オバケより



山姥切と大倶利伽羅は実際付き合っていたのだけれど、それはあまりおおやけにはなっておらず、知らない生徒には学内でなんだかあの二人はよく一緒にいるなあ、できているのかなあくらいにしか思われていなかった。しかし、二人の所属する天文部ではそうはいかない。こないだ行われた代替わり定例部会の際、大倶利伽羅の住所は中央通りだとほぼ全員が知ることになったし、山姥切の住所は上田通りで、大倶利伽羅が飲み会の後や星観の後いつも上田通りに消えるのはそういうことだったのかと、勘のいい、というより、普段から大倶利伽羅ばかり追いかけている女子生徒はすぐにわかってしまった。

代替わりといっても、四年生は春のうちから就活やらなんやらがあるので、実際は三年で先に役職を決めて、春から引き継ぎも兼ねてほとんどの業務を三年生がしていた。二年にも一応役職があって、三年の副部長の他に二年の副部長が一人と、合宿係を選ばなければならない。合宿の際には機材を運ぶために車が必要になるのだが、大倶利伽羅が従兄弟名義の車を、出そうと思えば出せる、と発言したことから住所がバレた。大倶利伽羅が住んでいるのは中央通りのマンションだが、そこは大倶利伽羅の親が持っているマンションで、そこに従兄弟も住んでいて、任意自動車保険の年齢も二十代が対象範囲だから、と、聞かれるがままに答えていってしまった。大倶利伽羅は別段隠すことでもないという顔をしていたが、山姥切は真っ青になった。なんでかって、女子生徒の視線が恐ろしいほど山姥切に注がれていて、それは「山姥切と大倶利伽羅ならお似合いだね」だとか「美男美女カップルかあ」なんて優しいものではなく、とげとげと刺さる嫉妬の視線か、悪意の込められたねっとりとした視線だったからだ。

ちなみに大倶利伽羅にも男子生徒からの視線が少数送られたが、まあ、山姥切はいろんな意味で無理、という共通意識があったのか、「お前、すごいな」という視線がほとんどだった。部内で山姥切は隠れアイドルで、半ば偶像崇拝されている存在であったこともあるかもしれない。さらに言えば話しかけても大変そっけないどころか、「どうして話しかけてくるんだ」というような態度を取られる。基本的に山姥切側としては部内の人間と仲良くしたいと思っているので、そういう風に取られてしまうのは大学生のいうところのコミュ障を拗らせすぎているだけだ。つまり誤解なのだ。けれどそれを弁明する人物もなかなか居ないうえに、山姥切に弁明しろというのはさらにハードルが高い。それでも人気があるのは、天使だから、と揶揄される山姥切の風貌と、人付き合い以外における(間接的には人付き合いにも貢献している)気遣いと、まっすぐで素直で優しい性格と、部への貢献のおかげだ。ちなみに、その部への貢献によって、役職を決めるにあたり、新部長の長谷部と、副部長の日本号から、二年の副部長は二年の初めからずっと部に貢献してきた山姥切がいいのでは、という推薦もあった。けれど山姥切はそういうのは柄ではないから、と辞退をして、結局、出席率の高い、他の女子生徒になった。

そのことがあったのが十月の頭で、それ以降四年生は引退をし、鶴丸は「あーやっと肩の荷がおりた」とかなんとか言いながら、卒論のために研究室に籠りきりになった。鶴丸は夏の間に行われたこの大学の院試にきっちり合格しており、あと二年は少なくともこの大学に在籍することになる。鶴丸のいる研究室に志望を出している山姥切としては喜ばしいことで、鶴丸の合格を知った時には、スマートフォンのアプリではなく、直接研究室に出向いて、「合格おめでとうございます」と、ささやかな贈り物と共にそう伝えた。鶴丸に贈ったのは、あまり研究関連のものだとうんざりされるかもしれないから、と、なんでもない、無難な安いボールペン型の万年筆だったのだけれど、鶴丸に「おお、ありがたいな!論文はデジタルとはいえ、下書きやら端書やらメモやら研究データはやっぱり紙媒体だからな!……しかしきみ、まあ、俺は喜んで受け取るし、研究室の奴らにも天使が万年筆くれたと豪語するわけだが、大倶利伽羅の心象はどうなんだ?」と言われた。山姥切はどうしてそんなことを聞くのだろうと思いながら、「え、大倶利伽羅は俺が誰に何をしようと、別段何も言いませんが……」と答えた。そうしたら鶴丸は天を仰いで、ちょっとため息をついた。

