ナイフなんて、臨也以外の人間が持っているのを見たことがない。
つまり、物騒なわけだが。
彩の目は殺意の色に染まっていた。
それを向けられているのは、私か臨也か。
「岸谷、保健室の皆川先生呼んできて」
「え?」
「早く」
岸谷が狙われる可能性なんてないから動いても大丈夫だ。
小声で急かして、岸谷をその場から出す。
それがきっかけで教室にいた人間はお弁当もそのままに逃げ出した。
残ったのは私と臨也と彩だけ。予想通り、逃げ出した人間のことなんて見向きもしていない。
と。
視界の端できらりと光るものが見えて、臨也の腕を掴む。彩からは視線を外さない。
「折原、ナイフで応戦しようなんて考えないでよね」
「…よく、俺が持ってるって知ってたね」
「いいから、しまえ」
相殺出来る可能性は五分五分。
それよりも抵抗はしない方が良い。
大人しくナイフをしまった臨也より1歩前に出る。彩との距離が1歩縮まった。
「余裕だね、若ちゃん」
「ナイフなんて持ち出すなんて余程余裕ないんだね」
ハッ、嘲笑。
この挑発に乗ってくれたなら。上手く行くはずだ。
顔が引きつらせる彩は、ナイフを両手で握りしめる。しかも刃は上を向いていた。
刃物は刃を上にした方が殺傷力が強い。
次の瞬間、彩は走り出した。真っ直ぐ、私に向かって。
「わかちゃん!」
「っ!」
手近な机を蹴り飛ばす。
彩への障害物のつもりだったそれは予想に反して彩に直撃した。
「……」
机の倒れる音だけが響いて、沈黙した。
1秒。2秒。3秒。
彩は動かない。
「…、」
そっと、近付く。
気を失ってしまったのなら、何だか申し訳ないが拘束しよう。
と。
倒れているはずの彩の腕が私に向かって伸びて。
その瞬間、体を後ろに引っ張られた。
「えっ?」
彩の手にはナイフ。
私を後ろに引っ張ったのは臨也。
私の前に立ったのも、臨也。
―――…銀色が、光る。
「“臨也”!!」
29.名前を、呼んだ。
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