君の傍に

13


もう一度キセルくわえて一服したナイレンが眉間に皺を寄せる。まるで自分が苦しい思いをしたみたいな表情だった。

「ここに来たせいでそうなったのか、妙な装置に括り付けられてなんかされたせいなのか……その辺は定かじゃないが……この子は、魔導器(ブラスティア)がなくても技も魔術も使える。エアルの変化を敏感に感じてるみたいだしな。本当は黒い髪も、"力"を使って生き物の目に錯覚させてるんだって言ってた。が、正直言ってわからない事だらけだ」

「それなのに、どうして隊長は……この人を守ろうとするのですか」
「理由なんざ、あるようでないのと一緒だ。この子を守りたい、もう辛い目に遭わせたくない。そう思った。それだけだからな」

それだけ、なんて。よくわからないけれど、それは相当な決断なんだという事はわかった……気がした。

何か言わなくてはと思うのに、何も言えなかった。ユーリもフレンもただ黙って未だ眠る少女に視線を向けていた。
記憶の一部が抜け落ち、声も出なくなり、感情を顔で表せなくなる。どんなに辛い思いをしたのだろうと考えると、自分の事じゃないのに酷く苦しくなった。

それからナイレンは、コーレアという名前は釣り鐘のような形の花を咲かせる桃色の花から取った事や、そう名乗らせる事でアイナという本名を伏せているのだと教えてくれた。それと、初対面の人間には必ず警戒し怯えるのにも関わらず、ユーリとフレンにはそれをしなかったと言っていた事、彼女自身それは初めてだと言っていた事。だからこそナイレンが今ひた隠している秘密をふたりに話をしているのだと言う事も、ふたりが純粋に想っているのを先刻目を見て理解した事も。

この夜、ナイレンが少女の部屋を後にしてもユーリもフレンも自分達に与えられた部屋へ戻らなかった。ベッドの左側の淵に腰を下ろしてユーリが座り、少女の左手を握る。フレンは反対の右側の淵に座って少女の右手を握っていた。

少女の枕元に寝かされたラピードが腹を上に向けたのを見て、ふたりの口角が緩む。

「(……アイナ)」

ユーリは少女の本当の名前を心の中で呼んでみた。嗚呼、音にしたい。どんな顔をするのだろう。

ユーリとフレンは特に何も話さなかった。
ただ、それぞれ心に根を下ろして芽吹き始めた小さな蕾を感情としてどう名付ければいいのかがわからなくて、ただそればかり考えていた。



両方の手に違和感があった。けれど決して嫌な感じではない。むしろ温かくて優しい感じがした。
いつもより重く感じる目蓋を押し上げる。最初に飛び込んできたのは天上だった。次に耳のすぐ傍で慣れた子犬の声が聞こえる。顔を動かして声のした方を見ると、案の定ラピードが尻尾を千切れんばかりに振っていた。次に頬を舐められる。ラピードとは反対側の所にランバートが居た。きっと父が連れて来てくれたのだと、そして彼らはずっと傍に寄り添っていてくれたのだと理解する。この世界で出来た家族が酷く愛おしくなった。

それにしても不思議でならないのは両手にある違和感だ。手が握られているせいで上手く起き上がれないからベッドに拘束されている気分だし、かと言って握られている手は力強いのに優しい感じがして嫌な気分にならない。上手く起き上がれないから誰が手を握っているのかわからない。いったい、どうしたものかと天上を見上げながら悩んでいると「ん……」という低くて少し色っぽい声がした。思わずドクンと心臓が脈打つ。

「おい、フレン。起きろ」

擦れた声で眠そうに言う声に、アイナはすぐユーリだとわかった。すると次にフレンの擦れた声が聞こえてくる。

そうか、この手を握ってくれているのはユーリとフレンなんだと理解した。嬉しくて、ありがとうと声にして言いたくなった。しかし今の自分には声がない。おはようと言って吃驚させてあげられない。

けれど彼らが気づく前に起きたよって教えたくて、アイナは無意識にふたりが握ってくれている手を握り返した。するとユーリとフレンが顔を覗き込んでくるので、精一杯笑って見せる。ふたりも笑い返してくれたのがとても嬉しかった。

「はよ、アイナ。具合は?大丈夫か?」

一気に頭が冷えた。どうして本名を呼ばれたのか、どうして彼が知っているのかわからなくて頭が混乱する。
思わず体が強張った。変な汗が出てくる。

それを安心させるかのように頭を撫でられた。フレンの手だった。

「隊長から、全て聞きました。あなたの本当の名前も、あなたの事情も」

信じ難かった。まさか、あのナイレンが……父がふたりに自分の事を話してしまうなんて思ってもみなかった。どうしてそんな事をしたのか理解が出来ない。

だって、いくらふたりが優しいからと言っても流石に気味悪がられるかも知れない、嫌われるかも知れないのにどうして、どうして。
ここに居てくれたのも手を握っていてくれたのも、全部ナイレンに言われたからじゃないかと思い始めた。そうしたら怖くなった。嫌な思いをさせているんじゃないかと不安で仕方なくなった。

「(どうしよう……そんなの、やだ)」

目の奥が熱い。涙が溢れてくるのを、自分ではどうする事も出来なかった。手を握られたまま離してくれる気配もないので拭う事も隠す事も不可能だ。

「ばーか、なんで泣くんだよ」

そう言ってユーリが握っているのとは反対の手で零れた涙を拭う。フレンは苦笑いしながら頭を撫でてくれていた。

「(どうして、どうして、どうして)」

頭の中がぐちゃぐちゃだった。
だって、どうしてこんな気味の悪い生き物の自分に優しくしてくれるのか理解出来なかった。自分だって自分自身の事、全然わからないし気味が悪いと思っているのに、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう、どうして嫌悪しないのだろう。

どうして、どうして自分は。

「(ユーリにもフレンにも、嫌われたくないなんて勝手な事思ってるの)」

ふたりの優しさが痛い、心が苦しい。なのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。どうしてそんな風に思ってしまっているのだろう。
わからない、わからない、わからない。自分の事なのに全然理解が出来ない。

どれだけの人を巻き込んで迷惑をかけて、このテルカ・リュミレースという世界で生きていけばいいのだろう?
――わからない。

ただ自分の中にある得体の知れない力が、この世界でたくさんの人に関わって迷惑をかけて生きている事が、その事実がただ辛くて重くて苦しかった。思いっきり声を上げて泣き叫びたかった。嫌だ嫌だと駄々っ子みたいに泣いて、泣いて泣いて泣いて、泣いてしまいたかった。

けれど声は出なくて、音になるのは嗚咽だけで、ぐちゃぐちゃになっている泣き顔は手を握られているから隠せなくて。何が悲しいのか、何が嫌で泣いているのか。泣けば泣くほど段々わからなって、ぐちゃぐちゃの頭の中が余計にぐちゃぐちゃになっていった。

「(ごめん。ごめんね。ふたりとも、ほんとにごめんなさい)」

止めたい。止めたいのに涙はいつまで経っても止まってくれない。突然こんなに泣き出して、自分はどれほどの迷惑をかければ気が済むというのだろう。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

それなのにユーリもフレンも、泣く必要なんかどこにもない、大丈夫だと何度も何度もアイナに言った。目尻から涙が零れればその都度その都度拭いてくれた。

涙が止まるまで懲りずに何度も、何度も、ふたりはそうして傍に居てくれた。

「(ありがとう、ユーリ、フレン。ほんとに、ほんとにありがとう)」

今すぐ声にして伝えられないその言葉が、今までで一番悔しい。
そう心底思って、アイナはまた泣いた。



to be continued...

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