幽霊より



そして翌日、昼休みのうちに今週の水曜日提出のレポートを、学生課のレポート専用ポストにきっちり入れてから、山姥切はそういえば土日の間に文化祭の方はどうなっていたのだろう、と、天文部の部室を訪れた。そうしたら、一年も二年も三年も、男女問わずいつもよりかなり多い人数が集まっていて、山姥切が部室に現れた瞬間、雑談が止まり、妙な空気になった。けれど、それを誤魔化すように、またなんでもない、しかしギクシャクとした会話が始まった。けれど視線はちらちらと山姥切に向いていて、それはいつものそれではなく、何か腫れ物を扱うような、疑念を抱いているような、軽蔑しているような、そんな視線だった。山姥切はそれがとても恐ろしく、不気味に思えたけれど、文化祭ノートだけ確認して、すぐに出て行けば問題はないだろう、と、判断した。こういった空気の時は大抵、悪口や陰口を叩かれている時だと、ちゃんとわかっていた。

けれど、文化祭ノートを開くと、山姥切が挟んでおいたレポート用紙はどこにもなく、ただ数枚の写真が貼り付けられ、赤いマジックペンで、短文が書かれていた。それを目にした瞬間、山姥切は心臓が凍るより冷たくなり、困惑することしかできなかった。

写真というのは、山姥切がふくよかな男性からお金を受け取っているように見える写真と、その男性とホテルに入ってく様子の写真、それから他にも複数の男性とのそういった光景を写したものだった。山姥切にはもちろん心当たりがないけれど、写真に写っているのは間違いなく自分で、それが不思議、というより、恐ろしかった。そしてその写真の下には、「売春しているようなやつには責任者なんか任せられない」と、大きく、目立つように書いてあった。山姥切は顔を真っ白にして、しかしここで駆け足で部室を去ったら、認めたも同然になる、と、やけに冷静に考え、ノートを全て確認してから、「お疲れ様です」と、いつも通り小さな声で、挨拶をしてから部室を出たけれど、部室棟の廊下は、流石に走った。どうしようどうしようという気持ちが強くて、とにかく誰かに相談しなければならないだとか、大倶利伽羅はこのことを知っているのだろうか、だとか、誰に相談すれば、だとか、そういうことが頭の中をぐるぐるめぐり、泣けばいいのか、笑えばいいのかもわからなくて、前後不覚にすらなりそうで、だから正面から走ってきていた人物にも気付かず、その人物と正面衝突した。けれど山姥切はそれが誰かもわからないし、謝罪の言葉を口にできるだけの余裕もなかった。ぶつかった衝撃でしりもちをついていたけれど、脚が震えて、立ち上がれそうもなかった。

「大丈夫か!?」
「……え……と……あ……」
「俺だ!鶴丸!わかるか!?」
「……鶴丸……せんぱ……?……ちが……わかんなくて……なん……」
「とりあえず、落ち着いてくれ。息を吸いすぎている。あとで大倶利伽羅になんと言われようと、少しきみの呼吸を整えさせてもらう」

鶴丸はそう言うと、過呼吸寸前の山姥切の口元と鼻を手で覆って、それを定期的に外し、自分も深呼吸をすることで、山姥切に呼吸を合わせさせた。そうしたら呼吸は整ったのだけれど、今度は顔面蒼白でガタガタと震えて、山姥切にもどうしようもなくて、「な、なんで……」だとか、「つ、鶴丸先輩も……知って……」だとか、「ち、ちが……」と、支離滅裂で自分でもわからない言葉どもが口からぽろぽろ落ちて、鶴丸はそれがおさまるのを待ってから、ちゃんと山姥切に向き合い、両肩に手をのせた。

「大丈夫、大丈夫だ。あんな写真は合成されたものだってわかっているし、きみはそんなことは絶対にしない。少し落ち着いて話をしよう。全部説明する。近場……は、駄目だな……とりあえず、きみ、立てるか?手ならいくらでも貸すが」
「た、立てな……あ、脚が……震えて……」
「じゃあ肩を貸そう。大倶利伽羅になんと言われようと、メーリングリストを確認していないあいつが悪い」
「メーリス……で……?じゃあ……」
「……口が滑った。すまない。ああ、ええと、とりあえず俺の肩に掴まれ。それから腕を回して、すまないがセクハラにならない程度に腰を支えるぞ」

鶴丸は大倶利伽羅よりずっと細身なのに、やすやすと山姥切の腕を取ると、腰に腕を回し、上手く立ち上がらせた。その間にも、山姥切を安心させるためなのか、「お姫様抱っこしてもいいんだが、そんなことをしたら大倶利伽羅に殺されるからな!」なんてことを言っている。けれどその声にも、いつものような陽気さはなく、取り繕ってはいるのだろうけれど、怒りのようなものが見え隠れしていた。

「ええとそうだな、少し遠いところで話をしよう。きみもそのほうがいいだろう。午後は実験だな?きみならまず休んでいないだろうから、あとで教授に体調不良だったと言って、すまないがレポートか課題をこなしてくれ。場所は……そうだな、駅の喫茶店がいいな。リッチにタクシー使うぞ。俺の奢りだ」

鶴丸はそう言うと、人目の少ない抜け道を使って、工学部と他の学部の間に横たわっている国道のコンビニまで山姥切を支えながら歩いてくれた。そうして、コンビニでタクシー会社に電話をかけ、タクシーで山姥切を駅まで連れて行って、山姥切が「は、半分出します……」と言う前に、対応しているらしいチャージ式プリペイドカードで支払いを済ませてしまった。そうして、山姥切はやっと一人で歩けるようにはなったが、まだふらつく脚だったので、鶴丸の腕にしがみつきながら、とりあえず外から入れる立地の喫茶店へ入った。鶴丸が「何にする?」と聞いてきたが、山姥切はうまく答えられず、結局鶴丸がブレンドコーヒーと、ホットココアを注文して、出来上がるまでふらふらの山姥切をソファ席に座らせ、後からトレイを持って、山姥切の正面に座った。

「まあ、少し落ち着こう。なんでもない話から。そういえば、俺は物凄い勢いできみからもらった万年筆を大倶利伽羅に自慢したんだが、大倶利伽羅は何か面白いことを言っていたか?」
「……ええと、かなり……嫉妬したと……俺が、大倶利伽羅にはまだ何も贈ったことがないので……それでまぁ、色々と……」
「え、あ、そうだったのか……。それはすまないことをしてしまったな……。てっきり、誕生日だとか、まぁバレンタインあたりだとかに何かしら贈っているだろうから、と……」
「いえ、鶴丸先輩は悪くなくて……はは、そういえば、あの時の大倶利伽羅は、少し、格好悪かった……」
「俺が言った通りだっただろう?存外あいつは格好悪いんだ」
「……でも、格好悪い大倶利伽羅も……ええと、いや、なんでもないです」

山姥切はそそくさと俯いて、ちまちまとココアを飲みながら、そういえばお金を、と、財布を取り出そうとしたのだけれど、鶴丸に「工学部の天使とデートできているだけで充分だ。あ、いや、これは浮気にカウントしなくていい。俺に下心はないし、きみたちの仲は応援したいと思っている。そしてこれはまぁ情けない自信なんだが、俺はきみに恋愛対象と認識されていない自信がある。素晴らしい先輩だとは思われているようだがな」と言われ、どうしようもなくなった。そうして、山姥切が落ち着いたのを見計らったのか、鶴丸がスマートフォンを取り出した。