「きみは大倶利伽羅を恰好いいと思っているだろう?」
「え……まあ……はい……」
「素直でよろしい!……が、あいつは存外、恰好悪いぞ」
「……そんなことはないと思いますが……いや、その、お、大倶利伽羅が……何をしたって……その……お、俺は恰好いいなって……思っちゃうので……」
「はは、工学部の天使の異名は伊達じゃないな!よし!じゃあ俺はこの万年筆を後生大事にするし、きみからもらったことを研究室やら学部やら大倶利伽羅やらにやたらと自慢してやろう!」
「お、大倶利伽羅はともかく!が、学部はやめてください!」
「冗談だ、冗談。そういえば、十月に入ったら、文化祭の準備があるだろう。一年が室内での展示で、二年は屋外の屋台だよな。そろそろ色々と決めなきゃならんだろう。俺も二日目の文化祭管理委員会からイベントの司会進行を任されているんだが。なんでか」
「あ、はい。今日の夜に合宿所の部屋を借りているので、そこでみんなで話し合うことになってます」
「そうか。ま、あんまり無理するなよ」
「……ありがとうございます」

そうして鶴丸に無理をするな、とは言われていたのに、いざ合宿所で誰を文化祭の責任者にしようかという話になったら、一番に声の大きい女子生徒が、「部長と副部長から役職の推薦も受けてたし、山姥切でいいんじゃない?」と言った。副部長の女子生徒は他にやることがたくさんあるし、そういう風に言われてしまうと小さくなるしかないのでなんにも発言できず、かといって山姥切に何か言えるかというと、そうでもない。大倶利伽羅はバスケ部の大会が目前に迫っていたので、今日の集まりにも顔を出していなかったし、男子生徒もその女子生徒が怖いのかしどろもどろになっている。高校でいうところのカースト上位の女子たちがこぞって山姥切の名前を出すものだから、山姥切は他より四単位多く講義を入れている上に教職課程でさらに二単位、バイトも週四に増えていて、その状況を説明しようと「えっと」だとか「あの……」とか、小さな声で意見しようとしたけれど、あれよあれよという間に、文化祭の責任者を押し付けられてしまった。

文化祭の責任者が何をするかと言うと、まあ連絡を回したりだとか、意見をまとめたりだとか、話し合いの司会進行なのだけれど、山姥切はそれを講義の合間にやり、話し合いの時間のすり合わせも短い期間でツールを探してアンケートをとり、日程を定め、バイトが終わってから文化祭の連絡や目安箱にされている文化祭ノートを逐一確認し、目についたものはメモに控え、家に帰ってからはレジュメをまとめ、ルーズリーフに書いたものをノートで整理し、気が付いたら日付が変わっていて、翌朝は一限から、という日々に忙殺されるようになってしまった。その間一週間に小さな話し合いが二回ほど行われたのだけれど、それはだいたい女子生徒の雑談で、なんならそこに男子生徒も混ざって話し合いから遠ざかり、これはなんのための場だったのだろうと山姥切が思っていたら、「ちゃんと司会進行してくれないから今日も話が進まなかったじゃない」と文句を言われた。山姥切はそれはあんまりに理不尽だとは思ったけれど、結局は自分の声が小さくて、意見もまともに出せないし、意見が出てもまとめられないとわかっていたので、刺さる言葉を正面から受けて、うなだれながら「す、すまない……」と謝ることしかできなかった。

山姥切はその時点で大倶利伽羅に連絡をしようかと思ったけれど、大倶利伽羅は現在恐ろしいほどの練習に忙殺されている。現に大倶利伽羅からのメッセージや電話はしばらく受け取っていなかった。エースだから人一倍練習を積み重ねなければいけないし、二年のくせにという妬みや嫉みを回避するためにも、努力をしなければいけないし、実際そうしている。話し合いがある日の昼間、空き時間が大倶利伽羅とかぶっている時に練習を見に行こうと思ったりもしたけれど、体育館のギャラリーには天文部のカースト上位にいる女子もたくさんいて、それが怖くて行けていなかったし、そんな理由で応援もできない自分が情けなかった。そう思えば思うほど、最近はあまりしていなかったのだが、両手をポケットに突っ込んで、うつむいて外を歩くようになった。大倶利伽羅も大変なのに、それを自分の器量の無さから頼るのはあまりに申し訳ない。そうして、だんだんと食事も喉をとおらなくなってきて、例の女子達に痛いことを言われてとぼとぼと家に帰り、湯船に浸かって、明日はほぼ全員で集まる大きな会議だなあ、だとか、レポートの締め切り確かめていなかったな、だとか、明日のバイトをずらしてもらったから、明々後日から三連勤か、だとか考えて、機械のようにスキンケアをした。そうして、いつものようにルーズリーフに書きなぐったものをノートにまとめていると、そのノートに、ポトン、と、水が落ちた。山姥切は「……雨漏り……?」と天井を見上げるけれど、そもそも山姥切の部屋は三階建てのアパートの二階だし、外から雨音はしないし、なんなら、自分の頬だけが濡れて、顎から水が滴っているのがわかった。

