春の芽生え2::P2/3


こうして見つかった人数は、最初の妖精さんも合わせて4人。
レーダー役の妖精さんが反応しなくなったので、捜索作業は一段落とします。
これで本当に全員なのか……深く考えるのはよしましょう。

ついでに程よくほぐれた土も手に入りました。
ここからは自分の作業に専念しましょう。
植木鉢の底に小石を敷き詰め、その上に土を盛ります。
土の香りを嗅ぐと、春だなって気がしてきませんか。
雪と氷で覆われた冬には感じられなかった香りです。


まぁ、こんな感じでいいですかね。
3つめの鉢の準備が完了しました。

「さあ!これを見てくださいっ」

鉢のなかを覗き込んでいた妖精さんたちの視線が集まります。

「たねかー」「たねはなー」「たべられぬしなー」「ぺっ、ってしちゃう」

「食べませんっ。今からこれを蒔いて、数ヶ月後に収穫!なんと、お菓子の材料になります」

「なんと」「まじで?」「おかし、すき」「それをはやくゆって」

妖精さんのテンション回復。

きらきらと輝く目で、種まきする様子を見てる。
もう待ちきれないって感じです。
その目は新しいオモチャを見つけた子供の目でした。


「あの、にんげんさん」

代表1名が手をあげました。

「はい、なんですか?」

「ぼくらもたねまきしたいです」

「いいですよ。倉庫にまだ植木鉢があったはずです。それを使ってくださいな」

彼らに一粒ずつ種をわけてあげて、この日はお開きとなりました。



日付が変わって翌日。
軽めの昼食をとったわたしはブリキのじょうろを持って家を出ます。
ちなみに言うと、朝食は食べ損ねました。またしても寝坊です。

本日もサボりを誤魔化すための作業に勤しみます。
昨日の今日で芽が出るはずもありませんが、何か世話をしたいもの。
土が乾いてしまわぬよう軽く水やりをしておきましょう。


「ぎゃっ」

寝ぼけを引きずっていた目を一気に覚ます事件発生!
予期せぬものがそこにあったのです。


角を曲がって家の裏手に出たわたしを迎えたのは、にょきにょきと育った植物の姿でした。
まさか、こんなに早く育つなんて。
昨日のキャラバン店主の言葉が脳裏をよぎります。畑を侵食する勢いで育ったハーブ!?
ですが、しかし、これは畑どころか地球も侵食してしまいませんか!?

わたしの身長よりもはるか高い位置まで成長した巨大植物。
無数の蔓が天に向かって広がる姿は、それ自体に自我が宿った生物のようで、
わたしの背中に嫌な汗を浮かべさせるのに十分な気色悪さでした。
支えになる棒など何もないのに。四方八方に広がる蔓を自力で伸ばしているのです。
こんなの、絶対おかしい。
しかもなんだかこの蔓、ぬるぬるしてませんか。
緑色した蔓の表面を粘液状のものが覆っていて、光を反射して鈍く輝いています。
古い映画で見た地球外生命体を彷彿とさせるものでした。

根本は1つの茎に収束して植木鉢の中へ。

案の定ですが、妖精さんの姿がありました。
こんなデタラメなものを作れるのは彼らしかあり得ません。
昨日、一緒に種まきした人数よりも1人増えての5人。
植木鉢を取り囲む彼らは、体長10センチのサイズに合わせた桶と柄杓を持っています。
なんとなく服装も農家の作業服っぽくて可愛らしいのですが、今は構ってあげてる場合じゃないのです。

そして、「んまっ、あなたは」

妖精さんの1人を肩に乗せた少年が、危機的状況にそぐわない微笑みで立っていました。

「ダメですよ、妖精さんのいたずらに荷担してちゃ」

「…………」

肩を落としてしまった助手さん。
しょんぼりした目で語ります。

「…………」

「え?わたしを叩き起こしてくるようおじいさんに指示された?」

「…………」

「この巨大植物を発見して様子を見ていた、と。妖精さんと一緒になって遊んでいたわけではないと言いたいんですね」

まぁ、わたしもこんなのに出会ったら、無視して通りすぎるなんてできそうもありませんがね。


「昨日蒔いた種が、どうしたらこうなるんですか」

「それは、あれを」「こうして」

いつのまにか両肩に乗っていた妖精さんが、左右から説明してくれます。
説明になってない説明を……。

まぁ……やってしまったものは仕方ありません。
問題はこれをどうするか、です


これからの対処も含めていろいろ考えたいというのに、両肩からの暢気な声に思考力を鈍らされる。
お願いです。少しの間だけ話しかけてこないでください。
お菓子は後で。これを全部片づけてからですよ。
さらなる巨大化、品種改良の計画もダメです。種を飛ばす仕掛けなんていりません。

ふと、なにものかが忍び寄る気配。
視界の端をかすめる影に気づき目を上げると、緑色したアレがいました。
まさかと思いましたが、やはりこの植物は自立行動してる!