「さて、まぁ、気軽に本題を聞いてくれ。これが今朝俺の携帯に届いたメールだ。天文部のメーリングリストからの着信なんだが、送り主が非通知になっている。このサービスで匿名機能の使い方というか、まぁ裏技というか、そういうのを知っているのか調べたのかはわからないが、まぁなかなか頑張ったなあ、そいつ。で、その内容が、きみも見たであろう複数枚の写真データと、きみの学部と学科、そして名前、複数の男性と……まぁ、包み隠さず言おう。援助交際……売春をしているという旨の文章が添えられていた。で、まぁ、写真から見ても、俺くらいになるとわかるんだが、一応の確認だ。これは事実ではないな?」

山姥切は胸が痛くて冷たい心地がして、うまく言葉にすることができないので、ひとつ、頷いた。鶴丸は「まぁ、当たり前だよなぁ」と言って、スマートフォンに保存された写真をひとつひとつ、「見るのも嫌だろうが、ちょっと見てくれ」と、山姥切に見せた。

「まず一枚目の写真。これは結構うまく合成されている。けど部室のアルバムから切り取ってあるから、それと重ねれば嘘だとわかるし、あとは細かい解像度の食い違いがある。とにかく合成写真だ。で、二枚目は影の位置がおかしい。左から照明が当たっているのに、男は左、きみの影は右だ。だからこれも合成。細かく見ればきみの足元の位置もおかしいしな。三枚目なんだが、これはちょっと手こずった。が、ここら近辺にこの名前のラブホテルは存在しない。調べたら北海道にしかないというチェーンのラブホテルだった。それなのに手前の道路標識はここらの国道。あとの数枚は作ったやつがもう面倒になったのか、まぁとにかく見るやつが見ればすぐ合成だとわかるものばかりだ」
「……え、ええ、と、鶴丸先輩は、わたしのこと……」
「可愛い後輩だと思っている。下心なく。そうして、きみがこういったことを絶対にしないと確信している」
「……」
「こういう時にうつむかれると、少し照れるな。こういう時はありがとうだけでいい」
「……ありがとうございます……」

鶴丸は取り敢えずの話が終わったら、「すまない、きみ、煙草は嫌いか?」と尋ねてきた。山姥切は別段、副流煙がどうとは思わなかったし、煙草の匂いについても、特に思うところはなかったので、「いえ、べつに……大倶利伽羅も……たまに吸いますし……」と答えた。そうしたら鶴丸が、「じゃあすまないが、一服させてくれ。久々に腹が立って、どうしようもない」と、鶴丸は見たことのないパッケージから茶色い紙で巻かれた、ずっと細い煙草を取り出し、ライターで火をつけた。山姥切はそれを見て、いつかの夜を思い出し、無意識に唇を舐めた。それを見た鶴丸がすこし笑った。そうして、半ば呆れたようにして「いやあ、なんだか、いや、下心はないんだが、嫉妬というものはするものだなあと思って」と、煙を深く吸い込んで、横を向いてそれを吐き出した。

「……な、なにか気に障ることを……?」
「いや、きみが唇を舐めたから。大倶利伽羅の煙草、ブラックデビルだろ。カフェバニラだったかな。あれは吸い口が甘いんだ。前に一本貰ったから覚えている。ちなみに俺のはチャップマンのバニラで、これも吸い口が甘いんだが、まぁ、大倶利伽羅がきみに煙草なんて吸わせることはないだろうから、そういうことなんだろうと」
「……」

山姥切はそう言われて、顔を真っ赤にした。鶴丸は少し笑って、ブラックコーヒーを静かにすする。そうして、鶴丸は携帯電話をじっと見つめて、また、ため息のように煙を横に吐き出した。山姥切は、鶴丸の灰の落とし方と、大倶利伽羅の灰の落とし方がちがうので、鶴丸の手元に目をやっていた。大倶利伽羅は親指でフィルターを弾いていたが、鶴丸はひとさし指でとんとん、と、丁寧に灰を落としている。

「さて、今回の件、きみにとっては辛い事実なのだろうが、メーリングリストで、部員全員に回されている。だが安心して欲しい事実もある。この写真、SNSには載せられていない。俺が写真照会プログラムで思いつくかぎりのブラウザで検索をかけたが、見つからなかった。Twitterの鍵垢等については確証を持てないが、そういうのは小さなコミュニティしか持てない。そこにまで出回らせる知能が、まぁこの主犯にあるとは思えない。こんなに幼稚な手でしか嫌がらせは出来ないんだからな。で、つまりこのガセが出回っている範囲は天文部員でメールを確認しているやつだけ、と、考えていい。SNSに情報を流さなかったのは軽い知能犯的な、警察沙汰になるとわかってやっていなかったのか、部内にだけ出回ればそこからいくらでも流出するという子悪党的思想なのか……。いや、部内だけでも多すぎるんだがな……。しかし、まぁ、俺が全部合成の証拠……いや、これは多分電気電子……それも情報科の奴……そうだな、明石という奴がいる。元天文部の幽霊部員だ。研究室から出てこないどころかそこに住んでるようなやつだが、こういうことには滅法強い。多分解析は一時間で終わるから、そいつにやらせよう。まぁ面倒がるだろうから、大体のことは俺がやって、細かいのはそいつに任せる。あいつのタバコはなんだったか……あー……キースのアロマローストか……なんで俺の周りの奴らはコンビニで買えるタバコを吸わないんだ。とりあえずそれワンカートンでやってくれるだろう。で、合成の証拠は確実に全部出る。あ、金銭面のことは気にするな。俺が副業でいくら稼いでいるかきみは知らないだろう。毎年確定申告が面倒なくらいだからな。それにまあ、これは俺がやりたくてやることだし。話が逸れたな。で、合成された写真やソフトについて、学内で卒業アルバム用に撮ってある写真や部内のアルバムの写真はデータ保存されているから、そこから引っ張ってきた写真と、可能な技術的方面から使われたであろうソフトは割れる。きみの熱烈なファンから譲り受けた隠し撮り写真の出どころはわからないが……まぁ、追々そこも詰めていく。あとはそうだな……今の部長は長谷部か。今頃日本号とどうしたものかと考えているだろうが、生真面目なあいつのことだ、合成と分かれば……まあわからずとも、すぐに部内総会を設けて、きみの無実を証明し、資料と合わせてきみの身の潔白は証明される。長谷部は法学部だからちょっと写真の合成は見破れないかもしれないな。その点日本号はまぁ、建築とはいえ工学部で、都市開発とかはパソコンのソフトウェアかなんか使ってた気がするから、知識もそれなりにある。あと二浪してるから、年齢的にも落ち着いて対処できるだろう。俺みたいにな。で、問題はこれを誰が回したかわからない点なんだが、まあ、わかってしまうのがメーリングリストの管理者権限なんだよなぁ」
「……ええと、たしか歴代の部長は……卒業か院に入るまでは管理者権限持ってますよね……鶴丸先輩のお手伝いで、一時的に権限をもらって、メンバーを整理しました……」
「ああ、そういえばそうだったか。で、俺も当然その権限をまだ持っている。その権限でデータを見た結果、部内全体にこれを流したやつの名前はこれなんだが、きみの代からは人数が多すぎる。俺は見覚えというか、なんというか、印象に残っていないのだけれど、きみ、こいつのこと知っているか?」

