口にくわえて吸って、離して白濁の息を吐き出した。また沈黙する。ユーリの膝で眠るラピードがぐるりと寝返りを打った。

「この子はな、たぶん……こことは違う、別の世界から来たんだと思ってる」

ナイレンの手が少女の頬に触れる。眠っているのにも関わらず、それがナイレンのものだと理解しているように少女は頬を摺り寄せた。

「知ってるのは言葉だけだった。エアルや魔導器の事も、子どもだって知ってるこの世界の呼び名も、何ひとつ知らなかった。話を聞いてるとな、どうやら魔導器なんて物も魔物もない、文化も歴史も全然違う所に住んでいたらしい。そこでは、自分達の住む惑星を地球って呼んでたそうだ」

予想を超える領域の話に頭がついてこない。ユーリもフレンも、ただただ黙ってナイレンの話に耳を傾けた。

「どういう経緯でこの世界に来たのかは皆目検討がつかん。こいつ、ここへ来る直前の記憶もその後の記憶もなくなってた。無理もねぇ……オレがこの子を見つけた時、妙な装置に括り付けられてた。食事もロクに食わされず、水もロクに飲ませて貰えなかったらしくてな……衰弱しきってた。よっぽど酷い目に遭わされたんだろ。人見ただけで怯える上に、自分が声出せなくなってるのを知って相当ショックを受けてた。今は少しマシになったが、愛想笑いも出来ない、嬉しくても悲しくても顔に出せない。そこまで傷付いてた」

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