キスからはじめる恋愛関係
※「キスからはじめる恋愛協定」→「うそっこ恋愛なう」の続きです。 ※凛女体化の学園パラレル
どこの女も、所謂恋バナが大好物だと言ったのは誰だったか。記憶は遠すぎて思い出すことは不可能に等しい。
「デートはどこに行くの?」
「ちゅープリとか撮った?」
「もしかしてもうエッチしちゃった?」
真琴と偽物の恋人をはじめてから1ヶ月がたった。もともと女子に人気だった真琴と、転校してきた女が付き合い出したのが面白いらしく、クラスの女子は毎日飽きもせずに色々なことをきいてくる。 そんなことしてるわけない。俺たちはホンモノじゃないんだから。 たとえ俺がほんとうに、真琴をすきだとしても。
恋人という設定上、何も経験していないと素直にこたえるのは変だよな。 そう考えつつも言葉が喉を通らない。 口ごもっていると、ありがたいことにチャイムが鳴って、俺を取り囲んでいた女子たちが自分の席へと戻っていく。
授業はなにも頭に入ってこなかった。ひたすら真琴のことだけを考えていた。 転校初日、ふらりと傾いた真琴を支えて保健室に行ったのが出逢いだった。すぐに意識を失った真琴の苦しそうな顔を、不謹慎にもまじまじとみて、こいつが笑ったらすごく優しい表情なんだろうかなんて予想して、ひとりで赤面してた(実際予想は的中した)。きっと最初からすきだったんだ。自分の気持ちが恋というカテゴリーに入るのに気づいたのは遅くなったけれど。 偽物の恋人の関係は、そばにいることができるから嬉しいけど、ときどき所詮はかりそめにすぎないと思い知らされて泣きたくなる。 すきなのだと、あいしているのだと、その一言が言いたくて言えない。言ったとして、ふられてしまったら、俺は二度と真琴の隣にたてなくなる。
「ねぇねぇ、お気に入りのデートコースくらい教えてよ」
授業が終わった途端に、また女子たちが群がってくる。飽きもせず同じような質問をする彼女らに、呆れを通りこして尊敬を覚えてしまいそうだ。
「凛。ちょっと来て」
どうはぐらかそうか悩み始めたところで、真琴が廊下から俺を呼ぶ。質問攻めから抜け出す口実ができてありがたい。
「彼氏呼んでるよ」
「ほらほらだめでしょ彼氏待たせちゃ」
言われなくてもすぐに行く。そう内心で悪態をついて、立ち上がった。
「なにか用か?」
「ううん。凛が困ってるなあって思ってさ」
「気ぃ使わせてわるい」
「謝るほどのことじゃないよ。やなこと言われた?」
「いや…なんでもない」
なら良かったと、真琴がふわりと笑った。
「な、なあ真琴…」
「ん?なに?」
「その…明日の休み、暇か?」
「空いてるよ。どうして?」
「一緒に出かけたいんだ。…悪いかよ」
「ううん、ぜんぜん悪くない。凛から誘ってもらえるなんて、うれしい」
別に真琴は出かけること自体がうれしいだけだ。俺とだからよろこぶわけじゃない。自分に強く言いきかせた。期待しちゃいけない。 真琴にとってはただの外出にすぎないだろう。それでも俺にとってはデートだ。ニセモノだけれど。
* * *
起きると時計は九時半をまわったところだった。真琴との約束は十時。これは遅刻確定だ。彼はやさしいから、きっと待っていてくれると思う。だからこそ急がないと。そんな相手を長らく待たせたくなかった。
出かけるのが楽しみで楽しみでなかなか寝つけなかった結果が寝坊だ。こんなこと恥ずかしくて言えない。理由をきかれたらどうしようか頭の隅で考えながら待ち合わせ場所まで走る。珍しく短めの丈のスカートをはいたせいで走り難いし、肌寒い。だけど、すきな相手の前でだけは少しでもかわいくありたいのだ。