山姥切は表示された名前を見て、「あ、」と声を出した。山姥切を一番に文化祭の責任者に、と推薦してきた女子の名前だ。

「ええと……たしか人文の、国際文化の人です……」
「派手目の?」
「派手かどうかはわかりませんが、国際文化ですし……お洒落な方だな、とは……」
「そうなると多分共犯がいる。文系でAdobe……ああ、こういった合成写真を作るときに必須なソフトウェアだ。ものすごく高価なソフトだから、多分芸美の誰かに頼んだな……。芸美の奴なら、学部で格安に支給されるんだ。それから写真集めを一人ではできないだろう。このメールが届いたのは、今朝だ。しかし、なんというか、動機があまりよくわからない。きみと大倶利伽羅が付き合っているという事実やきみの存在に対する嫉妬や僻みというのはわかる。しかし、それだけでここまでするか?時間だって、まぁかかっているだろう、それなりに。きみ、なにか心当たりは?」
「ええと、文化祭の……その、結論からですと、ちょっと理解が難しいと思うので、時間がかかりますが、時系列順でいいですか?」
「むしろその方が助かる」

鶴丸はきちんと話を聞きたいのか、煙草を灰皿に押し当て、完全に火を消した。だから山姥切もこわいとは思ったけれど、少しずつ頭の整理をして、ぽつぽつと話し始めた。

「一番最初に、二年で誰を責任者にしようかという会議がありました。結果的に、俺が責任者になったのですが、俺を真っ先に推薦したのが、その女子生徒です」
「……そこからか……」
「……何度か話し合いをしましたが、うまくまとまらず……最終的にほぼ全員で集まって、大会議が開かれたのですが、俺は突然熱が出てしまって、出席できませんでした。それが先々週の土曜日です。その大会議で何が話し合われたのかわかりません。ただ、とにかく……少々……利益と経費のバランスがおかしい結果がノートに書いてあって、俺はそれについて指摘しました。面と向かっては言えないので、文化祭ノートに赤ペンで書いたんですが……。で、結果的に俺は大批判をされ……具体案を出せだとか、どこが駄目なのか教えて欲しいという旨のコメントが書き返されていました。なので、俺は時間をとって、その具体案や妥協案、何が実現可能で、どうしてこれは実現可能ではないのかをまとめ、それをノートに挟んでおきました。それが先週の金曜日です。そこからはその……まぁ、文化祭の件とは関係ないので割愛しますが、土日は体調不良で動けず、先程部室に行ったらそうなっていた、と……。ノートに……写真が挟んで……あって……その……メッセージも……。ち、ちなみに俺の携帯には、そのメールは届いていません……」

鶴丸は大まかな話を聞いて、いつもの飄々とした顔ではなく、恐ろしいほどの真顔になって、「明らかな嫉妬……それだけなら……いや、きみにとっては大問題だが、まぁ、それだけなら看過できた。けれどこれは明らかにきみをどこまででも、口にできないような場所まで追い詰めるように仕向けられている。悪質極まりない」と、またタバコを口に咥え、それからはっとしたように「すまない、断りをいれなかった」と、それを指に戻した。

「いえ、べつに……」
「そうか、では遠慮なく。……で、実際問題、これは名誉毀損だ。嫌がらせの域を超えている。通常であれば弁護士を立て、提訴して裁判するレベルの名誉毀損だぞ。民事なら、の話だが……が、まぁいち学生にそんなことはできない。刑事なら話は別だがな。とりあえず、俺が部長と副部長に、わかっている範囲の合成写真である証拠と、メール送信者を……まぁ送信者はわかってるか。とにかく話を通しておく。多分このあとどうするか、現部長と副部長ときみで話し合いをするべきだ。二年の副部長はどうだろうな……ちょっと今回は部外者扱いになるかもしれない。かなりナイーブな問題だから。で、そのメールを送信した女子生徒についてはその場に絶対に呼ばないように言っておく。まぁ日本号ならそのあたりわかっているだろう。で、今日中に明石にやらせるであろう合成写真の詳細な証拠と、あとは共犯である可能性が高い生徒をあぶり出しておいて、部内総会を行う。これにはきみは参加しないほうがいい。最終的にこの件は学生課に届け出て、学校側に処分させるし、まぁ、俺が部長だったら、関わった生徒たちは全員退部処分にするが、そこは現部長の判断に委ねるしかない。とにかく、きみはなにも悪くないし、なんにもこわいことなんて、ない。だからちょっと落ち着いて、きっとうまく流れてゆくから、流れに身を委ねていればいい」
「……ありがとうございます……あ、ありがとう、ございます……」

山姥切がそう言って涙目になると、鶴丸は「あ、泣くのは我慢してくれ!でないと今度こそ本当に大倶利伽羅に殺される!」と、慌ててタバコを灰皿に押し付けた。山姥切も安心したのと、硬く凝っていたものがほどけて、安堵して、やっと、深く息をついた。

鶴丸はその様子を見てから、まず誰かに電話をした。しかし言っていることがよくわからない。大倶利伽羅という単語は出てくるのだけれど、それとセットで「母方のお祖母様が」だとか「前回は誤嚥性肺炎でしたが、今回は心筋梗塞で」だとか、たしか大倶利伽羅の祖母は母方も父方も、もうずっと前に亡くなっているはずなのに、と、山姥切が疑問に思うような単語がベラベラと出てくる。うわごとでなんだとか、相続がどうとか、とにかく捏造に捏造を重ねているのはわかった。そして次に現在実験中か講義中であろう複数人にメッセージを送り、最後に研究室にいるであろう明石へと電話をした。一通り鶴丸が連絡を終えたあとに、「そうだ、きみ、ちょっと俺もソファ席に座っていいか?」と尋ねてきた。

「……?いいですが、ええと、俺が椅子の方に座るんですか?」
「いや、ふたりでソファ席を使う」
「狭いと思いますけど」
「まぁ、隣空いてるから、かまわんだろう」
「ええと、理由をお伺いしても……?」
「格好悪い大倶利伽羅が見たい」
「……ええと……いや……さすがにそれくらいじゃ……そんな……」
「まぁまぁ。……ん?きみ、香水かフレグランスか、つけているのか?今まであんまりに……俺にしては珍しく感情的になっていたから気が付かなかったが」
「いえ、つけていませんが……。あ、今日は……朝にシャワーを浴びたので……ええと、ボディクリームかシャンプー……いえ、ボディクリームに合わせたヘアデオドラントの臭いだと思います。……鼻についたのなら……すみません……」
「いや、とてもいい匂いだな、と。そうそう、部室でたまにこの匂いを感知していたんだが、どうにも男という生き物はそれがどこから香ってくるのかについて鈍いらしい。君だったか。大倶利伽羅もなぁ、こんな可愛い彼女をほっぽってなにをしているんだか。あ、一緒の写真撮っていいか?きみ、金銭面で引け目を感じるタイプだろう。だからこの写真でチャラってことで。写真を利用されたあとだけれど、大丈夫かい?俺は勿論、この写真は大倶利伽羅に自慢することにしか使わないと約束しよう」
「……あ……いえ、むしろ、なんていうか、撮ってもらった方が、多分、大丈夫になると、思います……俺の写真にそんな価値があるとは思えませんが……鶴丸先輩がそれでいいなら……」