それに気がついた途端、夜がこわいほどおしよせてきて、暗くて、なんにも視えなくて、山姥切は自分が泣いているのだと自覚してから、静かに、静かに、なんにも吐き出せないまんま、涙を流した。そうしてどこか精神とはかけ離れたところで、「ストレスを感じる環境にいると、交感神経が優位になる。実際、リラックスしている状態において優位になる副交感神経が、最近うまく働いていない自覚があった。寝つきが悪いのはもとからだが、最近顕著に眠れていないのは、交感神経と副交感神経のバランスが取れていないからだろう。その点、涙は交感神経と副交感神経のバランスを取る効果があると学説が発表されている。そして涙を流している状態においては、セロトニンが多く分泌され、副交感神経を優位にしてくれる。泣き疲れて寝る、という表現は、結局、疲れたからではなく、副交感神経が優位になって、リラックスしたから眠ってしまうんだ」と、ぼそぼそ、呟いたけれど、山姥切は自分がどうして泣いているのか、なにがつらくて泣いているのか、わからなかった。だから、結局理詰めの独り言をぽつぽつと、頭を後ろに傾けて、自分に言い聞かせるようにつぶやくしかできない。

「……涙というものは基本的に、三パターンのうちどれかにあてはまる場合に分泌される。基礎分泌……まばたきをする時に自動的に分泌される、眼球を保護する涙と、反射的な涙……これは目にゴミが入ったときや、玉ねぎ等をきざんだ時に発生する硫化アリル、煙等の刺激を受けた時に分泌される。……俺のはこのふたつじゃない。そうなると、感情による涙なのだけれど、この涙は基本的に左脳によって物事を理解し、右脳によって共感を覚えるか、悲しいと感じた時に分泌される。……そしてこの涙にはコルチゾールと呼ばれるストレス物質も含まれている。もし俺がなんらかの物事によってストレスを感じ、今泣いているのだとしたら、泣けるだけ泣いておけば、その対象がなんであれ、ストレス自体は多少なりとも解消されるだろう」

山姥切はルーズリーフはともかく、ノートにだけ涙が落ちないように、泣きながらノートをまとめていったのだけれど、だんだんとティッシュで拭っても、何度拭っても視界が滲んで、最終的にはなんにもできなくなった。涙があふれてあふれて、そのぶんだけ悲しいのが、こわいのがなくなっていくはずなのに、ずっとずっと、そういうものが胸のうちに凝っていって、身体の中が真黒になって、夜と一緒に、溶けていまいそうで、こわくなった。かなしくなった。どうしていいかわからなくて、忙しいとはわかっていたけれど、それ以外すがるものがなんにもなくて、大倶利伽羅に、携帯のアプリケーションのメッセージ機能で、「ちょっとだけ、さびしい」と、あまり心配をかけないように文章を送った。そうして携帯電話だけぎゅっと握って胸に押し付ける。けれど、いくら待っても、どんなに待っても、返事はかえってこなくって、気が付いたら朝になっていて、一晩中泣いていたんだ、と、まだ滲む視界で朝日を見たら、自分の身体がいつの間にか横になっていて、起き上がろうにも起き上がれなくて、どうしてだろうと自分の身体の状況を冷静に分析したら、熱があるのだと、わかった。基礎体温を測るためにいつも体温計は手元に置いているので、それでどうにか熱を測ったら三十九度を超えていて、立ち上がるどころか起き上がることもできなくて、病院、と考えたけれど、一人では行けないから、つまり行けなくて、とりあえず、今日の文化祭の大会議には責任者であるくせに出られない、申し訳ない、という文面で、連絡網を回した。今日が土曜日でよかったと思ったら、そこで意識はふつりと途絶えて、あとはなんにも覚えていない。


何度か目を覚まして、また眠って、それを繰り返して、土日が終わったら、熱は微熱程度にまで下がっていた。ずっと放置して、電池の切れたままになっていた携帯電話の電源を入れると、大倶利伽羅から土曜の朝に『昨日の夜は早くに寝ていた。すまない』と、メッセージが届いていた。山姥切は少し考えて、『すまない、大丈夫だ。知ってて、返事ないってわかってて、送った。こっちこそ、返事が遅くなってすまない』と送った。そうしたらすぐに『何かあったのか?』と返ってきたけれど、山姥切は大倶利伽羅の重荷になるのが怖かったので、『携帯のバッテリーが壊れてて、修理に出していた』と、はじめて、大倶利伽羅に嘘をついた。そうしたら大倶利伽羅は『……そうか』とだけ返してきて、メッセージのやりとりはそれぎりだった。

山姥切は単位を落とすわけにもいかないから、と、一限から講義に出て、すこしふらつきながらも、どうにか授業を終え、すぐにバイトに行かなければいけなかったので、いつものように正規の講師から小言をくらいつつ、どうにかこうにかバイトを終えた。そうしてから、そういえば会議はどうなったのだろうか、と、本当は早く家に帰って休まなければいけないところを、誰もいなくなった部室に入って、文化祭ノートをめくった。そこには山姥切が欠席した大会議の内容やメモ、決定事項が色々と書かれていたのだけれど、その内容を読み進めるうちに、山姥切はどんどん青くなった。