息をきらしてたどり着いたその場所に真琴の姿はなかった。帰っちゃった?急激に不安が渦巻く。
「りーん!!」
離れたところから真琴の声がきこえて、ぱっとそちらをみた。彼が走ってきて、俺の前で止まって、肩で息をしていた。
「…ごめん。遅れちゃった」
「こっちこそ。今走ってきたところなんだ。真琴と同じ」
「そうだったんだ。似た者同士だね、なんだかうれしい」
「……変なの」
俺もほんとうはうれしかった。大袈裟だけど、ちょっとだけ運命かもなんて考えた。
何件かお店をまわると、すぐにお昼どきになった。おいしいパスタのお店を後輩におしえてもらったと伝えたら、真琴はそこにいこうと言ってくれた。
「そのスカートさ…」
「…似合わない…?」
「違う違う。すっごく似合うけど…短すぎな気がして」
「……そう?」
「凛はただでさえかわいいんだから、そんな格好したら悪いひとがよってくるんじゃないかって心配だよ」
真琴にとってはなんてことない一言かもしれないけれど、俺にとっては顔から火が出てしまいそうな一言だ。 本気にしちゃいけない。冷静に、冷静に。
「…かわいくないから大丈夫。……真琴はかっこいい。…ほら、あそこの店だ」
恥ずかしかった話をうやむやにするように、急ぎ足で入店した。 俺はトマトとチーズのパスタを、真琴はクリームソースのパスタをたのんだ。二人でおいしいねと言い合っていた。
会計は真琴が払うと言って譲らなかった。申し訳ないけれどお言葉に甘えることにして、いつか違うかたちでかえそうと決める。 レジの前に揃って向かった。
「ただいまカップルを対象にしたキャンペーンを実施中でございまして、十パーセント割り引きさせていただきます」
みたところ二十代の女性店員がにこやかに笑って、真琴はとくに気にした様子もなく財布を取り出している。 カップルなんて言われたら反応してしまう。俺たちは恋人にみえてるんだ。うれしくて、どうしようもなくかなしい。
「凛お会計終わったよ。次は本屋だよね、いこ」
「あ、ああ」
動揺するのはいつだって俺だけだ。無性にそれを悔しく思う。 半歩前を歩く真琴をじっとみつめていると、気づかれたのか、彼もまた俺をみた。
「俺と凛、カップルにみえるんだね」
「え…」
真琴も、実は店員の言葉が気になっていたらしい。 みえる、だけだ。恋人ごっこなのだ。
「男女だとやっぱりそう思われるよね」
「そう、だろうな。…カップルじゃないのに割り引きされちゃって…ま、ラッキーってわけだ」
「あはは…そうだね。店員さんに嘘ついちゃったんだ、俺たち」
真琴は声のトーンを落とした。感情はよめない。
「嘘、か…。たしかに。ほんとうはクラスメートなだけ、で…」
俺が片おもいしてるだけで。
「……」
真琴が急に黙って、俺の顔を窺うように覗きこむ。
「真琴…?」
「ねぇ凛。かなしそうな顔されると、勘違いしちゃうよ」
「勘違い?」
「凛は俺のことすきなの?」
ときが止まる感覚がして、心臓が突如としてあばれだす。なんて言えばいい?なにをこたえれば正解なんだ…?
「それは…」
「俺は凛がすきなんだけど」
「…!」
「俺たち、ホンモノになれないかな?」
真琴の瞳が逃がさないとばかりに俺を射ぬいていた。 歓喜にむねが震える。言いたいことがたくさんあるのに、言葉がまとまらない。 だから今はこれだけだ。
「なれる」
いい終えてすぐ、唇がふさがれてしまった。これがファーストキス、だ。前のはカウントしなくていい。 ここからをほんとうのスタートにしよう。こころに決めて、今度はまた、俺からキスをおくった。
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