山姥切がオーケーを出すと、鶴丸は携帯電話のなんらかの写真アプリ開いて、インカメにした。そうして、「笑えるなら笑ってくれ!」なんて言うので、山姥切はぎこちなくも、安心からか、どうにか笑うことができた。その写真を撮るとき、肩と肩が軽く触れたのだけれど、別段気にすることでもないと思った。その喫茶店に息せきって大倶利伽羅が現れるまでは。

「おお、伽羅坊!いいとこにきたな!今俺は絶賛工学部の天使と……」
「……殺すぞ?」
「え、え……?」
「さて、まぁ俺には恐ろしいが、きみには優しい迎えが来たし、俺はお役御免だ。あとは若い二人でごゆっくり」

鶴丸はそう言うと、山姥切の飲み終わったカップごとトレーを片付けて、どこかへ姿をくらませてしまった。大倶利伽羅は明らかにイラついていて、それは例の写真を真実と思っているからかもしれないと、山姥切はまたガタガタ震え始めた。そうしたら席に座るつもりのないらしい大倶利伽羅に、「行くぞ」と、言われ、山姥切は立ち上がろうとしたのだけれど、鶴丸に与えられた安堵と、大倶利伽羅への、正しくは誤解へのこわさで、腰が抜けたか、脚が震えているか、そのどちらもが理由なのか、とにかく立てなくて、「……す、すまない……」とだけ、ぼそぼそ、呟いた。大倶利伽羅はそれをどうとったのかわからないが、とにかく、「ここにずっと居たいのか」と尋ねてきた。

「そ、そうではなく……」
「じゃあなんだ」
「え、ええと……ええと……」

山姥切はどう説明していいかわからず、説明してしまったら自分が大倶利伽羅を疑っているか、大倶利伽羅が自分を疑っているかの内容にしかならないことがわかってしまっているから、どうしようもなくなって、「こ、こわ、い」とだけどうにか口にして、それから、これまで我慢してきていた分の涙が全部でてきたんじゃないかってくらい大粒の涙をぼろぼろこぼした。大倶利伽羅はそれで、「泣かれると、困る」と言うから、また申し訳なくなって泣いてしまって、無限ループに陥り、最終的には「すまない」と言うだけの機械になってしまった。そこまでいってから、大倶利伽羅も何か我に帰ったような空気になり、少しだけ柔らかい声で、「ここでは話せない話があるから、場所を変えたい」と言ってきた。そうしたらやっと、山姥切は「あ、脚が……震えていて……た、立てなくて……だ、だから……」と言うことができた。大倶利伽羅はそれでやっとわかった顔になって、山姥切の服装を確認するように、主に下半身に目をやった。今日の山姥切はよく着ているショートジーンズに厚手の黒いタイツという恰好だった。

「目立つが、勘弁してくれ。歩けないなら、前で抱くか、後ろにおぶるしかない。外で横抱きは馬鹿のすることだからしたくない。あー……席に座ったまま、隅に寄って、靴を脱いで、で、俺の背中に全体重預けろ」
「……お、怒って……しゃ、写真……」
「あんたに対しては全く怒っていない。鶴丸の馬鹿には死ぬほど怒っているがな」
「つ、鶴丸先輩は……悪くない……む、むしろ、安心させてくれて……慰めて……お、俺は悪くないって……」
「……それ以上鶴丸を持ち上げてみろ。俺は間違いなく鶴丸の首を絞めに行くか、あんたを抱き潰すかの二択で頭を悩ませることになる。……いいから、俺の首に腕を回して、体重を寄越せ」
「わ、わかった……」

山姥切が言われた通り、大倶利伽羅の背中に体重を預けると、大倶利伽羅は先に拾い上げていた山姥切りの靴を持って、その尻を支えた。喫茶店をでてしまえば、それなりに人通りはあるものの、このあたりは病院も密集しているので、そのせいだろうと、すれ違う人々はそこまで二人を見てはこなかった。山姥切はそれでも大倶利伽羅の真意がわからなくて、カタカタと震えていたのだけれど、大倶利伽羅が、「遠慮しないで、肩に顎、のせてくれ。バランスが取りづらい」と言うから、山姥切は恐る恐る、大倶利伽羅の肩の端っこの方に顎を軽く乗せた。そうしたら大倶利伽羅が重心を傾けて、無理矢理、山姥切の頬が、大倶利伽羅の髪の毛に触れるくらいにまで位置をずらした。

「……なぁ、俺といると、安心できないか」
「……え、……」
「……ずっと震えているから」
「そ……れは……あ、あんたが、ええと……いや……俺が……あんたを……その……う、疑ってしまって……それで……申し訳ないのと……色々……」
「俺は何か疑われるようなことをしたのか」
「そ、そうじゃ、なくて……あ、あんたが、俺を疑っているんじゃないかって、俺が、勝手に疑っている……そ、それが……な、なんだろう……こ、こわくて」
「あんたは俺に疑われるようなことをしたのか」

山姥切りは、大倶利伽羅の首にゆるく巻きつけていた腕に、少し力を入れて、とても怖いことを言い出すように、何度か喉に言葉をつまらせて、やっと、「し、してない……でも……し、写真……」とだけ、言った。そうしたら大倶利伽羅は大きな溜息をついた。

「そんなことは信じていない。あんたにそんなのは無理だ。俺とどうこうなるのだって大変だったのに、初めて会った男性と?無理だろ。しかもこんな短期間で。合成だかなんだか知らないが、あんたはそんなことをする人間じゃないと、俺が信じているし、確信している」

その言葉どもを、大倶利伽羅はとてもとても静かな声で綴った。だから山姥切は身体から力が抜けて、やっと、ほんとうに、大倶利伽羅の背中に全部を預けた。

「ところで、現実的な話をしていいか」
「……現実的……?」
「……あんた、今体重何キロだ」
「え、……いや、しばらく計っていないから……」
「過労、栄養失調、そして抱いたかんじで、明らかに、最低五キロは痩せている。まず腕が細い。脚が細い。腹もまあ当たるが、アバラも当たる。ちなみに胸はそこまで減っていない」
「こ、公衆の面前で……!」
「で、ここからあんたの家は遠いから、俺の家に連れて行くが、何か問題はあるか」
「え、あ、……は、恥ずかしい……」
「……それだけか?」
「……も、申し訳ない……」
「あとは」
「あ、あんたの……部屋、とか……し、心臓が保たない……」
「じゃあどうにかして心臓を保たせろ。あとは知らん」
「……で、でも……」
「なんだ。まだ何かあるのか?全部否定してやるが」
「……あ、あんたの部屋に行けるのは、……その……嬉しい……」
「……そうか」