どうしてかって、その内容が、結局自分たちが楽しめればそれでいい、というもので、売るのが焼きそばに決まったところまではよかった。けれど売れるか売れないかもわからない謎の味付けのレシピが載っていたり、原価を考えない材料と価格設定、天文部が所有している文化祭用の器材ではまかなえないだろう種類の焼きそば、なんならよくわからないサービスもしようだとかなんとか、とにかくめちゃくちゃな内容だったからだ。

文化祭の屋台経費は部費から出ていて、赤字を出すことはつまり部費をいたずらに減らすことに直結する。さらに文化祭の売り上げで打ち上げを行うことになっている。打ち上げの店は文化祭前に三年の先輩が安めのお店を予約する手はずになっていて、文化祭で赤字を出したあとにそれを行うと、結局参加する部員の財布からお金を出してもらわないといけなくなるし、そうなると参加できない、参加しないという部員も出てきて、予約の席数と違ってしまって、損害はやはり部費から出すことになる。山姥切の代でそんなことは起こしたくないのだけれど、相談する相手がいない。唯一相談できそうなのは鶴丸であったが、この時期は卒論のための研究で昼夜研究室で忙しくしているだろうし、イベントの司会の件もあるし、大倶利伽羅はこの件には全くかかわっていないし、なにより今は忙しい。それに、責任者が自分で、それでおかしくなったから大倶利伽羅が出てくるなんてことになったら、自分が大倶利伽羅におんぶにだっこの情けない女でしかなく、より顰蹙を買うだろう。そうしていろんな思考がぐるぐると頭の中で巡って、体調不良からなのか、なにからなのか、とにかく頭痛がした。

体調管理ができていないと指摘されればそれまでなのだけれど、この内容を通してしまうことは絶対にできない。せめてどこかで修正をいれないと、と、山姥切はちょっとは目立つように、と、赤いボールペンで「これだと資本と純利益と経費のバランスがおかしいと思います……」とだけノートに書いて、重い身体を引きずって家に帰った。

そうして翌日は顔を出せなかったのだけれど、バイトを他の日に振り替えてもらった水曜日の放課後、今日は二十時から望遠鏡を出しての星観もあるからその準備のためと、文化祭ノートを見るために部室に顔を出した。部室には主に観望班(星観の日程を管理したり、星図の管理、星の知識が多い人たち)の上級生が数名と、同じ代の男子が一人居た。最近は文化祭の準備があるというのに、大倶利伽羅がまともに顔を出さないからと、本当に星が好きな女子以外の女子は話し合いの場以外ほとんど顔を出さない。そうして山姥切が少し安心しながら文化祭ノートを開いたのだけれど、その中身を見た瞬間、なにかが音を立てて凍りつくのがわかった。

山姥切の赤い文字にたくさんの矢印が伸びていて、そこには「話し合い出なかったくせに」だとか「じゃあ具体案出してよ」だとか「どこがどうおかしいか書いてくれないとわかんないから」だとか「責任者なんだからそれくらいしてよ」と、とにかく批判の山が書いてあった。山姥切はまだ回ってくれている脳みそで、携帯電話を取り出し、そのノートの主要部分を画像保存して、データとして控えた。今はもうそれしかできなくて、泣きたい気持ちで、普段ならきっと泣いてしまうのに、どうしてか涙が出てこなくて、それが不思議だったけれど、結局、その日は別段自分が手伝うようなことではないし、その義務もないのだけれど、観望班の上級生たちに「すみません、今日は体調が思わしくないので、お手伝いできません……すみません……」と謝って、とぼとぼと家に帰った。指が少し震えている。上級生たちは「いやいや、いつもありがとうね」だとか「お大事にね」と、むしろ気遣ってくれたのだけれど、それがほんとうなのかどうかも信じられなくなって、家に帰って玄関の扉に鍵をかけた瞬間、ぽとりと、「さびしい」と呟いていた。

呟いてしまったら、もうどうしようもなく寂しくなって、携帯電話で大倶利伽羅にメッセージでも電話でもしようかと一瞬、それを手にとったのだけれど、返事が来なかった夜を思い出して、それが手から滑り落ち、ガタン、と、怖いくらい大きな音を立てた。そうして、お腹なのか、胃なのか、頭なのか、胸なのか、とにかくどこもかしこも痛くなって、玄関にうずくまった。そうして、また、「さびしい」と呟いた。それなのに、こわいくらい、涙が出てこない。

「……さびしい……さびしい……さびしい、……だ、だきしめて……おねがい、だから……」

言葉どもは結局、ぽとんぽとんと玄関に落ちるばっかりで、その音は、さっきの携帯電話が落ちる音より、ずっとずっと小さくて、小さくて、消えてしまいそうに、おぼろだった。涙は、やっぱり、どうして、出てこない。