「ひぃっ」

全身を襲う鳥肌。

手招きするように先端を動かしながら寄ってくるそれを黙って受け入れるなんてできません。
伝わるわけないと思いながらも、首を横に振ってお断りする。
当然のスルーでした。
ぐいっと距離を詰めてくる。

わたしの足は自然と後ろへ下がります。
1歩、2歩、あと何歩下がれば逃げきれますか。あの蔓が届く範囲から出られますか。
後ろへ下がれば下がっただけ、蔓も寄ってくる。
これ、伸びてますか?現在進行形で成長してますよね?
後ろ向きに逃げるわたしより、蔓の方が若干早かったようです。

ついに捕まるところまで来ました。
終わりです。
さよならを言いましょう。


「……。……あら?」


ぬるぬるうねうねの蔓に捕まれてぺろりっといただかれてしまうかと覚悟したのですが
いつまでもその時は来ません。
じっとり焦らして消耗させてから、というわけでもないようですね。
絶対に逃さない気迫でもって迫ってきた蔓の先端は、わたしの手にあるジョウロの中でした。
てっぺんにある丸い穴に突っ込まれている。
静止した数秒、再び動き出した蔓はあっさりと引き下がってくれました。
あとに残ったのは軽くなったジョウロ。
中にあった水はすっかり空っぽです。

「なぜ?」

「しょくぶつは」「おみず、だいすき」

左右から妖精さんの解説。
ですが、どんなに好きでも蔓で直接吸ったりはしないと思うんですよ、たぶん。


人間に害はないだろうと判断して、少しだけ近づいてみます。
小さな鉢から伸びる巨大植物は壮観でした。
普通に育てようと思ったら、ここまでになるのに何年も必要でしょうねぇ。

「どうするんですか、こんなの育てて」

「こうしてあそぶ」

足元から返答がありました。
ミニチュアの桶と柄杓を持っていた妖精さんの発言です。
柄杓で水をすくった妖精さん。
それをなんと頭からかぶってしまいました。
びしょ濡れになった髪や服の端からぽたぽた水滴が落ちます。

これをどう遊ぶのかと不思議でしたが、すぐに判明しました。

お水大好きなアレが水の気配を感じ取ってやってきたのです。


「きゃあーーーー」

くるりと胴体に巻き付いた蔓に持ち上げられ空中へ。
そんな危機的状況なのに妖精さんの叫び声は緊張感皆無。

ちょうどわたしの目線の高さに来たのでよく見えました。
緑色の蔓が妖精さんの体のうえを舐めていくようです。
見ているだけで鳥肌が激しくなります。
こんなにおぞましい光景だというのに、当の妖精さんはされるがまま。
むしろ相手のやりやすいように身を委ねているようでもありました。

「いいなー」「ぼくらもあそぶです?」

肩から飛び降りた妖精さんも参加しました。
体長10センチの妖精さんが超巨大植物に襲われるの図。

「ぴーーーっ」「はわわわわ」「ぴーっ!ぴーーーっ!」「かんにんしてー」「はぁぁん」「うにーーーっ」「…………」

阿鼻叫喚……いいえ、喜びの声の嵐です。
いつのまにか増えてるし。
最後の子なんて失神に近い状態で、白目向いちゃってますよ。

とても楽しそうではありますが、普通の感覚を持つわたしは混ざりたいとは思わない。
はい、忌避するのが普通、だと思うんですがね。
彼は違ったようです。
とてもうらやましそうな目で見つめている。うずうずしてるのが伝わってきます。
あそこに参加して試してみたいのに迷っている様子です。
あ、さっきわたしが叱ったから我慢してる?


「ふにぃ〜」

蔓から解放された妖精さんが戻ってきました。
まっすぐ歩けないようで、あっちへこっちへふらふらの千鳥足。
悶えすぎてへろへろになっていました。
しかし、表情は満足げなのだから不思議です。

変化といえばもうひとつ。
頭から水をかぶってびしょ濡れだったのに、すっかり乾いているではありませんか。
どうやら水を吸いに寄ってくる習性を利用して遊んでいるようですね。
なんだかちょっと青臭いのは言わないでおいてあげましょう。

「にんげんさんも、おひとつどうぞです?」

「いいえ、謹んでお断りいたします」

あんなものにうにうにされたら、しばらく立ち直れなくなってしまいます。

さっ、と手をあげる人がいました。
まっすぐ、指先までぴんっと伸ばしてお手本のような姿勢で手をあげるのは、やる気に満ちた顔の助手さんでした。
ああ、我慢の限界が来たのですね。

いいですよ、やっちゃっても。

意見確認をするようにこちらを見る助手さんに頷いてあげると、あちらも頷いて返してきました。

覚悟を決めた表情で、初春の冷たい水を頭からかぶったのです。
濡れた髪も服も肌に張り付いて、全身が細かく震えています。
寒いですよね。
唇が青くなっちゃいますよ。

鉢植えの間近まで行き、頭上でうねる蔓を見上げた助手さん。
新たな獲物の存在に気づいた蔓は早速その手を伸ばしました。

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