大倶利伽羅の背中は安心できて、大倶利伽羅が使っている制汗剤だとか、取り繕ってはいるけれど、さっきまで運動していた汗の匂いだとか、そういうので、そんなことで安心してしまう自分が、少し不思議だったけれど、無意識に「すき」と、ぽとんと呟いたら、全部納得がいって、それが幸福だった。大倶利伽羅は「公衆の面前じゃなかったのか?」と言うけれど、首を締めてしまわない程度にぎゅっと大倶利伽羅に抱きついて、また、「すきだ」と言った。泣いてしまいそうなくらい、大倶利伽羅のことが、好きで、愛おしくて、それは怖くも、なんともなかった。

大倶利伽羅は十分ほど歩いて、それから、「そういえば、あんたは俺の住んでるところ、知らなかったな」なんて言いながら、ここは学生が住むような物件なのか、と、思えるほど高いマンションのエントランスで、暗証番号を入力し、静脈認証をして、エレベーターに乗った。山姥切が、「な、何階……?」と尋ねると、なんでもないように、「五階」と答えた。中央通りはたしかに高層マンションが立ち並んでいるからあまり目立ちはしないが、家賃が確実に十万は超えている。基本的に核家族で住むような物件ではないのか、と山姥切は別の意味で震え上がった。大倶利伽羅から見て自分の部屋はどれだけ質素だっただろうと、今更になって恥ずかしくなる。

「あ、申し訳ないことが、ひとつあった……。感情的になりすぎていた……平静を保つのに必死すぎて……」
「……?」
「……部屋が……ものすごく、汚い」
「べつに俺の部屋も綺麗ではないから、気にならないと思うが」
「あんたの部屋はかなり、かなり綺麗だった」
「え、いや、あれは汚いだろう」
「……あんた、軽い潔癖症か?」
「いや、そんなことはないが……」

そんな会話をしていたら、エレベーターが四階に到着して、そこから少し離れたドアに、大倶利伽羅がカードを通し、さらにドッグタグのような鍵を入れてその扉を開けた。玄関の電気をつけたら、乱雑に靴が並んでいて、ついでに廊下には出し忘れたであろうゴミ袋がふたつほど転がっていたし、なんなら使わないのだろうレジュメが一枚、落ちていた。大倶利伽羅は完璧超人だと未だに少し思っていた山姥切は、その有様に少し笑って、大倶利伽羅が「……汚いって言っただろう」とボソボソ言ったので、山姥切は「あんたにも苦手なことがあるんだなあと、安心したんだ」と口元に指をあてながら言った。

大倶利伽羅は取り敢えず、玄関のところで山姥切を一旦背中から下ろし、自分も靴を脱いで、「少し寒いが、待てるか?さすがに居間がヤバい」と言ってきたので、山姥切は「大丈夫だ。そのあいだに、立てるようになる」と言った。そうしたら大倶利伽羅はいくつかある扉の、一番奥に入っていって、ざかざかとすごい音を立てながら、多分掃除を始めた。山姥切はずっとここで座っているのも申し訳ない、と、大倶利伽羅の靴を揃えながら、靴箱に収めていった。いつも履いているだろう靴はそのままにして、あまり見たことのない靴は、靴箱に転がっていた靴磨きで磨いたり、埃を落としてから、収納してゆく。靴箱自体にもそれなりに埃が溜まっていて、あとで掃除しないとなぁなんて考えたら、何度も来るような思考になっている自分に気がつき、赤くなった。それから、靴箱の高いところに、靴を入れようと立ち上がった時、普通に立つことができて、それだけ自分は大倶利伽羅に安心を貰ったのだと、すこしほっとした。

そうして、山姥切が何回かくしゃみをしながら靴の整理整頓を行って、なんなら廊下も、レジュメを拾い、たてかけてあるだけであまり使われていないだろうクイックルワイパーをかけ、タイツについた埃を玄関で落とした。それでもリビングからはまだザカザカと物騒な音が聞こえていて、もしかしなくても、大倶利伽羅は掃除ができない部類の人間なのか、と、山姥切は「俺も掃除手伝うから、部屋が汚いとかは気にしなくていいぞ」と、扉越しに声をかけた。そうしたらもう諦めた顔の大倶利伽羅が、「部屋が汚い俺はかなり恰好悪いだろう」とちょっと扉をあけて、言ってきた。山姥切は「別に俺はそういった価値基準であんたのことを見ていないから大丈夫だ」と言った。そうしたら、諦めた様子の大倶利伽羅が、やっと山姥切をリビングに通し、肌寒いから、と、エアコンをつけた。その部屋はキッチンとリビングダイニングになっており、これが学生の住むマンションなのか、と、山姥切はまず思ったけれど、その広さに多分大倶利伽羅の忙しさもあるだろうけれど、掃除能力が追い付いていないのだろうとも思った。

大倶利伽羅の部屋のリビングダイニングは、基本的にここで生活をしているためなのだろう、本棚に入りきらなかった本がテーブルやソファに乱雑に積まれ、ファイリングされていないレジュメやルーズリーフが順番関係なくまとめられ、ゴミこそ転がっていないが、まあ、埃はいたるところに積もっていて、ハウスダストに少しばかり敏感な山姥切はさっきから何度もくしゃみをして鼻をぐずぐずさせていたのだけれど、大倶利伽羅の前でも盛大にかわいいくしゃみを連発してしまった。

「……す、すまない……ええと、俺はもう立てる状態なので、まともに話をするために必要な行為として、俺にマスクをくれ。実はハウスダストに少々弱いというか、軽いアレルギーを持っている。そして軽く掃除用具を貸し出し、必要なところはあんたに指示してもらって、害のない程度までハウスダストの除去を行いたい。あと、あのエアコン、フィルター清掃機能がついているなら、一旦とめて、その機能でフィルターを清掃してくれないか」
「……すまない……」

大倶利伽羅はいつもよりずっと小さくみえる背中をしながら、ラックに置いてある箱から、ひとつひとつビニールで包装されているタイプのマスクを、山姥切に手渡した。それまでに山姥切は二回ほどくしゃみをしており、大倶利伽羅はほんとうになさけない顔になっている。山姥切はそれを申し訳なく思いながら、ビニールを破って、マスクを着用した。大倶利伽羅のサイズで買ってあるらしく、それは少し大きめで、山姥切の顔のほぼ半分以上が隠れてしまった。それから大倶利伽羅は埃取り用のふさふさしたクイックルワイパーハンディを山姥切に渡して、「掃除機はあそこにたてかけてあるやつだが……ええと、あと除菌シートはテーブルの上だ。ゴミ袋はキッチンにある」と、あるらしいがあまり使われていない掃除用具を指した。山姥切は「それだけあれば充分だが、ええと、動かしてはいけないものや、整理されているから順番をずらしてほしくないものはあるか」と尋ねた。大倶利伽羅は少し言いづらそうに、「……ない」と言った。これだけしょぼくれている大倶利伽羅もめずらしいなあと山姥切はマスクの下で笑ったのだけれど、話があるのだから、手短に済ませないと、と、マニュアルにのっとって、上から下へ掃除をはじめた。