翌日の木曜日は講義がぎっちり詰まっていて、なんならバイトも入っていて、微熱も続いていたのだけれど、家に帰ったら、早くどうにか具体案を一人で考えなければいけない、と、わけのわからない責任感に捕らわれ、一年の時に一般教養で取っていた簿記の教科書を引っ張り出し、とりあえず使える経費、つまるところ部費を資本として、そこから一般的な屋台で売られているような焼きそばの原料の原価、部の文化祭用備品での回転率や屋台の立地等々、こまごまとした数字から出していった。学校内の文化祭すべてを取り仕切っている文化祭委員会から、例年の文化祭のデータを何年分かもらっておいたので、それとも照らし合わせて、ノートに出ていた案のうちで、実現可能性があるものを二種類に絞り、サービスは一日目の売り上げを鑑みてからだとか、売上金の管理方法等々、具体案を出したり、妥協案を出したり、細々とした部分もきちんと詰めていった。文化祭まで残り三週間だったが、まだ看板も作っていなかったので、教育学部の芸美科の女子が二人いたはずだから、その二人か、そういったことが得意な人や手伝える人たちで屋台の装飾や看板の準備を進めてほしい旨と、それに使っていい経費の上限まで、どうしてこれがダメなのか、どうしてこれは実現可能なのか、考えられるかぎりのことは全部レポート用紙にまとめた。そうしたらレポート用紙が六枚にまでなって、山姥切は簿記の教科書を閉じ、「寝ないと……」と呟いたが、もう朝になっていることに気が付いて、機械のように、朝の支度をはじめた。今日も講義があって、バイトがあって、大倶利伽羅には、会えない。

山姥切は昼休みのうちにそのレポート用紙六枚を文化祭ノートに挟み、急ぎで図書館へ行った。レポートの締め切りが一つだけ近かったのだ。部室にはコンビニで買った食品や、持参した弁当を食べている人たちがいた。それを見て、何か違和感を覚えたけれど、その違和感がなんなのか、よくわからなかった。自分が最後にいつ工学部食堂を利用したのか、うまく思い出せない。指が振るえる間隔も、狭くなってきていた。

そしてようやっとバイトを終わらせて、いつも通りわけのわからない理由で講師に怒られて、とぼとぼと家に帰ったのだけれど、なんだか身体が鉛のように重たい。どこがどうなのかわからないけれど、息ができないほど苦しい。どこもかしこも痛いからほんとうにどこが痛いのかわからないけれど、なんだか、痛い。重くて、重くて、痛くて、痛くて、思考をすることもできなくて、くるしかった。とりあえず、お風呂、と、玄関の内鍵をかけようとしたときに、携帯電話に着信があった。大倶利伽羅からだった。

「はい、お電話ありがとうございます。山姥切です」
『……?……大倶利伽羅だが、どうしてそんな出方をするんだ……?』
「え?……えっと……俺、なんて言ってた……?」
『いや、まて、あんた自分がさっき言ったこと覚えてないのか?どこかの企業の電話対応みたいな出方だったぞ。いや、まあ、それはさておき……こないだは……』

そこでまず、ガタン、と大きな音がした。この音には聞き覚えがある。携帯電話を取り落とした音だ。きっとまた指が震えたのだろう。だからそれを拾って、大倶利伽羅に「大きな音を立ててすまない。携帯を落としてしまった」と返さなければと考えたのだけれど、その思考が白んで、それは思考が白んでいるのではなく、視界が白んでいて、なんならそのまま意識がぷつんと途切れて、身体がまず膝から崩れ、色んな場所を色んなところにぶつけつつ、一番重たい頭から床に落ち、派手な音を立てただろうけれど、終ぞ、山姥切がその音を認識することはなかった。携帯電話からは、『おい、どうした』だとか『おい!大丈夫か!?』だとか『頼むから返事をしてくれ!』という声が響いていたけれど、それも当然、山姥切の耳には届かない。


うすぼんやりした意識に、泣きたくなるくらいなつかしい声がして、それが自分の名前を呼んで、瞼だけは持ち上げることができたけれど、うまく言葉が出てこなくて、かわりに、やっと、けれどそれにしては少なすぎる涙が出た。大倶利伽羅の名前を呼びたいのに、さびしかったって言いたいのに、唇からはかすれた声にもならない吐息しか出なかった。

