春の芽生え3::P3/3


太さは人の指ほど。
その先端を器用に使って、まずは頬を撫でます。
ぬるりっ、と音が聞こえてきそうな接触。
なぜかわたしの頬がかゆくなる。

寒い。見ているだけなのに、寒い。
助手さんもぶるりっと体を震わせています。

顎の先に溜まった滴をすくって飲んだのでしょうか。
撫でられた痕は乾いているようでした。

それでもまだ全身はずぶ濡れです。
水気をたっぷり含んだ髪からは、未だぽたぽた滴がたれています。
上から下へ、流れる水を追うように首筋を蔓が這いました。
あああ、くすぐったいですよね。
わたしも首が弱いので、あんなことされたらひとたまりもありません。

蔓の先端が襟元に向かいました。
他人の服のなかへお邪魔する。植物に躊躇う感情などあるはずもなく、するりと侵入します。
抵抗する隙も与えない早業でした。
侵入されてから襟元を押さえても大変な手遅れです。

肌に張り付いていた服の下、蔓の形に盛り上がるのでよく見えます。
どんな状態になっているのか。
どの位置を吸われているのか。

「……っ、……っ!」

声にならない声が発せられる。
いつもおっとりした彼が、珍しく焦っているようです。


そりゃあ焦りますよね。
妖精さんたちから水を吸っていた他の蔓たちも集まってきたのですから。
いまや助手さんを狙って集中攻撃が始まっています。

袖から、裾からも侵入して助手さんに巻き付く蔓たち。
服と肌の間で蠢く。服の外側からも仕掛けて放しません。
これだけ集中的にやられていれば、とっくに乾ききって解放されてもいいはずなんですけど。
乾いた分だけ、蔓からぬるぬるが分泌される。
それが吸われた水の代わりに助手さんを濡らしていく。
鈍く光を反射させていた粘液状のものに助手さんが覆われていきます。
うわあ……。これは最悪です。
わたし、お断りしていてよかった。

このぬめりが滑りをよくする働きをしていると予想されます。
助手さんの上をなめらかに撫でている。
あれの動きだけを見るなら、とてもやさしいんですよ。極上のマッサージのようです。
妖精さんがへろへろになってしまうくらい、気持ちのいいことなのかもしれません。
でも、絶対に参加したくない。
やはり生理的嫌悪感を呼び起こす見た目が問題ですね。

こんな状態になって、彼は後悔と満足どちらの気持ちでいるのでしょう。
妖精さんたちのように諸手を挙げて喜ぶとはいかないと思われますが。

黙って立っていられなくなった脚がふらついています。
態勢を崩さないようにと堪える姿が痛ましい。
両膝を合わせて震えを抑える。そんな努力を嘲笑うかのように1本寄ってきました。
膝の裏をくすぐるアレに支えてあげようとする意思は感じられない。むしろ倒れさせたいのかも。
どんなに身を捩ってもしつこく張り付く蔓からは逃れられません。

むき出しの耳が狙われる。乱暴に頭を振って追い払う。
鎖骨の溝を這われる。左からわきの下を突っつかれる。
そのたびに助手さんの対応も変わるのです。
一時もじっとしていられない。終わらないいたちごっこ。

ああ、手でガードしようとしたのが理解できるものなのでしょうか。
助手さんの両腕を拘束する役割を担うものが現れました。
その隙に別の蔓は素早く太ももを伝って上る。
ただの植物とは思えない高い知性を感じます。
妖精さんの手によって進化させられた植物の思うがままです。


そのとんでもない植物を生み出した妖精さんたちはというと、
楽しく遊んでいたのに突然放置されて困惑しているようです。
ぽかんっと口を半開きにして、助手さんに訪れた変異を眺めている。
四方から蔓に絡め取られる助手さんが足をもつれさせてよろめけば、追って妖精さんの首も動きます。
ただ見てるだけなんて、さぞやつまらない思いをしてることでしょう。
彼らの遊びを奪った助手さんに不満を言っても許されると思うのですが
その口から飛び出すのは苦言とは真逆の明るい声でした。

「おーっ」「おたのしみです?」「うらやま」「ずるいずるい」「ひとりじめはんたい」「ぼくもまぜてー」

なんとたくましい。
妖精さんたちは再び頭から水をかぶると突撃していきました。
ぴょんと跳ねて助手さんの頭に着地。助手さんの足をよじ登っていく子もいます。
そして自ら蔓に体を擦りつけていくのです。

「きゃーっ」「きゃっきゃっ」「……っ」「きゃあー」

明るい笑い声と、助手さんの切羽詰まった吐息。
両者が同じ吸われる立場なのだと誰が思うでしょう。
その様子は蔓と妖精さんが一緒になって助手さんをいたぶる行為のようでもあり……。
妖精さんの加勢に後押しされでもしたのか、蔓のうねりは勢いを増すのです。

遠目に見てるだけのわたしにもわかります。
もう誰にも止められないのだと。
きっとあの植物が満足するまで解放されないのでしょう。
なにがどうなれば満足になるのか……それはわかりませんけど。


アレが今してることが満足への道ということなのでしょうか。


……見てはいけない。

自然と目が行きそうになる箇所から、努力して逸らします。
彼にしてあげられる、せめてものやさしさです。
助手さんも真っ赤に染まった顔を伏せて隠れてしまいたそう。
あなたも恥ずかしいのでしょうが、見てるこっちも恥ずかしいのですよ。

しゅるしゅる、音を鳴らして新たな1本が追加されました。

「せ、成長してる……」


めまいがしました。
この後始末をするのは誰ですか。
やっぱり、わたしでしょうか。

いいえ、ここは楽しんでいる当人、助手さんにやってもらいましょう。
ひどい女だと罵ってくれてもいいですよ。
これ以上、ここで観察しているのも限界なのです。

わたしは事務所に顔を出してきますね。
おじいさんにはそれとなく早退の理由を伝えておいてあげますから。

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