まず適当に足場になりそうなものを提供してもらい、本棚やラックの上から埃を落としていき、除菌シートで拭き掃除をして、その下の段の、まあ物をどかしてまで念入りにするつもりはないので、埃だけはたいていった。そうして、便利なコロコロが無いらしいので、仕方なく掃除機のノズルでソファや隅々の埃を除去し、レジュメや参考書の類は整頓しても本棚に入りきらないので、ひとつひとつ埃だけ軽く落としてから本棚の横に整理しながら積んでおいた。そうして、あとはキッチンに積み重なっている食器類を洗おうとしたが、まず水切りかごの汚れが気になり、そこから洗って、拭いて、そこにやっと洗った食器を重ねていった。本当は拭いてしまって戸棚に収めたかったのだけれど、今回はそう時間がない。なんならハイターでもかけてやろうかとも思ったが、大倶利伽羅は「何か手伝うか……?さ、さすがに申し訳ない……」と言ってきて、山姥切は「あんたは掃除が苦手なんだから、まぁ、俺が掃除するの見てて、それで勉強してくれればそれでいい」と答えていて、山姥切の背後か、リビングの隅で置物になっているので、今回は割愛だ。最後に丁寧に掃除機をかけたら、リビングダイニングキッチンは見違えるように小綺麗になり、山姥切はやっとマスクを外すことができた。ティッシュに最後の鼻水を盛大にかんで、それとマスクをごみ袋に放り込んでその口を縛ったら、とりあえずの掃除は終わりだった。

「ええと、す、すまない……俺がハウスダストに少しばかり敏感なせいで手間をかけさせてしまって……」
「いや……むしろ掃除してくれたことに俺は感謝すべきだ……。今度からもっとちゃんと掃除をする」
「大会前で忙しいんだから、そんなのは気にしなくていいだろう」
「大会前でなくともこんなかんじだ」
「……ええと、俺は掃除が得意な方……だと思うから……まぁ……あんたがよければ、時間が合う時に掃除してやるが……」
「……まず自助努力させてくれ……」
「……そ、そんなに……気にしないでくれ……別に部屋が汚いからどうこうってことはないんだから……あとこの部屋ものすごく広いし……」

ソファがあるというのに、二人してラグに正座をして、どうにもまんじりとしない空気ばかりが漂った。大倶利伽羅はひとつため息をついて、フィルターの掃除が終わったらしいエアコンをつけなおし、「ソファに座るか」と、立ち上がった。山姥切も立ち上がって、大倶利伽羅が座ったソファの向かって右側にある、一人掛けのソファに浅く腰かけた。そうしたら大倶利伽羅はまたため息をついて、「あんたはいつもそうだ」と言って、ひとさし指でこっちにこい、と、山姥切を自分の方に呼び寄せた。山姥切は三人くらい余裕で座れそうな広いソファの隅っこに座ったが、すぐに大倶利伽羅に腕をとられ、大倶利伽羅に腰を抱かれた。だから心臓が全力疾走したし、なんならここが大倶利伽羅の部屋だという事実をやっと実感して、心臓が爆発しそうになった。

「俺は部屋がたいへん汚い恰好の悪い男なわけだが、なんであんたはそんなに赤くなっているんだ」
「へ、部屋は……か、関係なくて……あ、あんたの……部屋……で、……あ、あんたが近くに……いる、から……」
「……ん?……ちょっと待て、かなりどうでもいいんだが、いや、どうでもよくない。あんた、着替えてくれ。俺の服を貸すから。服だけはまぁ綺麗にしてあるから。できれば髪の毛も洗って欲しいが、そこまでは要求しない」
「……どうしてだ?」
「……タバコ臭い」
「あ、え、あ、す、すまない……不快にさせて……」
「いや、俺もまあ喫煙者だから、それがただのそこらに売っているタバコの匂いならなんにも気にしない。あんたが居た席、喫煙席だったしな。が、明らかに鶴丸の馬鹿のタバコの甘ったるいバニラの匂いがする。それはちょっと腹立たしい。……とても器の小さい話なんだが……」

大倶利伽羅はそう言うと、収納スペースの、そこだけ完璧に整理されたところから、黒のパーカと、適当なインナー、それから少し悩んで、ストレートスキニーを出した。山姥切は「ええと、ど、どこで着替えればいい……?」と尋ねる。

「……風呂場は掃除してあるから、そこの脱衣場……いや、寒いか。俺が廊下で待っているから、着替え終わったら教えてくれ」
「……あんたが寒くないか……?」
「……俺の目の前で着替えたいなら話は別だが、あんたどうせしまむらのブラとショーツだろう」
「しまむらをディスるな!たしかにそうだが!わ、わかった!すまないがちょっとまっていてくれ!」
「……俺の精神衛生上もそれが助かる」

大倶利伽羅はそう言って部屋から出て、扉を閉めた。残された山姥切は、「しまむらは偉大なんだ……」だとか、「い、一応最近は上下揃えてるし、スポブラだって卒業したのに」なんてぶつぶつ言いながら、大倶利伽羅の服に腕や脚を通していく。それで、上を着たまではよかった。かなりダボつくし、手がうまく出ないが、それは袖を捲ればいいだけの話だ。問題なのは下の方だった。スキニーなのに、メンズサイズなせいで尻と太ももはともかく、ふくらはぎのところに余裕があるまではいい。しかしウエストがぶかぶかすぎて、手でおさえていないとすぐにずり落ちる。たまらず、「す、すまない!大倶利伽羅!下のウエストが大きすぎる!」と、扉の向こうに声をかけた。すると大倶利伽羅が「入って大丈夫か?」と尋ねてきたので、山姥切はスキニーのウエストを両手でおさえながら大丈夫と返したのだけれど、大倶利伽羅は入るなり、「……かなりすまないんだが、俺の手持ちの服で一番ウエストがキツいのはそれだ」と言ってきた。

「え、……えっと……紐とかで縛る部屋着は……」
「持っていない。ウエストがゴムのやつもあるにはあるんだが……多分それよりひどくなるな……それ、ウエストが七十で、今の俺のウエストが七十五くらいだから穿けないやつなんだが……あんたの年齢でのウエストの平均値なら問題ないと思った、が、……やっぱり筋トレだな。文化祭が終わったら筋トレさせる。まずは肉をつけさせてから」
「男性のウエストと女性のウエストは計る位置からして違うだろう。いや、今は未来の話をしていないで、現実的な話をしてほしい」
「仕方ない、ベルト……も、駄目か……。丈が長い上を貸すから、まあ、俺の精神衛生上よろしくないが、それを着てくれ。タイツは念のため消臭剤かけて」

大倶利伽羅はそう言うと、また収納スペースから、今度はチャコールグレーのロングスリーブTシャツをを出して、山姥切の背中に合わせ、充分丈があることを確認した。そして「これは袖も長いし、襟は……まあ、……仕方がないか。俺の我が儘だからな。とりあえずこれとタイツで」と言って、山姥切に消臭剤とその服を渡し、また廊下へ出て行った。山姥切はまずそのシャツに腕を通したのだけれど、大倶利伽羅が言っていたとおり、手が出ない。大倶利伽羅の体型で手が少し隠れるのだから、当たり前だ。しかし捲ればどうにかなって、丈も太腿の半ばまであった。だから山姥切はタイツに消臭剤をかけてから、それを下に穿いて、さっき貸してもらった服や自分の衣服はきちんと畳んで、一人掛け用のソファに置いた。そうしてから「き、着替えた……」と声をかけると、いつもと同じ顔の大倶利伽羅が、少し値踏みするようにその恰好を見て、「まあ、これなら大丈夫か」と言った。山姥切は膝より上のスカートを穿かないので、裾をずっとおさえていたが、伸びてしまっては申し訳ないと、引き伸ばすようなことはしなかった。