「……念のために車で来てよかった。あんたの家はデカい病院まで近いからな。救急車呼ぶよりずっと早い」

そのあと大倶利伽羅が頭を打っている可能性が高いから、と極力山姥切を揺らさないように抱き上げ、ゆっくり、慎重に、脚を曲げさせて車の後部座席に寝かせた。そうして「シートベルトでとりあえず固定して、ゆっくり運転をして、ブレーキにも気をつかうが、シートから落ちないようにだけ、少し、ふんばってくれ」とやさしく手を握った。そこだけが自分の身体の中で、安心できる温かさで、山姥切はゆっくりと動き始めた車の静かなエンジン音と、悲しいとも、寂しいとも、こわいとも、つらいとも、なんにもとれない、けれどなんだか痛いような、大倶利伽羅の空気を吸って、ああ、自分はずっと、一人で、大倶利伽羅のためを思って、結局、大倶利伽羅に痛い思いをさせてしまっていたんだなあと、ゆるゆると落ちそうになる瞼を、必死で持ち上げた。

その後は車から大倶利伽羅だけ降りて、すぐに大倶利伽羅が頼んだであろうストレッチャーで病院内に入れられ、うっすらとでも意識があるうちに、と、軽い問診をされた。山姥切はどうにかしてそれに答えようとするのだけれど、呂律が回らなくて、それで結局色々な検査を受けて、最終的に病院のベッドで点滴を受けた。その間に山姥切は徹夜だったこともあり、検査の途中から気絶するように少し眠ってしまった。それでもどうしてか右手だけは暖かくて、震えも無くなっていて、それが、不思議だった。


山姥切がやっと、本当に目を覚ますことができた時、大倶利伽羅が傍にいて、山姥切の手を握ってくれていた。山姥切が「……どこだ……?」と唇を動かすと、口の端が酷く痛んで、それに眉をしかめた。そこがどうなっているか確かめようと左手を持ち上げようとしたけれど、軽く固定されていて、動かせなかった。そんな左手の甲には点滴の針が刺さっていて、それは透明ではなく、乳白色で、ひどく痛んだ。大倶利伽羅は意識の戻った山姥切の様子に、少し安堵の表情を滲ませて、息をついた。

「……上田総合病院だ。あんたは倒れて、それで頭を打って、脳震盪を起こした。電話中に倒れてくれて助かった。いや、倒れられるのは困るんだが。で、俺が病院まで車で運んで、もう意識混濁、呂律が回ってないから重篤な脳震盪で、CT等の検査を受けたが、そのあたりにはもう意識がなかった。結果的には脳内出血もなく大事には至らなかった。ただ血液検査で軽い栄養失調の診断、あとは体温検査で熱があったから、もともとの体調不良……そのわりに喉の腫れも鼻水等の症状もないから、自律神経系だろうと。……で、倒れる前は普通に話せていたことから、過労と栄養失調、過度のストレスからくる脳貧血で倒れて、脳震盪起こしたって話だ。まあ二日は入院して、絶対安静」
「……い、今、何時……?」
「……夜中の三時だが」
「大倶利伽羅、寝ないと……明日も練習……あるんだろ……?」
「俺は、倒れるまで講義やバイトはともかく、文化祭のアレコレやらされて、嫌がらせされて、体も心もボロボロなあんたをひとりにするようなどうしようもない彼氏には、なりたくない。練習はいくらでも休める。……あとからいくらでも挽回できるし、基礎トレ毎日欠かしていないからな。でもあんたの存在だけは、あんたのこころは、取り返しがつかないものだ。あんたがさびしいって、うわごとみたいにずっと言ってたなら、俺はいくらでも、傍にいる。脳震盪起こしてなかったら、ずっと抱きしめて、離さない。あんたが放してくれって言っても、離さない。そして俺は、結構、かなり、怒っている。あんたにも……いや、ほとんど自分に対してだな」
「……す、すまない……練習に集中してほしくて、大会で勝ってほしくて……れ、連絡を控えていた……」
「そうなんだ……あんたの、彼女としての落ち度は、実際ほとんどなくて、だから、自分がもうどうしても許せない。疲れていたって、おはようだとか、おやすみだとか、それくらいは、まあ、柄ではないが、できた。天文部にも練習後にたまに通っていて、文化祭ノートも、あんたが赤字で書いた日からは毎日チェックしていた。そもそもあんたが責任者だなんて、おかしい話だ。柄じゃない。副部長をやらなかったからやったのかだとか馬鹿な考えをした自分は本当に大馬鹿だ。……で、まあ俺はさらにどうしようもない大馬鹿なんだが、なんで俺が連絡控えてたか、わかるか?」
「え……大会……じゃ、ない、なら……その……な、泣きそうになる答えしか、出てこないんだが……お、俺のこと……」
「断じてそれはない。断じて、それは、無い。……いいか、俺は今からものすごく情けなくて、恰好悪いことを言うぞ。いいな?ものすごく情けなくて恰好悪くてあんたに失望されるような理由だ。……つ、鶴丸に、自慢された」
「……?」
「……あんた、鶴丸に万年筆……贈っただろ」
「あ、ああ、院試合格祝いに……それが……どうかしたのか?」
「俺はあんたから何かもらった記憶がない。鶴丸にその万年筆を自慢されて最高に苛ついたし、最高に嫉妬したし、ものすごく恰好悪いことに、連絡をしないという幼稚な手であんたに八つ当たりしていた。そうしたらこの様だ。馬鹿みたいに意地張って、それであぶなく、あんたのこと、失うとこだった……脳震盪は、軽視されがちだが、死に至る危険性もある重篤な傷病だ。過労も、栄養失調も、自律神経系も、そう……」

