部活はカオス
放課後、五面ある立海高等部のテニスコートにわれ先にと飛び出してきたのは鈴蘭とゆうだった。普段からこの二人はどちらが先にコートに着くかを張り合っているのだ。掃除が終わった瞬間に三階の教室を飛び出し、コートへ全力疾走してくる。
「おおおおおお!!あたしが先だああああ!!」
「負けてたまるかああああああ!!」
なぜここまでこの二人が必死なのかというと、賭けである。
単純に、今月の部活で先にコートに着いた方に一ポイント。ポイントが多い方の勝利というルールだ。ちなみに、負けた方は勝った方に一週間ダッツを奢るという約束らしい。高校生のお財布にはつらい勝負。なんとしてでも負けられない勝負なのだ。
「…うるさっ」
「いつものことじゃない?」
今週は掃除当番がないらしい未悠とみすずはすでに部室で着替えている。呆れ顔で先輩を見ている。
「ねえ、篠原さん」
「何?」
「あの二人、なんで最近ずっとあんなに騒がしいの?」
呆れ顔なのは男子テニス部も一緒だった。
幸村はたまたま玄関で会った望と一緒に来たが、例の騒がしい二人がコートのドアを蹴破らんばかりの勢いで開けて滑り込んでいる所にちょうど遭遇した。
「…賭けをしてるからね…はぁ…」
「賭け?」
「どっちが先にコートに入るか」
「それであんなに騒がしいのか。でも、なんでそんな賭けを…?」
「鈴蘭の考えてることが私たちに理解できると思ってる?」
「できないね。ごめん」
「ううん、幸村君が理解できるなら私は幸村君のこと大いに尊敬するよ」

女子テニス部部室はコートを挟んで男子部室とは反対側にある。
コートは先述の通り五面。両側の二面はそれぞれが使うが、中央の一面はどちらかが使えることになる。大会などが近い場合などは部長と副部長などで話し合って使用日を決めるが、大会もない普通の部活の場合には基本早いもの勝ちである。
先ほどコートのドアを蹴破って入ってきた二人はもちろん中央のコート、3番コートをキープする。3番コートに置いてあるスコアボードに『女子』と書くまでが彼女たちの勝負だ。そのためにはスコアボード用のチョークの争奪戦から始まるのだが。
「やったー!!勝った!!」
「くそぅ…明日こそ…」
今日の勝者は鈴蘭だった。これで5対4。鈴蘭が一歩リードしている。
「ちきしょー、今日こそ早く来たつもりだったのによー。おい、赤也。お前キープしとけよ」
「え!?俺だって今来たんスよ!?」
「ブンちゃん、あの猪二頭相手に3番コート先取しようなんざ、自殺行為ぜよ」
「どういう意味だよぃ?」
「あの二体、どっちがボードに『女子』って書けるか賭けとるらしいナリ。一か月で回数が少なかった方が多かった方にダッツ奢るらしいぜよ。しかも新作」
「なんでそんなこと知ってるんスか?」
「あのアホ二匹のうち一匹が聞いてもないのにペラペラしゃべってきたナリ」
「…その前に、仮にも女性に対してどんどん扱いが雑になっていることに気づいてください。あれでも一応立海の女子テニス部レギュラーですよ。…一応」
「いや、柳生、お前も扱い悪いから」
ちなみに、この二人が勝負を開始してからというもの、男子テニス部は一度も3番コートをとれていない。休日練習こそ、と息巻いて朝7時(部活開始2時間前)にやってきた真田が見たのは、すでに女子に先取された三番コートで鈴蘭とゆうが謎の創作ダンス(今度の創作ミュージカルの稽古)を踊っている光景だった。二人は6時には部室とコートの鍵を借りていたらしい。

さて、今日も二面しか使えない男子テニス部。一面はレギュラーが、もう一面は準レギュラーや平部員が使う。一年生は一部を除きマネージャーを兼任する。
3面使えるのであればもっとレギュラー以外にも練習させてあげられるのだけれど…
と思い、チラリと3番コートを見た幸村は目を見開いた。
「はいいーち、にーい、さーん、よーん…」
「ほあちゃぁっ!!」
「甘いよ!はい!」
「うらああああ!」
「………」
女子の今日のメニューは球出し練習らしい。レギュラーも平部員も関係なく一年全員が3番コートにいる。一人ずつコートに入り、一人5球相手側のコートにいる望の出す球を打ち返す。問題はその望の打つ球である。
大体一秒間隔で出される球は相当えげつない。おそらく平部員とレギュラーまったく同じではないだろうが(今年テニスを始めたばかりの部員も大勢いる)、今コートに入っているみすずは相当振り回されている。ベースラインぎりぎりに出されたフラットのきつい球の直後にネットぎりぎりのドロップショット。当然間に合わず打てない。
「はい、みすず2球ミスね。パワーアンクルにそれぞれ2キロずつ錘追加して外周20周いってらっしゃい」
「…はい」
グラウンドではなく外周。ただでさえこの学校の敷地面積は馬鹿みたいに広いというのに、この副部長は真顔で超鬼畜メニューを言い渡す。
戻ってきた部員もいるが、コートに着くなり動けなくなる者がほとんどだ。
5球すべてミスした部員はタイヤを引きずりながらグラウンド50周で、何人かはジャージの腹部にロープの跡がついている。
「………」
さすがに幸村もここまで鬼ではない。
「(これくらいする必要があるかな、レギュラーは特に)」
1番コートでラリーをしていたレギュラー達は一瞬冷や汗が背中を伝ったとかそうでないとか。

部活終了後、コートのライトも消された状態では辺りはかなり暗い。
部室の鍵当番である柳が施錠して他のレギュラーと合流したところで、女子レギュラー達も帰るところに遭遇した。
「うわ、猪二頭」
「「だれが猪じゃ!!」」
「ほら、反応すると自分が猪って認めてるようなものだよ?」
「「うげ、マジで!?」」
仁王、丸井、赤也の三人は声にならないほど爆笑している。疲れているのに笑いすぎてかわいそうなくらいひいひいと苦しそうだ。
「ほら、帰るよ3人とも。遅くなってしまう」
「くくっ…わかってるナリ…ぶふっ」
「「笑うな白髪!!」」
「…ほんと、先輩たちそっくりっすね」
「で、加藤たちも駅まで行くのか?」
「私たちはみんな寮なんだ。すぐそこだから」
ゆうが指差す方向には煉瓦造りの大きい建物がある。あれが彼女たちの住む黎明寮であり、学校から見える距離にある。徒歩2〜3分という近さだ。
「みんな気を付けてね〜」
「バイバーイ!」
女子レギュラー達はワイワイと騒がしく寮まで帰っていった。
「…俺たちも帰ろうか」
「だな」
部活が終わっても相変わらず元気すぎる女子たちにあきれながらも駅に向かう男子レギュラー達。自分たちが好きな人気の女子高生八人の正体が彼女たちであるとはまだ知らない。




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