それでやっとまたさっきの位置に座りなおしたのだけれど、山姥切はそういえば何を話すんだったか、と、沢山のことがあったのに急にわからなくなった。大倶利伽羅がいて、大倶利伽羅の匂いがして、それがずっと幸せだと思った。それだけで全部が大丈夫なように思えて、この何週間かのストレスが全部どこかへ行って、安心だけがここにあった。けれどそれはどこか違和感があって、どこかへいってしまっただけで、存在はしているのだと、不思議なことを思った。大倶利伽羅も疲れたように山姥切の、シャツがずり落ちそうな肩に頭をのせて、深く息をした。それで、お互いとても疲れていたのだ、と、お互いにわかって、それが不思議でもなんでもなく、当然の事実のように思えた。

「……あんたが怖がるかもしれない話、していいか」
「……しなきゃ、いけないと思う」
「メーリス、鶴丸に言われて確認した」
「……」
「でもあんなのは嘘で、そういう嘘をばらまいた奴が、俺は許せない」
「……あんたが嘘だってわかってくれるんなら……まぁ、部内でも疑いが晴れるのならそれに越したことはないのだけれど、とにかく、あんたが俺を信じてくれるなら、それでいい」
「あんたの名誉が地に堕とされたことが、俺はどうしたって許せない」
「……」
「……あんたといると、安心して、怒りとか、そういうのが、一時的にどこかへ行くのかもしれないけれど、あんたがいなくなった瞬間に、俺は本当に、それこそ壁をぶち抜く勢いで、怒る。ちなみにここに来る前、自分のロッカーをへこませてきた」
「そ、そんなことしてたのか……」
「頼む。俺が、言えた義理じゃないのはわかっている。でも、辛いなら辛いって言ってくれ。怖いなら怖いって、言ってくれ。俺は誰よりもあんたの味方でいたい。誰よりもあんたを信じていたい」
「……」
「……俺より、鶴丸の方が、頼りになるのか……?」

山姥切は、ずっとよく考えて、自分がしてしまった行動だとか、大倶利伽羅がここまで不安になっている状況だとかを、自分がどうして作り上げてしまったのか、よくよく考えた。そうしたら、たったひとつだけ、大倶利伽羅を安心させてあげられて、自分もずっと安心できる言葉がみつかって、それを、ぽつりと、呟いた。ふたりだけの、暗号文だ。ふたりで決めて、ふたりで納得して、いつも、こわいときも、不安な時も使っている、その暗号文。それを、いつか、玄関に落ちた、おぼろな言葉と同じくらいの大きさで、ぽとんと、呟いた。

「……さびしい」

そうしたら大倶利伽羅は広いソファに山姥切を押し倒す勢いで抱きしめて、掻き抱いて、そうして小さく、「あんたは、ずるい」と言った。山姥切も泣きそうになりながらその広い背中に腕を回して、心臓をひとつのように重ねて、おんなじ体温になるまでそうして、その間にひそひそ、ずっと、あぶくのように、謝罪と、睦言を、あぶくのように、お互いの耳に刷り込んだ。そうして最後に、「大丈夫、きっと、大丈夫」なんて、不確かな言葉を、どちらともなく呟いて、ソファに寝そべって抱き合いながら、泣きそうな顔で、笑いあった。

なんにもなければ、そのまましばらくそうしていたかもしれないのだけれど、突然、山姥切の携帯電話が鳴った。大倶利伽羅は素直に山姥切の上から退いて、山姥切も心当たりがあったので、余韻を残しながらも、バッグの中に入れてあった携帯電話を取り出した。大倶利伽羅が「スピーカー」とだけ言ったので、山姥切は電話に出る際にスピーカーをオンにしてから、「はい、山姥切」と、電話に出た。やはり仮初の安寧は仮初でしかなくって、その根本をどうにかしないことには、本当のそれは訪れるどころか、遠ざかってしまう。

『お疲れ様。長谷部だ。あと、スピーカーで日本号も聞いているし、話す。今、少し時間いいか』
「ええと……」

山姥切は向こうが聞いている人物と喋るだろう人物を提示しているのだから、と、大倶利伽羅に視線をやった。そうしたら大倶利伽羅が一瞬だけ考えて、自分を指さした。だから山姥切も「ええと、時間は、大丈夫です。あと、こっちは大倶利伽羅が……聞いてます……」と答えた。