大倶利伽羅はそう言って、山姥切の少し細くなった腕から垂れる白い手の甲に、額を当てた。その温度で、山姥切は「すまない」と、ぽとりと言葉を落とした。

「……あんたはなんにも、悪くないんだ。大会もたしかに大事だけれど、俺はあんたの方が大事だって豪語していた。そのくせ、情けない嫉妬で八つ当たりして、あんたが大変な時になんにもしてやれなかった。なんなら、つかなくていい嘘まで、つかせた。バッテリーが壊れたとか、わかりやすい嘘に、なんかあるんじゃないかって、逆ギレして、そのあとしばらく連絡も何もしなかったし、会おうと思えば会える時間だっていくらでもあったのに、会わなかった。……最低だろ……あんたはそんなことしないって、冷静に考えれば、わかったはずなのに。部室のノート見て、あんたがほんとうにヤバいんだってわかって、それでやっと電話するクソみたいな彼氏だ……情けない……」
「……嘘、ついたのは……あやまる。本当は、金曜の夜に、どうしようもなくなって、メッセージを送ったんだ。返ってこないって、わかってたのに、でも、どうしてもこわくって、寂しくって、ずっとずっと泣いて、朝まで泣いて、そうしたら起き上がれなくなってた……熱が……三十九度まで上がって……土日は意識が混濁してた……そんなこと言ったら、あんた、心配してくれるだろ……大会前だから、そういうの……嫌だった……でも嘘はよくない……すまなかった……」
「……俺は……本当に最低だ……。どうしようもない。……金曜の夜、本当は起きていた。あんたからのメッセージも見ていた。でも、最低な理由でメッセージすら返さなかった」
「最低……?」
「彼氏でもない男にはプレゼントやるくせに、なんで俺にはなにもないんだ、って」
「……え、」
「あんたはもう俺のことをめちゃくちゃに殴り倒していいし、縁を切ってもいいし、金的したって、とにかくもう酷いことをなんでもしていい。もう無理だ。最低すぎる自分にどうしようもなく腹が立つ。無理。ほんとうに無理だ。情けなさすぎる。意味不明な嫉妬でどうしようもなく大事な女からの大切で重要すぎるメッセージを無視?俺は即座に死ぬべきだ」
「し、死なれたら困る!や、やめてくれ!あんたはそんなキャラじゃないだろう!?俺のキャラ混ざってないか!?結局は俺が鶴丸先輩にはプレゼントしたのに、あんたの誕生日やら、クリスマスやら、バレンタインやらになんにもプレゼントしなかったのが根本的な原因だろう!?論理的に考えろ!一般的に……まぁ、一般の定義はさておき、大多数の女性が彼氏にプレゼントを贈っているだろうイベントでプレゼントを貰っていない状態で、その彼女が他の男にはプレゼントを贈ったら腹が立つのはわかる……。すまない、今やっと気が付いてしまった……そして、その……とても不謹慎なことを言ってもいいか……?」
「……なんでも言ってくれ……」
「……あ、あんたが……その……嫉妬してくれて……じ、実はちょっと、嬉しい……」
「……なあ、あんたなんで背中に羽生えてないんだ?なんで頭の上に輪っかが浮いてないんだ?だ、駄目だ……自己嫌悪が酷すぎて、俺は自我を保てない……ヤバい、天使。俺の彼女マジ天使」
「……あんたが何を言っているか、ちょっと理解できないが、自我を保って聞いて欲しいことがある。……いいか?」

山姥切が、握られてばっかりの手を、あるかぎりの力で握り返したら、そのか弱さに、大倶利伽羅が少し情けない色を顔にのせた。そうして、ひとつ息をして、いつもの、不愛想で、恰好よくて、こわいのに、こわくなくて、ずっとずっと、好きな顔になった。山姥切はそれで、へらりと笑ってしまいそうになったけれど、それをどうにかこらえて、大倶利伽羅の、かなしい言葉たちに向けて、静かに、動かすと痛む唇で、静かに、言った。

「俺は、あんたが誰を嫌悪しようとかまわないし、それが間違った嫌悪だったら指摘する。嫌悪の対象が俺であっても構わない。でも、あんたがあんたを嫌悪したら、俺は、……なにもしてやれない……」

