君の傍に

11


ユーリの両腕に抱かれている黒髪の少女が、また咳き込んだ。

ふっくらとした唇の間から血が溢れる。ユーリは思わず眉を寄せた。出来るだけ衝撃を与えないように走っていたつもりだったのだが、まさか自分のせいでまた血を吐いてしまったのだろうか。少女はユーリに横抱きにされたまま、自らの体を抱き締めた。顔を歪め、途切れ途切れだが酷く苦しそうに息を繰り返した。

呼吸が可笑しい。ユーリはそう感じた。なんだか吸い込んでいる息が多い気がする。

「た、隊長!なんかこいつ、息が」

ただ事じゃないと思ってナイレンに助けを求める。前方でランバートと共に魔物と戦っているナイレンは横目でチラリとユーリを捕らえた。それから目の前の魔物に視線を戻して叫ぶように言う。

「一回地面に寝かせて、右のポケット探してみろ!紙袋入ってんだろ!それで口元被ってやれ!」
「は!?んな事したら余計苦しいんじゃ」
「いいから早くしろ!」
「……、あーもう!わかったよ、やりゃぁいいんだろ!」

ユーリは言われた通り、少女をそっと地面に寝かせた。それから少女の腰の辺りにあるポケットに手を入れる。本当にあった紙袋を急いで広げ、ユーリはその紙袋で少女の口元を被った。先程の言葉の荒さとは裏腹に少女を扱う手は優しい。

少女の口を被う紙袋が彼女の呼吸に合わせてクシャリと歪んだり膨らんだりしていた。短い間隔で何度もそれを繰り返す。ユーリにはこの状態が少女を更に苦しめているように思えてならなかった。しかし、どうした事だろう。彼の気のせいでなければ、少女の呼吸は徐々に落ち着きを取り戻している。表情も呼吸も穏やかになったのを見て、ユーリは少女の口を被っていた紙袋を退いた。

薄っすら目蓋を押し上げた少女が、どこか虚ろな瞳でユーリを見ている。

「……何?」

気が付けばそう尋ねていた。少女の手がユーリに向かって伸びる。ユーリは思わずべっとりと血の付着したその手を握っていた。血の付いた少女の唇がほんの少し震えながら開く。ゆっくり、ゆっくり少女の唇は文字をひとつずつ形にしていった。

あ。
り。
が。
と。

唇の動きだけでそう伝えると少女は、そのまま目を閉じる。

「あ、おい……!」

呼吸に合わせて少女の胸が上下しているし、ついさっきまで苦しそうだった顔も穏やかだ。どうやら少女は眠ってしまっただけらしいと気付いて、ユーリは胸を撫で下ろす。ナイレンの「行くぞ」という声を合図にユーリは再び少女を横抱きにして走り出した。



やっとの思いで駐屯地へ辿り着くなり、ナイレンは先にランバートと中へ入っているように言って自分はラピードの居る犬舎の方へ行ってしまった。

唖然として離れていく彼の背中を見ていると、ユーリの制服の裾をランバートが噛んで引っぱる。それに気付いてユーリが彼を見ると、口を離して歩き始めた。どうやら付いて来いと言っているらしい。彼に従う以外、今のユーリに出来る事は何ひとつなかった。

ユーリも疲れているのだろうか?それともユーリの腕に抱かれて眠る少女を気遣っているのだろうか。ユーリを誘導する彼の歩調は酷く遅い。

ふと、彼らの前方に人影が見えた。あれは確か今日会ったばかりの、新人であるユーリとフレンの指導係になった双子と、フレンだ。何やら難しい顔をして話をしている。こちらから声をかけようとユーリが口を開いたら、ひと足先に指を指された。

「あ、居た!ちょっとユーリ!!あんたどこに行……」

ユーリの姿を見るなり怒鳴ろうとした緋色の髪を持った少女が言う。中途半端な所で止まってしまった言葉が、それ以上続く事はなかった。その隣に居る同じ緋色の髪を持つ、同じ身長の、同じ顔の少女がサッと青ざめて駆け寄ってくる。ユーリの腕に抱かれている少女の顔に触れ、泣きそうになりがら言った。

「コーレア、どうしたの!?なんでこんな……」
「ちょっと、シャスティル!」

同じ顔の少女に咎められ、シャスティルと呼ばれた少女は慌てて自分の口を両手で塞いだ。

しかしもう遅い。確かに聞いたのは、ユーリだけじゃない。フレンだって確かに聞いた。

「え……コーレア?こいつ、コーレアなのか!?」
「そんな……彼女の髪は銀色です。この女の子がコーレア先輩だなんて……」

信じられない、という言葉が喉の途中で引っかかって出てこない。

なぜだろう……フレンはこの少女の眠る顔に見覚えがある気がしてならなかった。あの時すがるように握られた少女の手の温もりも、下唇を噛んで嗚咽を堪えながら涙を流した姿もフレンの脳裏に蘇って駆け巡る。違う、違うはずなのにフレンはこの少女がコーレアであると本能的に感じた。けれどそんなはずがないと彼の理性がそれを必死にかき消そうとする。

一方ユーリの脳は、この少女がコーレアであるという事に納得していた。理性ではそんな事ある訳がないと思うのに、シャスティルが自分の抱く少女をコーレアと呼んだ事が意外にもすんなり受け入れている。ユーリ自身、そんな自分に困惑を隠せなかった。

ランバートが、またユーリの制服を噛んで引く。思わず吃驚してランバートを見るが、彼はユーリの服を引っぱるのを止めようとしなかった。ユーリには、まるで「そんな事今はどうだっていいから、早くその子を休ませてやってくれ」と急かしているように見えてしまう。

「ユーリ、お前まだこんな所に突っ立ってたのか」

そう彼の背後から声を発したのはナイレンだった。彼の手には何やら可愛らしい服と、とても眠たそうな顔をしたラピードがある。

「あ、た、隊長。すみません、あたし動揺して、その……」

シャスティルが心底申し訳なさそうに視線を彷徨わせていた。その様子から察したのだろう。ナイレンは少し難しい顔で「いい、気にするな」と言う。しかし彼の表情が言っているのは、それとは正反対のように思えた。

「それより、シャスティル。ランバートの足、洗ってやってくれ。目が覚めるまで離れたがらないだろうからな」
「は、はい」

少し慌てた様子でシャスティルがランバートと共にその場を離れていく。その姿を特に目で追って確認する事もせず、ナイレンはすぐもうひとりの少女に向き直り、持っていた可愛らしい服を差し出した。

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