『……?……何故大倶利伽羅が聞いているんだ……?』
『馬鹿、お前、察せよ!そこは!』
「い、いえ……その……察せずともいいです……ええと……大倶利伽羅に聞かれて不都合なことがありましたら……スピーカーをオフにしますが……」
『一応この三人だけの話にしたいが……』
『長谷部はちょっとアレだから気にすんな。大倶利伽羅にもまあ聞いといてほしい話だからかまわん』
『だからなんで大倶利伽羅がこの話に出てくるんだ?』
『あとで教えるから』
「……教えてほしくは……あんまりないんですが……」
「面倒だ。もう言うからな。俺と山姥切が付き合っているから俺にも関係がある話なんだ。なんならここは俺の家だからな」
「あ、あんた何言ってるんだ!?」
『ああ、なるほど。そうだったか。ならまあ関係者だな。そして大体の話にも得心がいった。いや、不可解だったんだ。何故山姥切がこれだけ女子生徒からよってたかって嫌がらせをされなければいけなかったのか。つまりは大倶利伽羅が好きな女子生徒にとって山姥切は邪魔だったと。大倶利伽羅は顔だけはいいからな』
「……あんた、こう、驚くとか、そういうことはないのか……さっきまでなんで俺と山姥切が一緒にいるのかわからなかったくせに……」
『いや、その事実を述べられ、それに基づいて状況を整理した結果得心がいったので、別段驚くことではないし、むしろ納得できる現実だと判断したまでだ』
『あーすまんな、こいつは論理馬鹿なんだ。理系とは違う方向で。で、まあふたりでイチャついてるとこ邪魔して悪いが、本題入っていいか?』
「ええと、理系の方向で論理馬鹿なうえ筋肉馬鹿ならこっちにもいるので、かまいません。むしろ時間をとっていただいて恐縮です」
「……チッ」
『俺から話そう。まぁ議題はわかっているだろう。今朝方に一斉送信されたメールの件だ。まず第一に問う。これは事実か、事実でないか』
「……も、勿論……事実ではありません」
『まぁ、聞いてみただけの話だ。鶴丸から明石先輩に依頼が行って、先ほど詳細な合成写真の分析結果が出た。使われたソフトから何からすべてな。で、結果的にすべてが合成写真であり、事実無根であることがわかった。そして送り主が誰かもわかっているが、共犯については今調べているところだ。いや、大体の見当はつけてある。他人の写真については知らんが、山姥切の写真についてはほとんどが天文部の写真だった。が、明石先輩の話によると、この合成写真の解像度なんだが、現像された写真をスキャニングしたり、web上の写真を保存して使用したにしては解像度が高すぎるとのことだった。で、天文部の写真関係は機材が全部デジタルだから、現像してアルバムに収めているものも含め、全部とある人物名義のクラウドに預けてある。そこの管理者……まあ、日本号なんだが、日本号、ほれ』
『あー……ええと、まあ、文化祭の準備をしているだろう期間中に……つってもここ一週間以内なんだけどな、一部写真を現像したいって二年の女子生徒と、三年の女子生徒が言ってきたから、写真データが入ったいくつかのファイルのリンクを渡しといた。閲覧と保存のみ許可で。いや、そんときはなんでこの時期に……イベント系ならわかるが、普段のなんでもないような写真データも欲しいんだ?っては思ったけどよ、まぁ思いつかんだろ、普通。でもまあ、すまなかった。用途は一応聞いたんだが、自分のアルバム用に現像しておきたいんですって言われたらそう断れなくてな。部内でもホームページやらSNSで一部公開はしてるもんだし』
『で、日本号が渡したファイルに保存されていた一部の山姥切の写真と、今回の写真で、被るものが数枚あった。あとの数枚はどこかでの隠し撮りか、学科での何かしらだろう。SNSで拡散されたものという線もあるが、まあとにかく、部内の写真からいくつか合成されているのと、明石先輩の詳細なデータから、山姥切は白とわかった』
「それで、その犯人はどうするんだ」
『あーまあ、大倶利伽羅が怒る気持ちもわからんでもないが、少し落ち着いてくれ。ここらへんは長谷部が詳しい』
『名誉棄損、という単語はまず知っているだろう。これについては刑事と民事で少々扱われ方が変わってくる。だがまあ、いずれの要件にしたって、内容は省くが、今回の件はそのほとんどの要件を満たしている。で、ひとつ怪しいものがあると言えば、「公然性」だな。名誉棄損は公然と行われたものにしかあてはまらない。今回は部内のメーリングリスト、という内部的なものだった。が、このメーリングリストには百人以上が登録しており、またその登録者の口から外部へ漏れる確率は充分にある。そして公然性については色々判例があり、何人からが公然か、という決まりはない。ちなみにこれ以上の拡散を防ぐため、首謀者の女子生徒、そして疑いの強い二名の女子生徒、念のためソフトを持っているだろう学科の女子生徒と男子生徒、そのあたりと普段行動を共にしている生徒を除いて、部内全員に、データが届いて目を通した後すぐに、今朝のメールと写真は捏造されたものであり、事実ではなく、これを公言することは名誉棄損にあたり、学務課への報告対象となる旨を回しておいた。回さなかった者については箝口令と、同じく学務課への報告対象になる旨だけを敷いた。つい三十分前の話だが、確認したか?』
「……ええと……い、いえ……まだです。……で、でもありがとうございます……」
「……刑事告訴できるんだな?」
『できる。そして勝つ見込みがかなり高い。その場合相手に科せられる懲罰は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金だ。執行猶予は勿論つくだろうがな。が、しかし、名誉棄損は親告罪だ。貴様に口を出す権限は無い。助言はできてもな』
「お……俺は……部内で解決できるなら……それで……部内から逮捕者が出ると……今後の運営にも支障をきたしますし、部の存続も……民事にしたって、弁護士を立てて、提訴して……そこからが……とても長いことは知っていて……こんな……こんなこと、何回も、思い出したく……ない……です……」
『まあ、そうだろうなあ。で、まあ、電話だと結局、方針くらいしか決められないわけよ。で、部内総会開くわけだが、その時にあんたの身の潔白は俺たちと、あと鶴丸となんなら明石で証明しまくる。で、犯人は名前を出す。来ても来なくても。部内総会の議題は伏せて連絡を回すから、釣られてくれりゃ、まぁ顔出すだろ。で、あんたは来なくていい。思い出したくもない話だ。で、その後の話をちょっとしたいから、部内総会終わったら、まあそれなりの時間くれ。忙しいだろうけど。このまんまじゃ文化祭準備、めちゃくちゃだろ』
「そう……ですね……」
『部内総会については、明日、大会議場を予約しておいた。部内総会をする旨もメーリスで連絡済みだ。欠席者は理由をつけて要返信。だが、山姥切と大倶利伽羅については来なくていい』
「何故俺は行かなくていいんだ」
『今までの言動と状況から判断して、問題が発生すると推測した。好意を抱いていることを前提に交際している女性が、性的に名誉を棄損された場合、怒りを感じない男性が存在するか?話し合いの場に感情論を持ち込んでほしくはない。基本的に大倶利伽羅が論理的なことは認めているが、さっきからの会話や声のトーンを聞くかぎり、今日明日で冷静になれるとは思えない』
『あーえーと!すまん!長谷部は頭が馬鹿みたいに固いんだ!大倶利伽羅も山姥切も嫌な思いするだけだから、来なくていいってだけの話だ!そんなことに時間を使うくらいなら、二人の時間大事にしてくれ!じゃ、用件はこれだけだ!またあとでな!』
「あ、はい、ありがとうございました……失礼します」

電話が切れたあと、大倶利伽羅は下の階の人に迷惑になるのではないかという轟音を響かせながら、床を殴った。驚いた山姥切は「や、やめて……やめて……」と、あるかぎりの力でその手をとって、擦りけて血が滲んでいるのを見て、「救急箱……」と言った。けれど大倶利伽羅は「そんなのはどうでもいい!」と大きな声を出すから、山姥切はひっと、息を呑んだ。大倶利伽羅が何に怒っているのかはなんとなくわかるけれど、きっと自分のためなのだろうけれど、それでも自分のことによってそんなマイナスの感情を持ってほしくはなかった。けれど自分がそれを諫めることもできないし、自分も怖くない、嫌じゃないと言ったら嘘になるし、このことを大倶利伽羅が本当になんとも思ってくれなかったら、それはそれで悲しいから、山姥切は結局、泣くしかなかった。大倶利伽羅の傷ついた手を取って、はらはらと涙を流して、「ごめん……ごめん……」と、その痛いだろう手を、傷に触れないように、握った。

「……世の中は善人ばかりじゃない。あんたに悪意を持って、陥れようとする人間だって、いる。そんな奴らを、あんたはそうやっていちいち、ボロボロになりながら赦していくのか」
「い、いくらでも、ゆるす……大倶利伽羅が、こんな、俺のせいでまっくろな感情、もつくらいなら、俺がさっさと赦して、大倶利伽羅が怒れないようにする……」
「……あんた、酷いな……」
「……そ、そんな……そんなことに、心をすり減らしたり、配ったりするくらいなら、俺のことみて……すきだって言って、抱きしめて……安心させて……お、俺は、そっちのが、ずっといい……ずっと……」

大倶利伽羅はずっと悲しそうな顔になって、けれど、きっと自分もそうするんだって、わかったように、息を吐いて、ラグに膝を立て、女の子座りになっている山姥切を、抱きしめた。そうしてぼそぼそ、「きっと、俺は、あんたのそういうとこが好きで、でも嫌いで、だから、あんたのことを、抱きしめるんだ」と言った。山姥切は、自然に、「ありがとう」と言った。


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