その言葉を聞いて、大倶利伽羅の手から一瞬、力が抜けて、すぐに、痛いくらいの力で握られた。それから、山姥切の視界が大倶利伽羅の左手で覆われて、なんにも視えなくなったけれど、ぽとりと、右手の甲に落ちてきたぬるいもので、ああ、と、わかった。だから、大倶利伽羅の右手から、肘、肩、首、と辿って、その頬を濡らしているものを、丁寧に、すくった。あたたかくて、つめたくて、そうさせたのが自分だって考えると、ひどく、困った。大倶利伽羅の言っていることがやっとわかって、山姥切も泣いて、ふたりして、ちょっと笑った。泣きながら、笑った。


結局山姥切は栄養失調と過労で土日は入院を余儀なくされたが、日曜の午後には退院して、心配した大倶利伽羅に、一キロもない道のりを車で送られた。大倶利伽羅の運転する車に乗るのは二回目だが、一回目は意識が混濁していたからノーカウントとして、いざ助手席に乗ってみると、緊張で胸だとか頭だとかがどうにかなりそうだった。サイドブレーキを上げる仕草も、ウィンカーを出す仕草も、ハンドルを握っている恰好だけでもなんでもかんでも恰好よくて、バレないようにチラチラ見ていたら、「……そう見られると、運転しづらい」とぼそぼそ、言われた。

「す、すまない……あ、あんまり……恰好いいから……」
「まあ、今度、暇な時にでもドライブ行くか。俺を恰好いいと思っているあんたが可愛いからな」
「……」
「まあ、とにかく養生しろ。授業と……まぁ……責任者になってしまった文化祭は仕方がない。が、バイトは少し休めないのか」
「……期末の季節だから……」
「……そもそも、あんた、なんでバイトしてるんだ?学費やら生活費か?」
「いや、それは全部奨学金や親の仕送りで足りている。ええと、これは持論なんだが、奨学金や親の仕送りを交際費や趣味にかかるお金として使うのはどうかと思う。だから交際費や趣味に使うぶんだけ稼げれば、と、大学が紹介していた塾でバイトをはじめた。週二から始まったバイトがどうしてか週三になって……週四になり、たまに五連勤……正直、交際費とかほとんど出費がないし、趣味にかける時間も減ってしまったから、今は結構貯金が……。親に仕送りの額を減らしてくれないかと相談したが、学生のうちにちゃんと遊び方を覚えておけ、それから女なんだから化粧等もちゃんとしろ、と突っぱねられた。今回入院したけど……二日間だけだし、俺、親が若いうちにかけておけば最終的には得だし、俺はそんなに身体が丈夫ではないからと結構医療保険かけてて……入院日額一万……さらにサポートで十万……も、勿論入院費以外は親に受け取ってもらう。ええと、バイトの収入については……まあ年間収入は扶養を外れてしまう金額を超えていないけれど……」
「……今、軽く脳内で計算をした。あんた、たしか一年のはじめからバイトしてたよな。そしてほとんど友達もいないし、部活の飲み会も最低限で、いつも一次会で帰るよな。で、踏み入った質問で申し訳ないが、正直に答えろよ?今、口座に百万以上入っているかどうか、イエスかノーで答えろ」
「……イエス」
「バイト、一カ月休め」
「……クビになる……」
「週四以上で授業任せてるんならあんたが優秀なんだ。体調不良だのなんだので一ヵ月休ませてください、駄目ならやめます、で通る。クビになっても他にもっといいバイトあるだろ。このあたりは塾なんて山ほどある。個人的に家庭教師は勧めないが」
「なんで家庭教師は駄目なんだ?……あと、俺は多分優秀じゃない……授業が終わるといつも本業の講師から小言をくらう……三十分くらい……いや、まあ、その三十分でも給料が発生するわけだが」
「家庭教師の件については黙秘権を行使する。小言については多分セクハラだ。そいつがあんたと一緒にいたいだけだ。あんたの授業どうこうは知らんが、毎回ってのはおかしいだろう」
「……セクハラかどうかはわからないが、と、とりあえず……職場に連絡は入れる……面と向かっては無理だ……」
「俺のためにそうしてくれ」

そんな会話をしていたら、大倶利伽羅が勝手に遠回りをしたのにすぐに山姥切の家について、駐車場がなくて道幅が狭いから、と、大倶利伽羅は車から山姥切を見送ることになった。

「無理はするな」
「……ああ」
「辛かったらいつでも連絡してくれ」
「わかった」
「……す……違うな……あいしてる。……安っぽい言葉に、聞こえるかもしれないが、ほんとうに」
「俺も……あいしてる……安っぽくても、なんでも、俺はその言葉が、嬉しい」

大倶利伽羅はなにか眩しいものを観るように目を眇めて、「じゃあな」と、窓を上げた。山姥切はその車の姿が見えなくなるまで、それを見送って、まだ少しだけ倒れた時に打ったところや鞭打ちになった首が痛いなあなんて平和なことを思いながら、階段を上って、やっぱり大倶利伽羅が好きだなあなんて、やっぱり平和なことを思って、少し休んでから、幸福な気持ちで、レジュメのまとめや、レポート、ノートのまとめをはじめた。


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