春の芽生え1::P1/3


春です。
雪はすっかり溶けて、日中は暖房がなくても過ごしやすい季節になりました。

天気のいい日は、窓際のアームチェアに腰かけてひなたぼっこをします。
春色のブランケットを膝に乗せ、紅茶にクッキーでほっと一息。
たまには読書をしてみるのもいいですね。
ぽかぽかの強すぎない日差しはわたしに癒しを与えてくれます。
ストレスとは無縁の時間を過ごせるのです。




肌寒くなってきてブランケットを肩まで引き上げる。
おかしいと思いませんか。春なのに。ぽかぽかの陽気を浴びてるのに。

「きゃーっ」

窓の外はもう夕暮れへと差し掛かっていました。
肌寒いはずです。あんなにあたたかかった太陽が丘の向こうに隠れようとしています。
春になったとはいえ、朝晩には暖房が必要な時期。日が暮れれば気温も下がります。


少しだけ休憩してから事務所に顔を出す予定だったのですが、とんだ失態です。

癒しの時間、危険!居眠り注意!

あー。今から家を出ても到着する頃にはもう終業時間になってしまいますね。
ただ行って帰ってくるだけというのも無駄な行為のように思えます。
やめましょう。今日は臨時休業ということで。

ですが、何もせず休んでいるのでは、またおじいさんにお小言をいただいてしまう。
何かしていて忙しかったんだとアリバイ工作をしなければ。
そうですね。今の時間から掃除は難しいですし、洗濯をしても干せません。
夕飯づくりはおじいさんに任せるとして……。
そうです!キャラバンを見に行きましょう。
既に春物の服など必要なものは入手してありますけど、まだ少し配給札に余裕があったはずです。




もうすぐ夕飯時ということもあって、広場を歩いている人はまばらでした。


商品が陳列された棚を順番に見ていきます。
服はもう十分ですね。
小さな子供向けの学習道具……お勉強はNOです。

「あら、これは?」

手のひらサイズの小瓶がありました。
中に入ってるのは何かの種でしょうか。それも何種類も。
これには興味引かれるものがありました。


「いらっしゃいっ!種か!?種が欲しいのかい!?」

うわぁ……。
短く刈り上げた髪に小麦色に焼けた肌、ムキムキ筋肉の暑苦しい姿の持ち主が、片手を上げて近づいてきました。
この強引な接客、広場に響きわたるほどの声量。
白い歯がまぶしい爽やかな笑顔のおまけ付き。
キャラバンの店主はわたしが最も苦手とするタイプの人物でした。
つまり、おじいさんが好きそうな超健康優良青年です。

前に来たときは他にも大勢のお客さんがいたのでなんとかやり過ごせましたが、今日はマンツーマン。
人混みの波に乗って最小限のやり取りで終わらせる方法は通用しそうにありません。
回れ右をして家に帰ってしまいたい。でも黙って帰してくれなさそう。

仕方ありません。腹をくくりましょう。
営業用スマイル、フル稼働です。


「できれば、お手入れが簡単で、育てやすいものを」

もっとぶっちゃけるなら、放っておいても勝手に育ってくれるのがいいです。

「ダメだぜっ、そんなんじゃ!手間暇かけてしっかり愛情を注いでやらないとな!」

「うっ……、いいえ。お手軽に育って、美味しく食べられるものでお願いします」

店主の熱血っぷりに押し流されそうになるのを全力で抵抗します。

「う〜ん、それならこれなんてどうだい」


心底残念そうに頭をかきながら店主がいくつか見繕ってくれました。
棚から取り出された小瓶。
ある程度まで育ててある苗だったら、もっと楽なんですけど。
長距離を移動するキャラバンでは持ち運びが難しいようですね。

いちごとミニトマト、ハーブ、なんてお菓子づくりにも利用できて良さそうですね。これにしましょう。


「そのハーブは畑を侵食しつくす勢いでわっさわさ育つたくましい奴だ。気をつけろよっ」

なんと恐ろしい。そういうことは配給札と交換する前に教えてくださいよ。
むかつくほどに爽やかな笑顔に礼をして、来た道を戻り家に帰りつく頃には、空はすっかり茜色に染まっていました。

もう1時間もしないうちに辺りは暗くなって明かりなしでの作業ができなくなってしまいます。
さあ、急いでこの種を蒔いてしまいましょう。おじいさんが帰ってくる前に。


道具集めはガラクタが放り込まれてる倉庫から。
植木鉢を発掘し、クワとスコップも出します。
畑を耕す?そんな大変なことはしません。
この小さな鉢がわたしの畑です。
土はその辺に山ほどあります。肥料=自然。
草や木をもりもり育ててる大地ですから、きっと家庭菜園にも使えるでしょう。
それでは作業開始。



持ち上げたクワを振り下ろします。

「えいやっ……ふぅ」

……重い。重すぎる。
振り下ろすなんて無理。これではただ重さに任せて落としただけです。

1回の作業で腕が痛くなってしまいました。
こんなの、か弱い乙女のする作業じゃない。
早くも後悔です。
おとなしくおじいさんのお小言をいただいた方が良かったかしら、なんて思ってしまう。
もちろんそんなの嫌ですけどねっ。

突き刺さったクワを倒します。
梃子の原理でひっくり返った土に混じってころころと転がり出てくるものがありました。
見慣れたカラフルな球体は妖精さんが変形した姿です。

「ちょっと、あなた」

土で汚れた表面を払ってると、もぞもぞ、いつもの人型の姿に戻りました。
小さな手で目をこすり、しょぼしょぼした目で見上げてきます。

「おはよーです?」

「もう夕方ですけどね」

「めがさめたときが、あさでよいのでは?」

なんだか自宅守護職の人の言い分みたいですね。

「それより、土のなかで何を?危うくクワでえいやっとしてしまうところでしたよ」

「そ、それは、じけん、で、で……」

ぷるぷる、全身を震わせて怯える。今にも失禁してしまいそう。
わたし、完全に悪者です。いじめっ子になった気分です。

よしよし。
指先で頭を撫でてあげると、震えも治まりいつもの表情に戻りました。
平和そのもののほわーとした顔で辺りをぐるっと見回した妖精さん。

「はるです?」

「ええ、春ですよ」

「ぼくら、はるになったらめざめようとおもてたです」

「つまり、冬眠してたと?」

「はいです」

あなた方は寒さなんて関係ないはずなんですけどね。
実際、冬の間にも妖精さんたちは毎日訪ねてきて甘いお菓子に舌鼓を打っていましたから。
冬眠も遊び感覚ということでしょうか。
ちょっとした好奇心からひと冬を寝て過ごしてしまうなんて、わたしたち人間には真似できない羨ましい生活です。
できることなら、わたしも寒い冬を寝て過ごしたかった。

「あら?"ぼくら"ということは他にも埋まってる?」

「つちへとかえった、かのうせいも」

「ダメですよっ、そんな冗談」

いえ、冗談じゃないかもしれないけど。
とにかくダメです。

「探して掘り起こしましょう。」

「……くわで……えいっと……?」


またぷるぷるし始めた妖精さんをなだめてポケットへ入ってもらいます。

「大丈夫ですよ。安全に、慎重に、この小さなスコップでいきましょう」

このカラフルなプラスチック製のスコップなら多少当たっても大事にならないでしょう。

「さあ、お仲間を探してくださいな」

「おやすいごようでー」


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